空幕長殿に告白しました
翌日、両親が慌ててやって来た。私の病状がここまでとは思っていなかったのだろう。母は青ざめた顔で部屋に入ってきた。
「天衣!どうなの、まだ具合悪いの?」
「お母さん大丈夫。わざわざごめんなさい。お父さんもお仕事なのに」
「そんな事は気にしなくていい。この際だからきちんと治療してもらいなさい」
其処へ、千斗星とお父様の暁さんが入ってきた。
「ああ、沖田さん。この度は娘がご迷惑をお掛けしました」
「いえ。天衣さんは我々が責任をもって治療しますのでご安心ください」
母は千斗星のお父様も沖田だと思っている。当然だよね。私も昨日まではそう思っていたのだから。そしてうちの親はこの方がどれだけ偉い方なのかを知らない。きっと言ったところで分かるとは思えないけれど。
「この度はご挨拶で来たにも関わらず本当にご面倒を」
「香川さん、頭をあげてください」
親たちは互いにペコペコと頭を下げあっていた。それを脇から眺めている私は、この人たち親戚になるんだよねと想像して顔が弛んでしまう。千斗星に「何でニヤけてるんだよ」と突っ込まれる始末。親って子の為なら平気で頭を下げるんだよね。
「あのね、彼のお父様も自衛官なの。とっても偉い方なんだからねっ」
「えっ、そうなの!?」
「天衣さん、此処では関係ない事だよ」
「天衣、父さんに詳しく教えてくれないか」
「お父さんに分かるかなぁ。空将って分かる?航空幕僚長を務めてらっしゃるの」
暁さんは照れた顔で頭をポリっと掻いている。母はポカンとした表情で、それ何ですか?の反応だった。しかし、父だけは違った。
「く、空将……航空幕僚長!?た、大変じゃないか!」
「え、お父さん?ど言う事ですか」
「航空幕僚長ってな、航空自衛隊のトップだよ……!」
「ええ!!」
病室に母の声が響き渡った。母のことだからそんな立派なお家に嫁にやるなんて、恐れ多い、釣り合わない!なんて思っているに違いない。私もそう思うもの。すると、暁さんが両親に「少しお話しましょう」と言って下さり3人は部屋を出て行った。きっとご自身の事、そして息子との関係を話すのだろう。
「天衣のお母さん驚いていたな」
「うん。きっとうちの娘じゃ務まらないって思ってるよ」
「……俺と結婚するんだけどな」
「ふふ。でも、私も少し怖いの。これから先、そういった方々と接する事が増えるよね。私、千斗星や暁さんに恥をかかせないように頑張らないと」
「天衣なら大丈夫だ」
そう言って千斗星は、私の頬にかかった髪をそっと後ろに梳いた。擽ったくて思わず肩を竦ませると「くくっ」と笑って、その手を後頭部まで滑らせてグッとひきよせる。
「千斗っ……」
コツンと額がぶつかって鼻先が触れ合う。千斗星の高い鼻が優しく撫でたと思ったら、ちゅうっと、ねっとりと唇を塞がれた。決して深くない表面だけのキスなのに全身が震えた。千斗星の優しさが、熱い思いが伝わって来る。大丈夫、大丈夫って私の心を慰める。独りじゃないだろ、俺が居るじゃないかって。そんなにされたら、また泣いてしまう。
「残念だけどタイムアップ。そろそろ出ないと」
「うん。千斗星、ありがとう」
「天衣、もう1回……」
切なげに揺れる瞳が近づいて、再び唇が重なった。千斗星と居るとドキドキするの。少し危なっかしい貴方をずっと見ていたい。私はその背に腕を回して別れを惜しんだ。
* * *
翌日から精密検査が始まった。グループである仙台自衛隊病院からカルテを取り寄せ、それと今回の結果を擦り合わせるらしい。
血液検査、レントゲン、CTなどありとあらゆる検査をしてもらった。最先端の医療機器が揃ったここは、多くの患者で溢れていた。勿論、隊員の家族が主だけど、ここは紹介状があれば一般の方も受診が出来る。
「香川天衣様、診察室へお入りください」
私は検査結果を聞くために診察室へ入った。未成年では無い為、保護者の同伴がなくても聞くことが出来る。皆、仕事や任務で忙しいからと一人で聞くことにした。仙台で言われた事と大差ないだろうと思っていたからだ。
「香川天衣さんですね。血液検査以外では特に異常は見られませんでした。仙台で言われた通り溶血性貧血と言ってよいでしょう。我々は後天性の自己免疫性溶血性貧血と判断していますが……」
「はい」
※何らかの原因で赤血球を壊す自己抗体が出来てしまう症状。
「ご家族や親戚にはこう言った症状の方は居ませんでしたか?」
「以前も聞いたのですが、思い当たる人は居ないと」
「……そう、ですか。先天性のものか調べるには、かなりの時間が必要です。取りあえず暫くは投薬治療です。今までの薬は止めて、免疫抑制薬を使おうと思っていますが詳しくは後日お話します」
医師が言うには、自分に合う薬を探しながら定期的に血液検査をする必要があると。何故か私の体は、赤血球を破壊してしまう抗体が出来てしまったらしい。なんでそんな事になっちゃってるのよ……。
「あの、仕事の制限はないですよね」
「そうですね。あ、ただ極端にストレスを与えるような事は避けた方がいいですね。職種は何ですか?」
「要撃管制、です」
「要撃管制……?それは管制官とは違うのかな」
「えっと、スクランブル発進に関わる仕事です」
「……」
医師は黙ってしまった。このパターンを私は知っている。戦闘機パイロットになりたいと言ったときの、あの時の空気と、似ている。医師はその辺りの任務内容は分からないと言った。けれど、
「自衛官なら避けられない事でしょうが、過度のストレスが加わるものは、症状が落ち着くまでは避けていただきたいですね」
「気を付けます」
そう言うしかなかった。まだ経験した事のない要撃管制は、どれ程の負荷が掛かるのか分からなかったからだ。ただ、簡単ではない事くらい想像がつく。
あと2、3日様子を見て問題無ければ退院だと告げられた。その言葉になぜか喜べない自分がいる。
「ありがとうございました」
医師に礼を告げ、ふらふらと廊下を歩いた。
*
気づくと私は中庭まで歩いて来ていた。芝生の上にベンチが置かれてある。柔らかな日の光が差し込み、手入れされた芝生や花壇の花たちがキラキラと光っていた。私は吸い寄せられるようにそのベンチに座る。
「はぁ……」
私が足掻けば周りの迷惑になるかもしれない。私はまた、諦めなければならないのだろうか。いっそ自衛官を辞めて、家に入り千斗星を支える方が幸せなのかもしれない。千斗星もその方が安心だろうし、女としての幸せが手に入るもの。そう言う風に自分に言い聞かせ始めていた。
「天衣さん?」
「へ?」
突然、名前を呼ばれ気の抜けた返事で振り返る。そこに居たのは、暁空幕長だった。
「あ、暁さん!」
「ああ、立たなくていい。それより私も此処、いいかな」
「っ…、はい!」
東京本庁に勤める空幕長が、こうして時々訪ねてくれる。それは上司としてではなく、婚約者の父親と言う立場で。でも今日は制服だった。仕事の合間を見て来てくださったのかもしれない。
恐る恐る顔を向けると、その横顔は千斗星ととても良く似ていた。
そう思ったらドキンと心臓が高鳴った。やっぱり普通のおじさんとは違う。姿勢も良く、座った姿は凛としていて、ニコリと笑った時の目尻のシワは、とても味があって……カッコいい。それになんかいい匂いがする。私のお父さんとは大違い!
「もしかして、悩んでいるのではと思ってね」
「え」
「実は私も聞かせてもらったよ。将来の家族となる者として、そして空自を担う者としてね」
「やはり、無理ですよね。こんな体で要撃管制なんて」
「可能不可能は別として、ここで諦めるのか挑戦したいのか。君の気持ちを聞かせて欲しい」
あの優しい暁さんではなく、空自のトップである空幕長の顔をしていた。その視線がとても鋭くて鳥肌が立った。そんな私に気づいたのか、空幕長は「ふぅ」と息を吐いて私の方へ体を向けた。そして、ポスっとその大きな手を私の頭に乗せポンポンと優しく触れた。
「っ……!」
「娘って、どんなものだろうかと最近よく考えるんだ。息子しか知らないからね。実際に見ると小さくて可愛いらしい。壊れてしまわないかと心配になる」
「……」
「それが愛する息子が選んだ娘だと、尚更だ。何でも言うことを聞きたくなる。悩んでいたら力になってやりたいと、思う」
「あの」
父と変わらない年齢のはずなのに、妙に胸がザワザワしてしまう。千斗星のお父さん、ヤバイよっ。
「聞かせてくれないか。天衣さんの空への想いを」
私は魔法にでもかかったように、胸に秘めた思いを吐き出した。それはまだ千斗星にも言ったことのない、叶うはずのない夢までも全部。
「ほう……くくっ。千斗星がぞっこんになるわけだ。私はそれでいいと思う。私も曾て空を飛んでいたからね、君みたいな娘がいたらきっと熱くなっていたと思うよ」
「恥ずかしいです」
「ゆっくりでいいんだ。時間はたっぷりある、急がないで欲しい。君は空自にとって必要な人材だ。もちろん千斗星にとってもね」
制服組トップの手の届かない方なのに、私みたいな者が夢や希望を語るなんて……あり得ない事。なんて懐の大きな方なんだろう。
空幕長は柔らかな笑みを残してすっと立ち上がった。その姿が未来の千斗星を映し出しているよう。月子さんはとても素敵な人と結ばれたんですね。そして千斗星が生まれた。
私は心の中でお二人に感謝した。
千斗星を産んでくれて、育ててくれてありがとうございます、と。




