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スワローテールになりたいの  作者: 佐伯瑠璃
We are Japan Air Self Defense Forces
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俺の相棒

 今日から佐野1尉のもとで、要撃管制について学ぶことになっている。小牧で研修をしている時にさんざん聞かされたのは、ここで学んだ事の1割も使えるか分からない。理想とかけ離れた過酷な任務だから覚悟するようにと。実際、想像と違ったと言う理由から離職する人も多い。それを今、これから、部屋を出ようとしたタイミングで思い出してしまった。何か新しい事を始めるときは皆同じはずだ。期待と不安でぐらぐら揺れながら、現実を受け入れ飲み込む。


「しっかり!」


私はリビングに飾ってある千斗星の顔と、バーティカル・キューピットを見て気合を入れた。先ずは基地の生活に慣れなければならない。制服のジャケットに腕を通し、帽子を被ればそれなりの自衛官に見える。

誰かが言っていた「制服は2割増し、軍服は3割増し」と。玄関先に置いてある姿鏡で身なりを確認し、ニコリと笑顔の確認。


「行ってきます」


誰の返事もない静かな部屋を後にした。




     □ □ □




 天衣を見送ったのは昨日なのに、もう会いたくて仕方がない。こんなに俺は天衣に依存していたのかと考える。今までだって離れ離れだった。結婚して直ぐに天衣の手術があって、その後約2年間はオヤジのもとでリハビリと復帰に向けて勉強をしていた。3ヶ月に1回程度、会えるか会えないかだった。離れて暮らすことには慣れている筈なんだ。なのに……勤務地が近くになった途端、我慢のできない子供のように、傍にいない事が納得できていない。やっと俺の所に帰ってきた。そう安心してしまった途端、身も心も離れたくないのだと悲鳴をあげている。


「はぁ、マジかよ。俺の方が参ってる」


きっと天衣は寂しいけど、頑張る!と、自分に言い聞かせながら制服に着替え、玄関先で気合を入れ直して出勤したに違いない。それを想像すれば、勝手に頬が緩む。


殺風景だった俺の部屋は、天衣の手によって温味が生まれた気がした。無機質だったリビングに、明るい色のラグが敷かれテーブルには市内で買った、伝統柄のテーブルセンターが掛けられてある。テレビ台の棚には、二人で撮った写真が並ぶ。天衣のウエディングドレス姿と制服姿だ。ウエディングドレスを着た天衣は穏やかに微笑み、俺の腕に手を添えている。制服姿の天衣は口角をぐぐっと上げた自衛官スマイルだ。堂々とし、キッと引き締まった空気に女性特有の柔らかさも覗かせている。


「別人だな」


そう思えば少しは安心する。自分がいない場所で、他の誰かにあの微笑みは向けてほしくない。女性隊員が増えたとは言え、あの世界はまだ男性が舵を握っている。天衣の指導官も男である可能性は高い。負けず嫌いの天衣はそう簡単に他人に甘えたりしない。


「だからって俺に頼るのかって言ったら、それは別なんだよな」


簡単に朝食を取り、出勤の準備に取り掛かった。まだ、アラート待機の任務にはつかない。当面はF−15(イーグル)を乗りこなすトレーニングをしなければならない。

築城ではF−2(バイパー)が主力だったが、那覇ではスクランブル待機をするのはイーグルばかりだ。異動が決まってから築城でもトレーニングはしてきた。ここで、仕上げをしてイーグルのパイロット資格を取る。



重い玄関の扉を開けて「行ってきます」と静かに言えば、天衣の笑った顔が見えた気がした。




     *



 基地について今日のスケジュールを確認し、フライトスーツに着替える。那覇基地は今まで居た基地に比べて規模はかなり大きい。陸海空と連携を取れるようになっており、訓練も合同で行う事も多いらしい。この西南地域は空だけでなく海の監視も忙しい。毎日どこかの船舶が例の島周辺を無駄に航行しては、海上保安庁の手を煩っている。

偵察機も防空識別圏をうろうろするものだから、スクランブルも日に2度、3度は珍しくない。


「沖田」

「八神さん。おはようございます」

「おう、おはよう。どうだイーグルの方は。お前ならなんて事はないだろうけど」

「そうでもないですよ。高性能な分、なんとなく重く感じるんですよね」

「重い……ね。俺、バイパー乗ったことないかな分からないんだよな。違うの?」

「悪い意味じゃないです。重みと安定感が比例している気がして。バイパーが軽くて悪い訳じゃないです。対艦撃墜作戦においてはそっちの方が小回りがきく気がしますね」

「へぇ……やっぱお前、凄えな」

「は?」

「作戦に合わせて機体を乗り分ける事が出来る。使える奴って事だ」

「……」

「取り敢えず、イーグルを早くマスターしてくれよ。俺はお前と日米合同訓練に出たいんだ」

「俺とですか!」

「ああ。お前と米軍ヤツラの面の皮引っ剥がしてやりたいんだよねー。じゃあ」


空自が行う日米合同訓練は選び抜かれた者しか参加できない。何故ならば実弾を使うからだ。日本の領土内では戦闘機からの実弾発射訓練は認められていない。故にこの機会に海外へ遠征して、例えばグアム沖などで行われる。近年ではオーストラリアも参加した大掛かりなものになっている。

政治的にも周辺諸国への圧力をかけるには持ってこいだ。


「合同訓練か……」



待機室に移動し簡単なヘルスチェックを済ませ、飛行訓練前のブリーフィングに入った。飛行経路、天候、管制官からの注意事項などを聞き、整備士たちとハンガーへ移動した。

隣はアラートハンガーだ。【5分待機中】のランプがついている。それは5分以内に出動(離陸)が可能であるという意味だ。

訓練をするものは、アラート待機中の隊員の邪魔にならないよう注視しながら行う。


「沖田!見てくれよ」

「なんだ」


整備士の青井が屈託の無い笑みで俺を呼ぶ。青井はF−15、イーグルの機体の傍に立ちボディを指差して言う。


「見ろよ!」


そこにはT.AOIと言う文字が印字されてあった。なるほど、青井はこの機体の整備を任されたんだな。自分の名が印字されると言うことは、その者がそれに対して全責任を負う事になる。同時にその腕を認められたと言う証なんだ。


「よかったな!やったな!」

「ありがとう。けどさ、もっと驚く事があるんだよ」

「あ?」

「見ろよ、沖田。今日からコイツがお前の相棒になるんだ」

「……マジかよ」


俺の何とも言えない反応を見て、青井は肘で俺を突いてきた。「お前、ふざけんなよ光栄に思えよなっ」と不貞腐れている。そうじゃなきいんだ。青井の整備に不安がある訳じゃない。曾てのパイロット仲間が岐路に立ち、厳しい決断をして再び同じ舞台に立っている事がとても嬉しかった、感動したんだ。


「嬉しいんだよ、マジで」

「へ?」


青井の気の抜けた声が返ってきた。俺は基本的に喜怒哀楽を表に出さない。いや、出せないんだ。母を亡くしてから喜んだり、怒ったり、悲しんだりする事に蓋をしてきた。何となく母に申し訳ない気がしてならなかったからだ。


「だから、お前が整備したのに乗れるのが嬉しいって言ってるんだよ」

「おまっ……分かり辛ぇよ」

「……」

「嫁さん大変だなぁ。あ、けどちょうどいいか!天衣さんだっけ?ころころ表情変わるもんな。お前と合ってるわ」

「そうかよ……」


他人からそう言われて悪い気はしない。でも、素直にありがとうが言えないのは俺が捻くれているからか。お前の嫁さんは気の毒だなんて言われないようにしたいとは、思う。



「訓練を開始する。ハンガーから出せ!」

「はい!」


上官の声と同時にアラートハンガーが慌ただしくなった。スクランブルだ。

俺たちは動作を止め彼らを見守った。




沖縄の空は広い。

俺も天衣もこの空に呑まれないように、日々訓練を重ねるんだ。


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