再会
2年間と言う期間を経て、私はようやく現場に復帰する運びとなった。暁空幕長の勧めで、私と千斗星は手術前に入籍をした。事実上、空幕長とは他人ではなくなり、術後のリハビリや職場復帰に向けての研修などとてもスムーズに行った。義父である暁さんの力が大いに影響し、コネで優遇された事実は否めない。それを気に病んでいると暁さんが「与えられた環境は大いに利用して、国の為に尽くしなさい」と言ってくださった。どこかで反発していた千斗星も、「天衣の事はオヤジに任せる」と言ってくれるようになった。
そして今日、私はここ沖縄で要撃管制官として任務に就く。
結婚した隊員は離れ離れにならないよう調整してくれる、という話は本当で、特技(職種)は違えど基地が近くなるように優遇された。
そして今回一番驚いた事は......?
「新たに着任した者を紹介する。名を呼ばれたものは前へ」
新任の幹部隊員たちが沖縄那覇基地の司令室に集められた。そのメンバーを見て私は驚きを隠せなかった。私だけではない、千斗星は顔には出さないけれど私以上に驚いていたと思う。
要撃戦闘機要員
― 3等空佐 八神真司
― 1等空尉 沖田千斗星
― 1等空尉 松田貴大
整備士
― 1等空尉 青井翼
要撃管制
― 3等空尉 沖田天衣
まさか、那覇基地で八神さんと再会するとは思わなかった。千斗星に至っては全員が知った隊員だったという事を後から知らされる。八神さんは飛行教導隊で訓練を積み、腕を買われ沖縄へ配属。既に階級は3等空佐になっていた。まもなく2等空佐に上がるだろうと噂になっているらしい。
千斗星と松田さんは築城基地からの引き抜きだそうだ。そして整備士の青井さんは千斗星と同期で、ウイングマーク取得者だというから驚いた。何があったのか分からないけれど、優秀な整備士として浜松基地からの異動だった。
「他にも多くの隊員が入れ替わり、沖縄で勤務に当たる。特に君たちは幹部である。階級に相応しい働きをしてもらいたい。それから、この中で要撃管制に就く沖田くんは一番階級が下なわけだ。しかし!要撃戦闘機パイロットは如何なる場合も、この沖田天衣くんの指示に従わなければならない。肝に銘じておくように」
「はい!」
「沖田くんは先輩だろうが、夫であろうが、任務に忠実であるように」
「っ、はい!」
ここで夫を出す必要はあったのだろうか。川辺司令は米国人とのハーフらしく、隊員との距離が近い。
こういったジョーク?が得意そうな方だ。思わず、返事に詰まった私をしてやったりの表情で見ている。それを肩を揺らしてくつくつと笑うのは八神さんだ。相変わらずの雰囲気に安心してしまう私がいた。
「君たちの連携が防衛の行方を握っている。さて、今日は特に予定は入れていないはずだよね?飲みに行ってきたまえ。大いに今後について語ってくれたまえ。解散っ。はははっ」
と、なんとも締り辛い状況で解散となった。とりあえず敬意を表して敬礼だけはしっかりして退室した。指令室を出てから暫くは無言だったけれど、一番年上の八神さんが口を開いた。
「どうするのこれから。沖田は天衣ちゃんと仲良ししたいだろうし、君たちは独身だよね?飲みにいく?」
「八神3佐はその、独身ですか」
青井さんが尋ねた。八神さんは二カッと笑い、私と千斗星をちらりと見たかと思うと「奥さんは後から来るから、今日はフリーだよ」と言った。私は千斗星と顔を見合わせる。
「八神さん!いつ結婚、したんですか!」
「お!天衣ちゃん、よくぞ聞いてくれました。もう半年になるかな」
「嘘!知らなかったです。おめでとうございます」
「どうも」
「じゃぁ、お祝いで今晩みんなで飲みに行きましょう?沖縄の夜って賑やかだと聞きます」
私は曽ての先輩の結婚話が嬉しくて、ついそう切り出してしまう。クールそうな松田さんも、人の良さそうな青井さんも了解してくれた。横に立つ千斗星を見上げると「はぁ」とため息をつきながらも了解してくれた。男性三人はベースがこの那覇基地なので、持ち場に挨拶をしてから官舎に帰るという。私のベースは与座岳第56警戒群の為、もう用は残っていない。先に千斗星の官舎に帰っておくことにした。
「天衣、あとでな」
「うん」
那覇基地の近くにある官舎は普段は千斗星が一人で暮らし、私はレーダーサイトのある基地内で暮らす。だから私は休暇の時しか此処へは帰ってこない。時々、これで良かったのかと考えることがある。なぜならば、私の夫は戦闘機パイロットだからだ。航空自衛隊の中で一番危険と隣り合わせの任務に就く夫を、一人この部屋に返す妻が居るなんて有り得ない話だ。パイロットの奥様方は家に入り、家庭をしっかり守り、毎日神経を削りながら任務に就く夫を陰でしっかり支えるのが当たり前。疲れ切った心と体を癒してあげるのが、妻の最大の任務なのだと聞かされた。
「我がままな妻を抱えた、哀れな戦闘機パイロットって言われてそう......」
部屋は2LDKの妻帯者向けの間取りとなっており、周りには同じくらいの年齢の夫婦や家族が暮らしている。ここはファミリー向けの官舎。こんな場所に任務で疲れ切った千斗星を返すなんて、最低な妻だ。
綺麗に整理されたクローッゼットにはきちんとプレスされた制服が掛かっている。自衛官は自分の事は何でも出来るとは言え、それが余計に悲しく思えるのは、申し訳ないという気持ちが勝っているからだと思う。
「キッチンも綺麗に使ってる。躰は資本だって、ちゃんと自炊するんだもんね」
何だか泣けてきた。私は愛する夫を犠牲にして自分がやりたい事を貫こうとしている。あまりにも千斗星が不憫だって、そうさせている本人が思うなんて。
カチャと玄関の扉が開いた。千斗星が帰って来たのに気づき慌てて涙を拭う。
(しまった!まだ着替えてないっ)
「ただい......そんな所でなにしてるんだ」
「え、いや。出かける前なのにお腹空いて。でも、やめとこうって葛藤してたところ。へへ」
「食えばいいだろ。ん?天衣」
「はい」
「こっち向けよ」
「......っ、着替えて来るぅー」
「おいっ」
(やばい、絶対にばれる。千斗星は人の感情に敏感だから、空気で知られてしまう)
寝室に駆け込んでクローゼットから着替えを取り出す。制服の黒のジャケットを脱いで、シャツのボタンを外すそうとした所で千斗星が入って来た。着替えを見られたって平気、だって夫婦だもの。そう言いながらも本当は動揺を隠せない。なぜならば、まともな夫婦生活を送った事ががないから。千斗星が隣に立って同じ様に制服のジャケットを脱いでハンガーに掛ける。シャツも脱いで、ベルトも緩めて......。
(どうしよう。どこに目をやればいい?)
千斗星はベルトを外して腰を緩めると、これから着る私服を取り出した。
「着替えないのか」
「っ、あっと。お先にどうぞ」
そう言って部屋から出ようとしたら、ガシッと腕を掴まれてクッと強く引っ張られた!トンと肩が千斗星の胸に当たった。「きゃっ。ちょっと何?」と聞けばギュッと背中から抱きしめられて「逃げるな」と耳元で囁かれた。ドキッと全身が跳ね上がった気がした。
「なあ、何で泣いたのか教えろよ」
「な、泣いてないよ。なんで」
「俺に隠し事はしないでほしい。夫婦、だろ」
やっぱり千斗星にはバレていた。夫婦だろって言われると胸の奥が苦しくなる。私からしたら夫婦なのにって思ってしまうから。私は腰に回された千斗星の腕に手を添えた。
「私は妻、なのに夫を一人ぼっちにしちゃうの。疲れたあなたを一番に迎えて、労って癒してあげなくちゃいけないのに、あなたを一人でこの部屋に返すダメな妻」
「やっぱり、そんな事だろうと思った。なぁ、家族っていろんな形があるだろ?俺と天衣は納得してこの形を選んだ。右に倣えをする必要はない。誰かに羨まれても、誰かを羨むな」
「千斗星」
千斗星はくるりと私の躰を反転して、正面から包み込むように優しく抱きしめてくれた。小さな子供にするように背中をトントンと叩いて慰める。その温もりに慣れてしまった私は、彼の胸に顔を埋めて暫くその心臓の音を聞いた。
「ほら、そろそろ行かないと。あいつ等から奢らされる」
「はい」
離れるのは名残惜しい。こうやって何時だってくっついていたいのが本音。でも、今夜は私が言い出しっぺだからしっかりしないと。八神さんにおめでとうを言わないとね。
そっと躰を離して部屋から出ようとすると、
「おい!そうじゃなくて、着替えくらい一緒でもいいだろ」と強引に引きずり戻され、あれよあれよとボタンが外されシャツを脱がされた。スカートのホックにまで手を伸ばす始末。
「ちょ!これはいいよ。自分で脱ぐからっ」
「煩せぇ」
「やだー」
『羨まれても、羨むな』千斗星らしい言葉に胸の奥が熱くなる。確かに羨んでいる時の自分は好きじゃない。そういう時はたいていが諦めかけたり、自分を卑下している時だ。これは一人で決めた事ではない。ちゃんと話し合って決めた事だ。普段出来ない事はこうして会えた時に何倍にもして返せばいい。周りが羨むくらい、夫に尽くせばいい。
「ありがとう」
「ん?......っ!」
感謝の気持ちを込めて、彼の唇にキスをした。珍しく顔を赤くする千斗星を見て、可愛いと思ってしまったのは内緒です。




