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スワローテールになりたいの  作者: 佐伯瑠璃
第1章 ドルフィンライダー 
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不機嫌なツバメさん

ものすごく不機嫌オーラを放った沖田さんは無言のまま、方向転換しシミュレーション室を出て行った。

シュミレーターに乗るんじゃなかったのだろうか。


「あれ、沖田さん乗らないんですかね」

「くくっ、あいつ」

「え?」

「いや。よし、筋トレ行くぞー」


八神さんも相田さんも気にする事なく、フライトシミュレーターでの訓練を終えトレーニングルームに向かった。




「ここで俺たちは時間があればトレーニングをしているんだ。ほら、あそこ見て。隊長たちもいる」

「本当だ」


此処はパイロットでなくとも誰でも自由に使う事が出来る。でも、実際はパイロットの方ばかりだった。ランニングマシーンもただ走るだけでなく、マスクを装着していたりする。

息苦しそう・・・。機内では酸素マスクを装着しているとは言え、いつ何が起こるか分からない。

戦闘機は被弾を前提で航行する。万が一被弾すれば低酸素状態に陥り、意識を失うのは間違いない。

少しでも耐えられる時間を稼ぐためにこうして鍛えているのだ。



「アイちゃんも何かやってみたら?」

「え、しかし作業服なので」

「ほら、アレならいいでしょ」

「ぇ………ベンチプレス、ですか」

「パイロットは腕、大事だよ?」

 


「ほらほら」なんて言って、八神さんは私の背中を押しベンチプレスマシーンの前に押しやった。本当にやるの?

チラと八神さんを見ると左頬をくぐっと上げて、待っている。


「あの、恥ずかしながら同じ重さは無理ですので軽めでお願いします」

「分かってる。ちゃんとサポートするからさ」

「お、お願いします」



何でこんな事をさせられているのか。

仰向けになり、ベンチプレスを両手でしっかりと握った。


「ふんっ!・・・ぷはぁ、はぁ」

「あれ?上がんない?」

「まだっ、これからっ、です!んー」

「くくくっ」


悔しい事にピクリとも動かない。パイロットは腕や胸に筋肉が無ければ、空中でかかるGに耐えながら操縦桿を動かすことが出来ない。

勿論、それだけでは駄目だけれどもっ。


「あ、ごめんごめん。戦闘機ファイター使用の重さだったわ」

「なっ……もうっ!八神さん!」


この人にやられっぱなしでつい声を張り上げてしまった。はっと、した時には既に遅し、正に注目の的。


「し、失礼しました!」


いくら部隊が違うとはいえ、八神さんは先輩だ。上司だと言われても文句は言えない立場の方だ。


「ははっ。本当に君は面白いよ」

「おい、八神。おまえいい加減にしとけよ。塚田3佐から睨まれるぞ」

「はいはい。肝に銘じておきます」


橘飛行班長が八神さんを叱ってくださった。にしても「はいはい」って、何ですかその態度は。

その後は皆さんのトレーニングの様子を私は端で見学させてもらった。

本気で悔しかったので、彼らがいない時にこっそり筋トレをしようと密かに決心をした。



「追っかけて」の指令を受けて、ようやく1日が終わろうとしていた。パイロット試験に落ちた自分がせめてパイロットに関わりたいと我儘を通して来たこの、松島基地。

ブルーインパルスは想像していたのとは違っていた。6人がそれぞれで、チームワークとは何か?と疑問になる。

それでもコックピットに乗れば、寸分狂いなく空を舞う。


「不思議だな」


「香川さん?」

「はいっ!」


勤務報告書を書こうとしたまま、固まっていたようだ。鹿島先輩が心配をして声を掛けて下さった。


「大丈夫?初日だから疲れたでしょ?それ終わったら帰っていいそうよ。後で室長室に寄ってね」

「はい」


鹿島先輩のお姉さん笑顔に癒されて、ようやく手を動かし始めた。



「香川天衣、帰ります!」


広報室を後にして、私は徒歩5分の激近官舎に足を向けた。





ただ真っ直ぐ帰るのはつまらない。微々たる距離だけれど、沿岸沿いの小道を歩いて帰る事にした。

ようやくこの辺りも春らしくなってきたのだろう。潮風が頬を刺すと言うよりも、撫でるが適当だと思えた。


タッ、タッ、タッ 、と一定のリズムで誰かが迫る。


はっとして脇に避け振り向くと、ジョギングをしているどこかの隊員が走ってくる。この辺りを一般の人が走ることはないからだ。近づくその姿を見て何故かドキリとした。



「沖田、さん」


黒のスウェットに白いスニーカーで走る姿は軽やかで、この人が自衛隊でパイロットだなんて誰が思うだろうか。髪こそ短髪の黒髪だけれど、それがまた胸キュンのポイントになる。

え?胸キュン....いやいや、それはない。

私の横を走り過ぎる彼の横顔は、狡いくらいに爽やかで伝い落ちる汗さえも美しく見えた。

私はぽかんと口を開けたままその背中を見送った。


どぼとぼと歩いて海沿いの道も終了。あとは一直線に官舎に向かうだけとなる。


「おい」

「・・・・え?」


声のする方を振り向くと、そこにいたのは先ほど走り去った沖田さん。首からタオルを下げて、基地と一般道を区切るフェンスに寄りかかっていた。

わぁ、モデルみたいでカッコいい。


「沖田さん。お疲れ様です」

「今帰り?」

「はい」


相変わらず不機嫌そうな表情で私を見てくる。端正な顔つきをしているのだから愛想笑いでもいい、ちょっと笑って見せて欲しい。これは広報としてのお願いだ。


「八神さんには気を付けた方がいい」

「え」

「言っただろ。俺たちは毎日プレッシャーの中で生きているんだ。何でも言う事を聞く、腰の軽い女はすぐに食われる。腹がいっぱいになったら捨てられる」

「っ。わ、私はっ、腰の軽い女ではありません!」


ついカッとなって大声で反論してしまった。沖田さんは一瞬だけ驚いたのか目を見開いた。

でもすぐにふっと冷たい表情に戻って私の前まで近づくと、上から私を見下ろした。

うっ、怒っている?

ほんの少し肩を竦ませて彼が何か言うのを待った。するとスッと影が落ちてきた。あの敵を射るような冷たい視線で私を睨む。


近っ!!


「君はさ、何がしたいの?」

「は?」

「パイロットの彼女に成りに来たの、それともパイロットに成りたくて来たのどっち」

「なっ、何ですか?その質問。私は、広報として着任しました。それだけです!!」


あまりにも不躾な質問に腹が立ち、階級の違いなどすっかり忘れここでも強く言い返した。

沖田さんは眉をぐわんと歪めてゆっくりと口を開く。


「君は....」


君はで口を瞑ってしまった。なに、なんですか?


「はぁ、もういいよ。呼び止めて悪かったね」

「あのっ」


沖田さんはプイと背を向けて官舎の方へ行ってしまった。何が言いたかったのだろう。

ただ、私を見ていた瞳が少しだけ揺れていた。


空ではあんなに楽しそうに舞うのに、どうして陸だと苦しそうなの?


沖田千斗星(ちとせ)、5番機リード・ソロを華麗に操るパイロット。


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