そして、悪魔到来(後)
千斗星視点です。
入隊して以来、初めて駐機場上でスクランブルがかかった。まさかの救難隊の出動。真っ先に俺は、墜落を想像した。しかしその後、先にスクランブルした2機は戻ってきた。だから安心していたんだが……。空で、一体何が起きている!
『離陸準備が整った。滑走路3からコールサイン番号順に離陸開始!』
「ラジャー」
離陸も何故か切羽詰まった状態で許可が下りる。上空は空自のスクランブル発進の為に開けられ、旅客機は離陸も着陸も待ちに入った。嫌な予感がしてならない。
「アロー05、離陸する」
『了解。ラプコンを出たら要撃管制にチャンネルを渡す』
「ラジャー」
離陸前に簡単に現状を聞かされた。俺の耳がおかしくなったのかと、一瞬理解に苦しむ。4機で領空侵犯って、嘘だろう。
俺の前を高木2佐がリーダー機として立った。俺も高木さんの後ろについて高度を上げる。巡航速度に達すると間もなく管制圏を出る。
『こちら那覇警戒管制、コンタクトチェック。アロー02、05はチャンネル2に合わせよ』
(……天衣っ!)
「こちらアロー02、ラジャー」
「こちらアロー05、ラジャー」
『方位185度、高度13400メートルの機体確認に入れ』
「ラジャー」
天衣は俺に指示を出していると気づいているのか。無線から聞こえてくる天衣の声は、男のソレとは違い少し高くハッキリとした言葉を放っていた。どんな気持ちでそこに座っている。躰は大丈夫なのか……。
そんな事を考えながら、ターゲットと距離を詰めた。
ー っ!あれはっ。
ー 沖田、見えたか。
ー はい!
手元のレーダーを見ると似たような反応が近くに3機あった。他のイーグルもそれぞれSU-27、ロ国連邦のフランカーだと確認。ありえない、あってはならない、何故だ!
「こちらアロー02、ターゲットはSU-27っ!ロ国連邦」
初めてフランカーを見た。あの白いボディは死神の使いか、または悪魔の下僕か。我が空自が誇るF-15でも、相手が凄腕のパイロットなら勝てる可能性は低くなる。人種的にも直ぐに滾りやすい。下手に動くと挑発されたと受取り、ドッグファイトを仕掛けてくると聞いたことがある。
何よりも相手国は戦争を知っている。実弾を撃ったことのある人間だ。
『通告を実施せよ』
「ラジャー」
高木さんが、ガードチャンネルを使って相手に航路変更を促す。しかし、反応なし。
『2回目の通告を実施せよ』
「ラジャー」
ー 沖田
ー 了解
高木さんが同じように無線でコンタクトを取る。その間俺は、フランカーに並列するように飛び、機体を使って通告を実施。航路変更をするようにと翼を左右に揺らしてみたが応答なし。
何気に俺はコックピットに顔を向けた。互いにヘルメットのシールドを下げている為、表情は見えない……が!
相手も同じように俺の方を向き、僅かだが顔の筋肉が動いた。
そして……
(アイツっ!笑いやがった!!)
白い歯を一瞬、チラと見せてきた。それは明らかに挑発だと感じた。お前たちには俺たちを撃てない、そうだろ?残念だなとでも言うように。
「こちらアロー02、通告2回実施。変化ありません」
『了解。次を待て』
毎日何処かでスクランブルが起きている。自分もアラート任務について数年経つが、殆どか偵察機や気象用の何かで侵犯措置まではやっていない。心の何処かで、今の時代に堂々と領空侵犯してくる国なんてないだろうと高をくくっていた。しかし、今、目の前で起きているのは?……未だに信じられない。
ー 那覇基地から直で警告すそうだ
ー そうですか。横田が動くんですね
パイロットが行う警告を管制からする事は珍しい。それほどレアなケースに遭遇してしまったのだ。横田基地は航空自衛隊、航空総体を取りまとめる総本部だ。そこから幕僚長、内閣総理大臣へと繋ぐ役目も持つ。
管制から警告を2回実施、応答なし。
そして、ついに
『那覇管制、アロー02及び05へ告ぐ。信号威嚇射撃準備!」』
「アロー02、ラジャー!」
「アロー05、ラジャー!」
信号射撃を使う時が来てしまった。管制塔からも動揺と緊張が隠せないのが分かる。天衣の声が、僅かに上擦ったからだ。
(これで諦めて、離脱してくれっ)
実際射撃はリーダー機が行う。俺はそれが上手く行くように相手機の位置確認、時に囮のような動きをする。しかし、全て訓練でしか行った事はない。
ー 沖田、前に出るなよ!
ー 了解。
相手も察したのか揺さぶりにかかった。高度を上げたり下げたり、尾翼を振ったり。そんな事しなくていいから、航路を変更してくれっ!!
ー くそっ。アイツわざとやってやがる。
ー 高木さん、やれますか?
ー 威嚇が当たったら不味いからな
その時、
『威嚇射撃、待て!!』
天衣の叫び声が耳に届く。
『侵犯の恐れがある機体、4機のうち3機の離脱を確認。アロー02、05、我に従っているか!』
「こちらアロー02、我に従っている」
「こちらアロー05、我に従っている」
目の前のフランカーは航路変更の意思を見せていない。他の3機は離脱し防空識別圏から去ったと言うのに、目の前のアイツはなんで離脱しないんだ!
ー っ!沖田!
ー !?
突然、白のフランカーが大きく宙返りして俺の後ろに回った。そして、ピタリをケツを追ってくる。まさかコイツ、俺とやり合う気なのか。
間違いない、振り切りうとすると着いてくる、接近を知らせる警告音が鳴り響く。ロックオンされてたまるかっ!
「こちらアロー05、突然ドッグファイトに持ち込まれた。相手に止める気配がない。指示を仰ぐ!」
『っ!……』
天衣には酷な要求だったか。しかし、俺の意志だけでは処置出来ないんだ。いや、俺だけが罰せられればいいのか……。
操縦桿をもう一度握りしめフルスロットルを覚悟した。
『アロー05、回避できるか!』
「やって見る」
『周囲の旅客機は全て迂回処置をした。296度方向に40キロ、防空識別圏の境界線です。そこで……ハンマーヘッド仕掛けて下さい』
(なにっ!……なるほど、ケツを追わせて、追い詰めたと見せかけて防空識別圏ぎりぎりの所で追い越しをさせるのか。出てしまえば今度は他国の領空となり、俺達の手から離れる)
「アロー05、ラジャー」
『誘導はします。スワローはフランカーだけを見て!』
「ラジャー、Tail」
天衣は俺だと分かっていたのか。誰の指示でこうなったか分からないが、武器を使わずに済むならそれが一番いい。空自の為にも、国家の為にも。そして、天衣の為にも。
ー 沖田!大丈夫か!
ー 逃げるのは得意ですよ!
『高低差500メートル以内を厳守。15秒後、雲あり!そのままの突入問題ない!』
「ラジャー!おうっ(雲濃いぞ)」
『抜けたか』
「抜けたが、アイツも抜けたぞ」
『あと、5分で境界線です』
「ラジャー……くっ」
ー ピーピーピーピーピー
計器が異常な音を発し始める。
振り向くと俺のケツをピタリとキープ。その距離が半端なく近い!速度を緩めれば突っ込んでくる程だ。右に揺さぶり、すかさず左に揺さぶるも距離は変わらない。まるでブルーインパルスの展示飛行だ。
(展示飛行……アイツも経験者か?)
『アロー05、応答せよ。間もなく境界線、あと2分!』
「2分も、もたないっ……アフターバーナー使用する」
『しかし、帰還までの余力が!』
「悪いけど、それより躰がもたない」
『千斗星!!』
「ちょ、名前……くくっ」
後は野となれ山となれ!ずっと身体にかかり続けるGと、ミリ単位の操縦に限界が近かった。天衣なら何とかしてくれるだろという賭けに出た。大丈夫、俺とお前なら……。
「燃料の件、任せた!アフターバーナー全開っ!!」
コココゴー!!
脳の中心まで鳴り響く轟音と身体への振動。僅かな気流の抵抗がガクガクと機体を揺らす。それでもアイツは着いてくる。
(軍隊さんよ!その鼻へし折ってやる。自衛隊をなめんなよー!!)
青の海の先に、金色の帯が降りてきた。見たことのない輝きを解き放ち、直視できない程の眩さだ。
(俺、メットのシールド下ろしてるよな……。)
ー 千斗星、千斗星っー!!
天衣の声にハッと我に帰る。計器に目をやると間もなく防空識別圏の境界線だ。今しかない、ムカつくほど後尾に付き纏うフランカーを振り切る最後のチャンスだ。
『スワロー!Go on!!』
「おらっ、行けーっ!!」
機首を上げ、後退する勢いでエアーブレーキを作動した。
(頼む、追い越してくれっ!!)
ヒューーーーン!!
世界が真っ白に変わった。




