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スワローテールになりたいの  作者: 佐伯瑠璃
第1章 ドルフィンライダー 
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5番機、感じ悪っ。

着任初日は各部署へ挨拶に周り、最後に司令室へ向かった。

本来ならば着任して直ぐにするべき場所ですが、お忙しい司令に合わせて今に至る。


「司令、お連れしました」


鹿島さんではなく、塚田室長と来ています。


「本日付で着任いたしました、香川天衣(あい)と申します!」


背筋を伸ばして敬礼をした。

「ご苦労様です」と敬礼を返して頂いた。こんなお偉い方に敬礼を返してもらえるなんて!感動しています。


「私がここの司令を務めます、斎藤誠一です。宜しく」

「宜しくお願い致します!」


斎藤司令は将官クラスの方で、私のような下っ端が直接話せるような人ではない。恐らく、この着任が最初で最後だろう。

ガチガチな私に穏やかな表情で着席を促してくださった。

司令は防衛大学校を首席で卒業された恐ろしく優秀且つエリートさんだった。まさに雲の上の存在。

在学中は情報工学と通信工学を学ばれたそうだ。御年53歳。

この年齢で空将補とは・・・。


「君が先のパイロット試験を受けたと言う、じゃじゃ馬さんか」


デスクの上に腕を乗せ、掌を組んで私にそう言った。


「じゃじゃ…、はい。身の程知らずと反省しております」


ふっと笑った顔にドキリとしてしまう。大人の色気がプンプンするからだ。塚田室長もそうだけど、ここのオジサンたちのダンディーレベルがすごいのです。こんな尻の青い私が感じるのですから、相当。

目尻に刻まれた皺は決して老化には見えず、事務方の割には体がとても引き締まっている。

上層幹部級の方々はみなお腹ポッコリだと思っていたけど!?


「いや、身の程なんて知っては何も出来ないよ。それくらい勢いが無いと人間は伸びないと思っている。頼もしいな、なあ塚田くん」

「はっ!私も期待しているところであります」


司令はじっーっと私を見つめては時々、ふっと笑みを漏らす。やっぱり、何かおかしな所があるのでは?

思わず身なりを確認する。本来、上司の前で確認するなんてあってはならない。でも、笑うから・・・。


「香川くん、ライダーたちの事、宜しく頼むよ」

「は、はい!」

「くくくっ、本当に頼もしいな。未来のファイターパイロット、か」


笑っていますけど・・・。



司令室を後にする頃にはお昼を回っていた。


「香川、部屋は片付いたのか?」

「いえ。今朝、直接移送機でここに来ましたので」

「ふはっ。移送機で越してくる奴を初めて見たな」

「ちょうど松島に行くと先輩が仰っていたので」

「じゃあこの後は官舎に戻れ。明日から通常出勤でいい」

「いいのですか」

「ああ、寝床が整わないといい仕事は出来ないからな」

「ありがとうございます」


室長が食堂でお昼をご馳走してくれた。

その後、私は自宅となる独身者向けの官舎に向かった。



     * * *



徒歩5分・・・。

官舎は大抵が基地からとても近くにあり、出勤するのに便利である。だけれどもっ!近すぎてなんか嫌だな。

家賃が安いし、いつ転勤になるか分からないから我慢するけど。

部屋を片付けたら、皆さんが帰宅する頃にご挨拶に行かなければ。

母から渡された『志・入浴剤セット』が箱の中で出番を待っていた。


「お母さん、ありがとう」


遠く離れてやっと、親の有り難みを知るなんて。子供って薄情だ。

「ごめんね。お父さん、お母さん」心の中で呟くと、じんわりと熱いものが込み上げてくる。それを、ぐっと呑み込んで部屋の片付けをした。


黙々と片付け続けたお陰で、私の寝床は完成した。と言っても独り身なので大した荷物はなかった。本当ならクローゼットは洋服で溢れるのだろうけれど、普段は制服なので私服は少なかった。

お化粧道具も基本的なセットしか持っていない。広報なので身だしなみはきちんとしなければならない、でも、派手な化粧は出来ない。


「さて、ご飯食べようかな」


母が詰め込んでくれた食材を箱から漁り、ひとり夕飯を食べた。

隣は基地だから轟音がする。一応、二重窓にはなっているけれど気休め程度にしか軽減されない。

でも、私にとっては心地よいエンジン音だ。

ここ、松島基地は主に戦闘機(F−2,F−4)パイロットたちの訓練の場。そして、有事の際や天候状況により三沢基地などが代替空港として利用する。


「広報で来ちゃったし、それにここはウィングマーク取得者しか飛行群には入れない。私、パイロットになれるのかな・・・」


ものすごく不安になってきた。

取り敢えず、ご近似さんにご挨拶をと志セットを手に玄関を出た。



ー ピーンポーン…


「いらっしゃらない?夜勤かな」


ー ピーンポーン…


「ここも不在か。私の両脇はお忙しい方らしい」


私は3階の奥から2番目の部屋だ。私の部屋の下は空き部屋と聞いていたので、次は上の階に向かった。


ー ピーンポーン… カタッ、ガチャ


「夜分に失礼します。本日、下の階に入りました香川と申し」

「いいよ。そういうの」

「え、あ。でも、ご挨拶は」

「基地から離れたら仕事とか忘れたいから」


なんだこの人っ!


「そうですか、大変失礼しました」


顔を上げると、基地から戻ったばかりなのかまだ制服のままだった。

男性も女性も同じデザインの黒の制服、白いシャツに黒いネクタイ。そこまでは同じだ。でも、つい癖で袖口や左胸のバッチや肩に目が行ってしまう。私は瞬時に判断したのだ、この人の階級を。

恐らく、2尉。


「分かったならもう戻りな。ってか、この棟に女性自衛官がいるって知らせない方がいいと思うけど」

「え?どう言う」

「ここの官舎は空きが多い、既婚者は違う棟だし。しかもギラギラした奴らばっかりだからね…気をつけな」

「ぇ…な、何に気をつけ」

「はぁ」


ものすごい大きなため息を吐かれてしまいました。ギラギラした奴らばっかって・・・まさか、ここ官舎ですよ?


「日々、過酷な訓練とプレッシャーの中で戦ってるんだ。家族持ちは帰れば癒されるけど、俺たちはそうじゃない。溜まってるもん吐き出す為に牙を剥くかもしれないってこと」

「あ・・・」

「武道嗜んでたって所詮、女。男には勝てない」

「すみません」

「いや、別に謝らせたい訳じゃ…兎に角そう言うこと」

「はい。部屋に戻ります」

「ああ」

「あのっ、せめてお名前だけでも教えて下さい。名前も知らない先輩に叱られたなんて、惨めですから」


そう言うと、眉をぐわんと歪めて面倒臭そうに口を開いた。


「沖田、千斗星(ちとせ)。2尉、一応パイロット。じゃあな」


ー バタン!


うわっ、感じ悪っ。愛想笑いの一つも出来ないなんて!

悔しいのが眉を歪めても顔が整っていたことだ。少し伸びた前髪が眉にかかっていたけれど、覗かせる瞳は美しかった。

切れ長の奥二重の目、筋の通った鼻、形の整った薄い唇、少し尖った耳。背も高かった。腕にはパイロット仕様の時計が嵌められていた。


「あれ?オキタチトセ…って、あの沖田千斗星!?」


私が今朝、釘付けになったブルーインパルスの5番機パイロットだった。

めっちゃくちゃ感じ悪かったんですけどー。


広報の仕事がとても憂鬱になってきました。

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