そして、悪魔到来(前)
モニターには八神さんが乗っているアロー01から送られてきた映像が映っている、
真っ青な広い空、いや、海原なのか。ここにいる私の目にはどちらにも見えた。こんなに晴れた空でも、見分けがつかなくなる西南の空に彼らは身を置いている。
穏やかすぎる澄んだ青に悪魔が住んでいようとは思いもしない。
「ああっ!いたぞ!」
その声につられるように皆が一斉に立ち上がった。
視界の下からスーッとシルバーの機体が浮上し、前方に現れた。
(松田さん!助かった……!!)
おどけたようにウイングを左右に振ってみせる。安堵の溜息が管制塔内を包み込んで行った。
「よくやった!!」
きっと松田さんは今後、英雄として皆から語り継がれるだろう。それを不機嫌に眉を歪めて聞く千斗星の顔が浮かんだ。二人は築城基地からのライバルだからと、私は勝手にそう思っている。
「こちら那覇警戒管制。アロー01,03。至急帰還せよ」
『ラジャー!』
ホッとしたのはつかの間で、隊長は再びレーダーとモニターを凝視していた。そう、危険は回避出来たものの、領空侵犯措置はまだ終わっていないのだ。SU-35は悠々と防空識別圏を航行していた。
「まだ終わっていない!次のスクランブルが来るぞー!!」
隊長の声に被せるように、与座岳からスクランブル発進指示が入った。待機中のアラート隊員にホットスクランブル発令。
「気を緩めるな!アイツはまだ消えていない!!」
「はいっ!」
一度使った機体は次の出動まで整備されるため暫くは飛べない。特に松田さんが乗っていた03機は、異常がないか入念に整備されるだろう。
次の2機がけたたましい音を響かせて離陸していった。
息つく暇もなく再びレーダーを睨む。
「早期警戒機AWACSより通信。転送します!」
AWACSから与座岳を飛ばして直接コンタクトを取ってくるなんて、いったい。私達は転送された情報を見て目を疑った。
「おい、これ……本物か」
隊長がそう言うのは無理もない。レーダーにキャッチされた不明機が先程の1機の他に、複数映っていたからだ。
「嘘だろっ!おい!飛ばせる機体は幾つあるか確認してくれ」
「はい!」
今しがたスクランブルで2機飛び出した。2機で、1機を相手にするのが空自の基本。これを見る限りでは最低あと8〜10機は必要。既に帰還した2機はまだ飛べない!!
映画を見ているような錯覚に陥る。モニターに反応した光が複数現れるなんて、模擬でも見たことは無い。
「おいっ、訓練の情報は入っているか!」
「いえ、特に」
上官たちが怒号を撒き散らしながら情報を集めようとしていた。私はレーダーの動きに置いて行かれないよう、かぶり付くのに必死だ。
「アーミングエリア待機中の4機、エプロンにて整備完了している4機が発進可能だと連絡がありました!」
(……千斗星も、飛ぶ!?)
「分かった。発進可能な機体とライダー情報をくれ」
「はい!」
配られた紙に機体番号と乗務員情報が載っている。一目で見つけてしまうその名前。アロー05、沖田千斗星。千斗星は02の高木2佐とタッグを組んでいる。
ー ドクン、ドクン、ドクドクドク……!
勝手に心臓が早くなる。制服の上から抑えるようにドッグタグを握った。レーダーの動きを見ていれば私にだって分かる。先程見たSU-35と同じ戦闘機に違いない。八神さんが施した通告を無視したうえに、インターセプトを仕掛けてきた。
「よし、離陸準備!」
「はい!」
(千斗星……っ!)
駆け寄って窓の下を覗きたくなる衝動を抑え、震える指を隠すように握り込んだ。深呼吸をして、再びヘッドセットを付ける。
Trust!ー信じるー
ここにいる仲間を、飛び立つ彼らを、そして自分の力を。
「気象隊より、雲は消えました。1時間以内に措置が終われば問題ないと」
「分かった。横田にコンタクト取れ」
横田とは横田基地のことで、私たち航空総体の総司令である。通常のスクランブルではない為、助言を仰ぐためと国防に関わる事であれば幕僚監部への報告。更に上の、航空幕僚長及び防衛大臣へ繋げなければならない。最悪は、内閣総理大臣にまで巻き込む事になる。
「異常だ……こんなことは、ない」
隊長の独り言が、今はとても恐ろしい。
レーダーに目を戻すと、那覇基地から続々とイーグルが飛び立っていくのが分かる。
彼らの命も護らなければならない。
「いいか、私一人で8機同時の指示は難しい。そこから順に2機づつ監視しろ」
「了解」
思わず生唾を呑み込んだ。なぜならば、私が監視するのは、02と05だったからだ。目まぐるしい動きに上官たちは気づいていない。
私と千斗星が身内だと言う事に。
目を閉じ、深呼吸を繰り返した。そしてモニターに視線を戻す。これでいい、他人に指示を出しながら千斗星を心配するよりも、直接指示出来る方が何よりも集中出来る。
(覚悟は出来てる。大丈夫、大丈夫よ!)
*
「こちら那覇警戒管制、コンタクトチェック。アロー02、05はチャンネル2に合わせよ」
『こちらアロー02、ラジャー』
『こちらアロー05、ラジャー』
(千斗星の声、初めて聞いた)
「方位185度、高度13400メートルの機体確認に入れ」
『ラジャー』
千斗星は気づいているだろうか、指示を出しているのが私だと言う事に。無線越しに聞く彼の声はとても落ち着いていた。
『こちらアロー02、ターゲットはSU-27っ!ロ国連邦』
(え、C国ではなくて?しかも、機種が違う……ここで、まさかのフランカー登場)
他の、チームからも同機種であると報告がはいった。ロ国連邦の戦闘機が4機も日本の領空に迫っていた。
空自が誇るF-15と比べると、僅かに向こうの性能が上だと聞いたことがある。しかも、相手は血の気の多い人種である為、下手な刺激は命取りとなる。
「それぞれに手順通り、通告を実施せよ」
「はい!」
モニターにチカチカとロ国連邦の戦闘機と我が空自の戦闘機が映る。こちらの方が数は上だ。しかし、戦争をするのではない。ただ、日本の領空から離れてもらうだけ。それだけで、いいのに!
ー それぞれに通告を2回実施、変化なし
「くそっ。奴ら何を考えている。警告を実施せよ!」
「了解」
本来は各チームのリーダー機に警告させるのだが、複数に及ぶため今回は那覇管制隊から直接コンタクトを試みた。
『貴機は日本の領空を侵犯しようとしている。進路を変更せよ』
ー 同じく2度警告、変化なし
ここまでして無反応なのは例をみない。非常に不気味である。私達は試されているのだろうか………。
「隊長!司令部より、信号射撃での警告を実施せよと」
「ちっ……」
実弾または信号射撃にて威嚇する事を許可された。ここまで発展したのは過去に一度だけだと聞く。これで効果がなければ、内閣総理大臣の指示待ちとなる。航空自衛隊は相手が意図的に攻撃を仕掛けて来ない限り、こちらから撃墜する事は不可能だ。
(威嚇射撃をするの?もし、相手に火がついたら、どうなるの!)
「信号射撃準備!!」
「っ……!了解っ」
血が脳にドクドクと流れ込み、目の前が真っ赤に染まる錯覚が起きる。私は何度も瞬きをして無線のスイッチへ手を伸ばした。口を、開き「信号射撃準備」と紡ぐ。それを、客観的に見ている自分がこう囁く。
時が止まればいい、これが夢であればいい、全て訓練だったと言われたい。
「那覇管制、アロー02及び05へ告ぐ。信号威嚇射撃準備!」
『アロー02、ラジャー!』
『アロー05、ラジャー!』
(お願い!これで、終わりにしてっ!!)




