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スワローテールになりたいの  作者: 佐伯瑠璃
第1章 ドルフィンライダー 
6/78

反省会はなしのようです

胸を突き出して大友隊長が笑う。

その姿と言ったら、まるで狼が雄叫びをあげているようにも見える。怖い・・・。他のパイロットも整備員も驚いた表情でその場で固まっていた。どうしよう、この後の空気が怖いのですが。


一頻り笑い終えた大友隊長は息を整えながら私の方へ近づいてくる。なぜか後ずさってしまうのは許してほしい。

含み笑いを見せたまま大友隊長は私の目の前に立ちはだかった。


「香川!」

「はひっ」


大友隊長は大きくゴツゴツした手で私の肩をポンと叩いてきた。

「ひぃー」私は思わず目を瞑り、肩を竦ませる。そんな私に構うことなく隊長はこう言った。


「作業服で俺たちを追っかけるの?広報なのに?」

「出来ればの話です。申し訳ございません」

「・・・いいよ。着替えてきな。10分で再集合、行ってよし!」

「え?え?じゅっ・・・はい!」


10分って言われた?広報室のロッカーまで往復10分かかったような?とにかく走るしかない。


「おい!」

「はい!」

「廊下は走るなよ。学校で教わっただろ」

「っ…、はい」


大友隊長は腕時計に目を向けた。本気で測るつもりだ!!私は試されているの?

とにかくよく分からない任務を与えられたけれど、これは身から出た錆だ。やるしかない。

廊下以外なら走ってもいいと勝手に解釈し、私は屋外から広報室を目指すことにした。

渡り廊下を飛び越え、ぐるりと建物の外側を回って中庭に出て、広報室裏手の入り口に着いた。パンプスを脱いで手に持ち急ぎ足で室内に入る。


「香川です。入ります!」

すると鹿島さんの「もう終わったの?」と驚いた顔が目に入った。しかし時間がない私は早口で、

「いえ、後程報告いたします。着替えに戻っただけです。失礼します」とロッカールームへ消える。

うわぁぁ、急げぇぇ。

ガチャ、ガチャ、ドン、カタン....バタンッ。作業服を着てキャップを被り着替え完了。

再び来た道を同じように急ぎ、外に飛び出てあとはひたすら走るだけ。後ろで「え!香川さん?」と鹿島先輩の慌てた声がしたけれど、振り向く余裕はなかった。





「か、香川天衣っ。はぁ、はぁ、戻りました!」


大友隊長の前にきをつけの姿勢で敬礼をする。でも、息が上がって肩が上下に揺れるのは止められない。

隊長は時計を確認し、私の作業着姿をチェックしながらぐるりと私の周りを一周した。

そして、ゆっくりと正面に立つ。


「52秒…死んだな」

「えっ」

「1秒たりとも遅れてはならん!」

「はいっ!」

「行くぞ」

「え?」

「離陸前チェックする。見ないのか?」

「見ます!」


隊長はふんっと鼻で笑い、ついて来いと指で合図をした。追い返されなくて良かった。でも、52秒オーバーした事が悔しくてならない。

与えられた任務を遂行出来なければ、隊員どころかパイロットなんて成れるはずがない。



     *



機体のエンジン音がドドド、と腹に響く。

乗務前の点検を終え、パイロットたちが乗り込む。彼らは耐Gスーツを身に着けている。戦闘機に乗ると最大9Gの圧力がかかるそうだ。それを軽減する為のもの。

あの細身の体でそれに耐えながら高度なテクニックを披露しなければならない。練習機(T−7)に乗った事のある私ですら想像がつかない。


コックピットに乗った彼らはブルーのヘルメットを被り、マスクを装着した。整備員とパイロットはジェスチャーで確認作業を進める。

ようやく離陸準備が整い、滑走路への移動が始まった。


私は仕事でこの場に居るという事をすっかり忘れ、あの夏の日に意識が飛んでいた。ノートを胸に抱えたままゴクリと唾を飲み込んだ。

トク、トクと速まる心臓。

6機の雄々しい後ろ姿を見つめていた。


「1番機、オッケー」

「2番機、オッケーです」

「3番機もオッケーです」

「4番機、いつでもどーぞっ」



管制官からの許可が下りれば滑走が開始される。4機の後方には残りの2機が待機中だ。


ー Go on !行けーっ!


私は胸に抱えたままのノートが歪むくらい、ぎゅっと握りしめる。

4機が同時に一定の間隔で同じスピードで走行し、滑走路中央部分にて離陸。ダイヤモンドテイクオフ、成功。

振り向くと5番機も滑走開始、直ぐに機体が浮いて低飛行で目の前を通過。滑走路が途切れる瞬間に機首が上がり、グインッと急角度にて上昇、そしてほぼ垂直で空を突き抜けた。その姿はもう見えない。


「ローアングルテイクオフ…、すごい」


今度は6番機が離陸、車輪を出したまま回転ロールして上昇した。ロールオンテイクオフ。低い位置で車輪を出したまま回転をするなんて、見ているだけなのに手汗が止まらない。


「はぁ、はぁ」と、なぜか自分が息苦しくなる。

練習とは言えども絶対に失敗は許されない。失敗は彼らの死を意味するから。どんなに練習を重ねても、どんなにベテランでも、いとも簡単に命は奪われる。実際に展示飛行中の事故で亡くなった隊員がいる。

空の広報を担った彼らは、自らの命を賭けて空を舞う。それに憧れて目指したパイロットなのに、そこまでしてブルーインパルスは必要なのだろうか。そんな事を未熟な私は考えてしまうのだ。



空に舞うドルフィン。

白の機体に青色のペイントが入った空飛ぶイルカは、白い雲を突き抜けて太陽の光をキラキラと反射させて泳いでいる。


「どんなに苦しかろうとも、ここから見る彼らは楽しそうなのよ」


1時間ほどで飛行訓練は無事終了した。着陸するその瞬間まで、私はノートを握りしめていた事に終わって気づく。

汗でぐにゃりと歪んだ表紙を見てハッと我に返る。何も記録に取ることが出来なかったと。

気合を入れ直して、私はパイロットたちの帰りを待った。



     ー◇ー



訓練が終わり降機した人から順にパイロット控室に戻って行く。私はその一番最後をついて行く。

これからデブリーフィング(反省会)が行われるのだろう。



「全員戻ったか」

「「はい」」


大友隊長が乗務した隊員たちを一通り確認して「あとは各自」と一言うと部屋を出て行った。

その後を橘さんと三井さんが静かに席を立つ。

橘さんは「じゃあね香川さん。今日は楽しかったよ」と素敵な笑顔を見せて出て行った。


「あの?」


残ったのは若手の三人だ。

椅子に座って背もたれにのけ反るように座るのは八神さん。沖田さんは足を組んだままの姿勢で窓の外を見ている。相田さんは腕組みしたまま目を閉じていた。これは、どういう事ですか?


「あれ、アイちゃんいたんだ。おじさんたちもう来ないよ」


八神さんが私の声に反応してくれた。


「えっと、皆さんはどうされるのですか?」

「それぞれだよ。このままシミュレーターに乗るか、筋トレするのか、悶々と過ごすのか」

「てっきり私はデブリーフィングをするのかと思っていたのですが」

「ああ、このチームはしないよ。あぁ、アイちゃんは室長から追っかけろって言われてたんだっけ」

「はい」

「じゃあさ、俺と一緒に行こうか。今日はフルコース回るからさ、シミュレーターと筋トレ。どう」


シミュレーターと筋トレはパイロットがする典型的なコース。それは見学するべきよね。


「俺もそっちのコース行こうかな」


初めて相田さんの声をきいた。人懐っこそうな笑顔でそう言う。タックネームは確か....ファルコン。

そんな笑顔で見ないでほしい、ファルコンというよりパピー(子犬)に見える。


「えー、来んなよ。俺、アイちゃんと二人がいい」

「なに言ってるんすか。また橘班長から言われますよ。基地の女隊員を泣かすなって」

「え・・・」


八神さんっていったい何人の女性隊員を泣かせたの。

窓の外を見ていた沖田さんが無表情のままカタンと席を立った。この人はいったい何を考えているのだろうか。チラリと目をやると一瞬目が合った。

『ギラギラした奴らばっかりだからね…気をつけな』と言われたことを思い出す。


「あの、沖田さんはどちらへ」

「・・・散髪」


ガチャとドアを開け、すたすたと行ってしまった。もう、感じ悪い。

戦闘機のパイロットは全員短髪で脱色や染色は認められていない。身だしなみは陸海空関係なく厳しい。なので空いた時間に基地内にある散髪で髪を切ることを許されている。因みに私もショートヘアだ。


「どうするの?」

「あ、すみません!お供させてください」


私は八神さんと相田さんのトレーニングを見せてもらう事にした。隊長たちの後ろを追うのは後日にしよう。まずは基本コースの観察だ。


綴り訂正

シュミレータ⇒シミュレーター

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