隊長、着隊!
鏡野ゆう様のお話に出てくる葛城一馬さんの息子さんで、翔さんをお借りしております。許可いただきありがとうございました。
天衣と千斗星のブルーインパルス最終章を宜しくお願いします。
全てはフィクションでございます\(^o^)/
季節が移りゆくのはとても早いと思った。あの沖縄の空が随分と遠くに感じる。大陸国の脅威から日本を守るために、日米豪合同訓練、首都防衛訓練を経てもなお、新たな脅威が生まれてくる昨今。だけど、そんな中でも国民の生活は変わりなく自然災害に負けることもなく日々を営んでいた。私は、幹部学校普通課程を終え、なんとかひとつ階級を上げた。まだまだ下っ端だけど、空を守りたいと誓ったあの日に恥じることのないよう努力は続けたいと思っている。
そして今日は特別な日にあたる。私と娘の星羽は特別許可をいただいて、宮城県にある松島基地に入場した。
「懐かしい……懐かしすぎる。恥ずかしい」
「ママ? どうして恥ずかしいの?」
「ん? うーん、内緒っ」
「えぇ、ズルい。いいもん、タカヒトさんに聞くもん」
「ちょっと、星羽っ! もう……」
だって、松島基地は千斗星と出会った大切な場所だから。あの時も正門をくぐってからこうやって空を見上げた。5番機に乗った千斗星の訓練を口を開けて見ていたっけ。今日の空もあの日の空に似ている気がする。
「ママー! 早くぅ!」
「はーい」
星羽は大好きな空飛ぶおじいちゃんと手を繋ぎ、駐機場に来いと手を振っている。暁航空幕僚長は二年前にその任期を終え、現在は防衛大学校の校長先生になっている。幕僚長クラスの幹部は定年が62歳と私達よりも長い。幕僚長から解放されたら星羽のお世話をするんだと張り切っていたんだけど、佐原さんのひょんな一言から今に至っている。佐原さんの怪しげな笑みが忘れられない。
「ママー! パパが出てきたよー!」
興奮気味に星羽が叫ぶ。その気持ちは私にもよく分かる。だって、千斗星はまたこの松島の空に帰ってきたんだから。
ブルーインパルスのパイロットとして沖田千斗星3等空佐は、飛行隊長となり1番機に乗務する。星羽が指差す方向にモスグリーンのフライトスーツを着た千斗星が、同じくブルーインパルスのパイロットを引き連れて現れた。見慣れたはずのフライトスーツだけど、これまでとはほんの少し違う。被る帽子は紺色のブルーインパルス仕様、上腕部にイルカのワッペン、胸にBlueImpulseの文字がある。初めて会ったときもそうだったのに、やっぱり今とは全然違う。ほぅ、と思わずため息が溢れた。
「千斗星が二度目のブルーインパルスを経験するとはな。我が息子ながら誇らしいよ」
「親子でブルーインパルスですね。お義父さんが飛んでいた姿も見たかった」
「ははっ。われわれの時はT-4ではなかったし、こんなに若い子からチヤホヤされることはなかったよ」
「本当ですか?」
「ああ。それに、アクロバットも進化した。サクラもキューピッドもなかった時代だからね」
今日は松島基地司令の計らいで、ファーストの訓練を見学させてもらうことになっている。その司令は、なんと、私がわがままを言ってとても困らせたあの塚田室長だった。室長は幕僚監部になるべく幹部学校へ進み、アメリカへの留学も経験された。その後、横田で作戦システム運用隊で任務にあたり、今、松島基地司令となられたのだ。
「暁校長、ようこそおいで下さいました」
「お招きありがとう」
「天衣さんも、また此処で会えて嬉しいよ」
「あの節は大変御迷惑をおかけしました。お陰様で要撃管制官としてなんとかやれています」
塚田司令は屈託のない笑顔で応えてくれた。塚田司令の目尻に増えたシワが年月を思わせるけれど、その笑い方にあの頃との違いはなかった。
「さあ、そろそろ上がるよ」
「パパー!」
大きな声で手を振る星羽に千斗星は頬を緩めて右手を上げた。私の心臓はトクトクと軽やかに跳ね、その時を待っていた。要撃機としてではなく広報として空に向かうその姿に熱いものが込み上げた。千斗星はスクランブルから解かれたのだ。
「天衣さん」
その時、塚田司令が私を呼んだ。振り向くと君はこちらにと基地内部へ連れて行かれた。星羽はお義父さんがついているから大丈夫だろう。エンジンスタートしてもうすぐという時にどうして? と疑問を抱きながら司令の後に続いた。
「入りたまえ。君はここからの方が落ち着くだろう。さあ」
「えっ。宜しいのですか!?」
「構わんよ。管制官たちが間違った指示を出していないか、見てやってくれ」
私が連れられて来たのは管制塔だった。ヘッドセットを渡され大きなガラス窓の前に立たされた。下には1番機から4番機までの機体がタキシングを始めていた。
無線から管制官とパイロットたちのやり取りが聞こえる。そして編隊長である千斗星の声も。
ー ダイアモンド・テイク・オフ
ー 了解っ
ドクン、ドクンと私の心臓は高鳴った。千斗星のフォーメーションを指示する声、それに答える3機のパイロットたちの声。今、千斗星が編隊を組み3機連れて空に上がる。
ひし形の隊形をたもったまま滑走し、1番機、2、3番機、そして4番機がふわりと離陸した。乱れぬその離陸に胸が締め付けられて、じわじわとそれは緩んでいった。
ー ダーティ・ターン
ー 了解っ
ー スモークッ
シュルシュルと機体後部から真白の噴煙が噴き出した。ギアを出したままダイアモンド隊形でターンして、正面から4機が現れた。
(千斗星……とても、綺麗だよ)
ー カット
千斗星の合図でスモークが吐かれ、止まる。フォーメーションチェンジも全てが千斗星の声のタイミング次第。4機が大きくターンして洋上に出ると、5番機と6番機が離陸した。
ー メイク、デルタ
千斗星がピラミッド形の隊形デルタを指示した。6機は徐々に距離を詰め、デルタ隊形て360度ぐるりと大きく基地上空を舞った。
あの日、初めて見た単独機のスワローは6機編隊で松島の空を飛んでいる。こんな日が来るなんて想像もしていなかった。広報で彼らの背中を追い回しいつか自分も飛びたいと足掻いた日々。そして、飛ぶことは叶わないと知ったあの日。あれから色んな事があったけれど、6機のブルーインパルスは何も変わらない。違いがあるとするならば、その先頭を愛する人が編隊長として率いているということ。
いろんな感情がぐちゃぐちゃに混じって、気がつけば私は泣いていた。涙で景色が歪んでも、彼らが描くスモークのラインは真っ直ぐだった。
*
自宅はもうあの官舎ではなく、営外にある民間のマンションを借りている。いろいろ悩んだけれど将来を考えて、千斗星の単身赴任という形になってしまった。でも、可能な限り私はここに通うつもり。ブルーインパルスの任期は平均して約三年。星羽はもうすぐ就学するし、私の仕事は僻地とメイン基地を行ったり来たりと忙しい。だから私と星羽は関東に家を構え、お義父さんや実母の助けを借りてしのぐことにした。
私は入間基地所属の要撃管制官で、たまに福島県の分屯基地がある第27警戒群にも行く。早期警戒機に乗ることもあるし、わりと忙しい。幹部への道は簡単ではないといったところだ。
「お疲れ様でした。隊長」
「なんだよその言い方」
「おかしくはないでしょう? 隊長は隊長だもん。ね? 星羽」
「パパはかっこいい隊長さんです」
「そうか、ありがとう」
お義父さんは一足先に帰って行った。それもお約束のイルカに乗って。苦笑いした佐原さんは黙って後部座席に乗った。幕僚監部の佐原さんは今もお義父さんの飛行の手続きなどで忙しそう。
そして私は、未だいちばん大切な人を側で支えることができずにいる。私が要撃管制としてやっていくとなると、どうしてもそうなってしまう。心の中で何度もごめんねって謝った。だって、口にすると千斗星から怒られちゃうから。それに、わがままを聞いてもらって、夫と同じ中部方面の空を護ることを許されているのだから弱音は吐けない。
「天衣」
「ん?」
「また、ごめんなさいって、思ってるだろ」
「えっ……思ってなっ」
ガシッと千斗星の影が私を覆った。抱きしめられたのだ。人前ではクールな隊長も、家族の前ではお構いなし。星羽が足元で私もって抱きついてきて、千斗星が星羽を抱え上げた。
「星羽もママをぎゅっとしてあげて。パパと離れたくないって、泣きそうだぞ」
「え、泣いてないよ」
「ママ泣かないで。お休みになったら会いに来よ?」
「ちょっと、星羽ってば……」
千斗星に抱っこされたまま星羽が私の首に抱きついてきた。娘に慰められるなんてと千斗星の方を見たら、口元を少し上げてウインクをした。
(えっ、なに? なんの合図?)
「ふっ、ん!!」
千斗星は星羽の背中越しに私の唇を塞いだ。触れるだけの、ではなく、顔を少し横にして千斗星は私の唇を割ったのだ。なんて大胆なの!? と焦ったけれど、星羽の体温と千斗星の体温に押し負けられて、私は大人しくそれを受け入れた。
「ママ、大丈夫?」
「うん。大丈夫よ。ありがとう、星羽」
星羽の心配そうに下げた八の字眉と、その向こうでしてやったりの満足笑みを乗せた夫の千斗星。私は二人にいいように翻弄される。
「よし、ブルーインパルス飛行隊長の着隊をお祝いしましょ! ご飯食べるよー」
「はーい。お祝い、おいわーい」
千斗星のブルーインパルスのシーズンが無事に終わるまで、私もできる限りの応援をするからね!
沖田千斗星3等空佐、松島基地第4航空団第11飛行隊に無事着隊しました。




