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スワローテールになりたいの  作者: 佐伯瑠璃
We are Japan Air Self Defense Forces
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妻の心得は若葉マーク

 与座岳から連絡機ヘリコプターに乗り、那覇基地へ向けて私は飛び立った。約8ヶ月という短い期間を山の上のレーザーサイトで過ごした。少しずつ高度が上がると、ガメラレーダーを上から見下ろせる距離まで達すると、スーッと離れていった。躰に僅かなGを感じながら、ここでの任務を振り返る。

空を護る事の厳しさ、人の命の尊さ、任務に徹底し忠実である事の難しさ、そして人間らしさを学んだ。この大きな空の下で営まれる人々の生活を護らなければならないと。


「沖田3尉、海側ルートをとります」

「はい。お願いします」


目下に沖縄の海が広がる。基地に近づくと海上自衛隊の飛行機とすれ違った。那覇には海上自衛隊第5航空群という東シナ海南部を管轄とした部隊がある。主に、海難事故の救出や尖閣諸島沖の警戒に当たっている。ここ沖縄では陸海空の様々な部隊と連携を取り、国民の安全を保っているのだ。



「間もなく着陸します」

「はい」


那覇基地上空に入り、少しずつ高度が下がる。補給部隊が忙しく走り回り、滑走路脇のアーミングエリアでは飛行訓練中の隊員たちが見えた。


「お疲れ様です。この後どうされますか?」

「はい。管制隊の皆さんに挨拶だけして、その後は官舎へ戻ります」

「では、お気を付けて」

「ありがとうございました」


私はヘリコプターパイロットに敬礼をし、那覇基地警戒管制塔へ向う。

背にジェットエンジンを聞きながら、新たな生活が始まった。




     *




 「ただいま」


 ガチャ、と玄関のドアを開け誰もいない部屋に足を踏み入れた。既に幾つかの荷物が奥の寝室に運び込まれていた。私は先ず手荷物から写真立てを取り出した。与座岳の部屋で心の支えとなった写真を寝室の出窓に飾る。


「さて、荷物を片付けますか。千斗星が帰るのは明日の朝だから、それまでには終わるかな?」


制服をクローゼットに掛けようと開けると、整理された千斗星の制服や私服が私のスペースを開けるように端に寄せられていた。季節は秋が終わろうとしている。夏の白い半袖の制服がビニールに覆われて掛かっていた。それを見ると小麦色に焼けた彼の腕が思い出される。胸の奥がギッと軋んだ音がする。随分と長い間、彼を一人にしてしまったと、懺悔に似た念が湧き上がってくる。

その軋みを誤魔化すように、私は、自分の制服の胸元をシワが出来るほど強く握った。


「千斗星……」



荷物の整理は予想より早く終わってしまった。もともと休みの度に帰ってきていたせいもあり、半分はここに残していたからだ。


「4時か……スーパーにでも行こうかな」


念のため何があるのか、冷蔵庫を覗いてから行こう。久しぶりにゆっくりとご飯の支度が出来る。朝、疲れて帰る千斗星に和食の朝食を準備してあげたい。そんな事を考えながらキッチンにやって来た。


「何があるのかなぁ……っ!嘘でしょ」


私は冷蔵庫の扉を開けて驚いた。だって、何も買う必要が無いくらい食材が揃っていたから。野菜も果物も鮮度は保たれているし、卵は賞味期限まで10日は残っている。


「千斗星、買い出し行ってからアラートに着いたの……何やってるのよ」


千斗星の優しさが胃の奥へと染み込んで行った。戻ってきた私の事を気遣って、買い物に行かなくて済むように、ゆっくり休めとの無言のメッセージがあふれ出ていた。


「これ、私が好きなやつじゃん」



野菜ジュースなんて飲まないのに、私が帰ってくるからと買ったに違いない。


「ちょっと、千斗星ったら……ふふっ」


私は初めて泣きながら笑った。彼の優しさと、これらを両手に抱えてスーパーから帰って来た姿に、私の中の女子力が負けた気がしたからだ。私は千斗星に同じように返すことが出来るだろうか。


「自信なくしゃうな。ありがとう、千斗星」


リビングに戻り、閉められたままのカーテンを今更ながら開けた。西の空が茜色に染まり、一日が間もなく終わるとを告げていた。窓を開けると冬になろうというのに、生暖かい風が吹き込み、基地を飛立つ戦闘機のジェット音が部屋中を駆け巡った。


「ただいまー!!」


聞こえるはずのない言葉を千斗星に向かって叫んだ。眩しそうに笑う彼の表情かおがふわりと浮かんだ気がした。


(何事もなく、任務が終わりますように)




     * * *



 朝、6時。目覚ましより先に目が覚める。一人で寝ることに慣れているとは言え、一人寝には大きすぎるダブルベットは、ほんの少し寒さを感じた。

7時にはアラート待機から開放されるはず。私は起き上がり、朝食の準備をすることにした。沖縄に来て一番のお気に入りは、海ぶどうだ。ガラスの器に入れると、黄緑がとても綺麗に栄えるし何よりも美味しい。プチプチと口の中で弾けるあの感覚が堪らない。


味噌もお醤油も微妙に生まれ育った場所とは違っていて、始めは戸惑った。母に送ってもらった調味料で今日は作ろう。

やっと妻らしい事をしている自分に、ため息の混じった笑いが出た。


「よし、と。9時前には帰ってくるかな」


私はコーヒーを飲みながら、ソファーで窓の外を眺めながら過ごした。テレビもつけずに、主人の帰りを今か今かと待つ仔犬のように。


(早く、会いたい)





 うたた寝をしていた事に驚いて、ハッと頭を上げた。時計は9時20分になろうとしている。部屋を見渡すけれど、千斗星が帰ってきた気配は感じられない。


「まだ、戻ってないんだ」


窓を開けベランダに出る。下を見ると官舎への人の出入りが分かる。勤務明けで戻る隊員と、出かける隊員の家族などが見えた。その中に千斗星の姿はない。部屋に入りスマホを確認したけれど、何の連絡も入っていなかった。


「どうしたんだろう……まさか……まさかなんて、ないよね。ないよ」


嫌な事ばかりが脳裏を掠めて、それを何度も払拭した。大丈夫よ!千斗星に限ってと、上書きするように塗り替えた。せめて同じ基地に居れば何か分かるのに。落ち着きなくキッチンを行ったり出たり、玄関のドアをじっと見つめてはため息をついた。


「はぁ。しっかりしなよ。ここで待つ家族は皆同じなのよ。私だけじゃないの……情けない。私も自衛官なのに何やってるのよ」


首から下げられたドッグタグを取り出して見つめた。二枚目にあるCHITOSE.Oの文字を指でなぞり、そこへキスを落とした。


(お願い、無事で帰って来て……!)


気を紛らすように、掃除機を手にする。今まで私が傍に居なかっただけで、千斗星は毎日空を飛んでいる。私ときたら、傍に居られるようになった途端、不安と恐怖に負けそうになっている。自衛官の前に、自衛官の妻として全くなっていない事に気づく。

掃除しているようで、していない心ここに在らずな状態だった。


気づけばフローリングにペタリと座り込んでいた。



ー ガチャ、バダン………カチャ


ぼんやりした脳に扉が開いて閉じる音が聴こえた。短い廊下を人が歩く音、そしてリビングに続くドアが、開く音……そして数秒の無音。


ハッと意識が戻り慌てて躰を後ろに捩った。


「千斗星っ!!」

「天衣っ!!」

「えっ」



強張った千斗星の顔が目に入り、直ぐに視界はその影に覆われて見えなくなった。千斗星は荷物ドサッと落とし、フローリングに両膝をついて私を力強く抱きしめた。そして、何度も背中を擦っている。千斗星が帰って来たんだと、ようやく脳が理解して自分の腕を千斗星の背中に回した。


「千斗星、無事だった」「天衣、大丈夫か!」


ほぼ同時に叫んでいた。ほんの数秒の後、やっと視線が重なる。千斗星は「へ?」と首を傾け「何かあったのか」と言う言葉が返ってきた。


「何かって……え?」

「今、俺に無事だったって」

「あ、いや。それより千斗星だって私に大丈夫かって」

「そりゃ驚くだろ!帰ってきたら魂が抜けたように床にへたり込んでいたんだ。具合でも悪いのかと思って」

「千斗星っ」

「おわっ」


千斗星が無事に何事もなく、いつもの出で立ちで帰ってきてくれた。それがとても嬉しくて、同時に自分の心の弱さが恥ずかしくて、彼の胸に飛び込んだ。


確かに千斗星の胸からは心臓が、力強く脈打っていた。


「よかった。よかったよ。千斗星、会いたかった」

「お、おう」


戸惑いながらも、受け止めてくれる千斗星の優しさに、私は暫く甘えた。

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