家族だからこそー 似たもの親子 ー
千斗星の後を追って街へ飛び出した。お寺の住所をスマホに入力して場所を確認した。こんな都会を一人で動くとは思っていなかったから少し不安。一人でたどり着けるだろうか。交通ICカードにお金をチャージし、勇んで電車の改札口まで来た。掲示板を見て私は固まる。
「っと......此処って何線だっけ?」
自分がいる駅名は分かれど、それが一体何線で何番ホームに行けばいいのか。またそのホームは何処なのか、脳内で処理が出来ないでいた。慌てて路線アプリを立ち上げた。目的地までは最短15分、乗り継ぎ1回。アプリが言うように目の前の改札をくぐった。緑の線に沿って徒歩8分、中央線4番ホーム......。
「改札から徒歩8分!?」
思わず声を出してしまった。改札を通ったらすぐホームへ続く階段を上ればいいと思っていた。なのに、いったん地下らしき歩道を下って、上ってようやく発車時刻が書かれた掲示板を発見。もう一度スマホを見ると、1~5番車両に乗れと書いてあった。
(どういう事......?)
結局進行方向が分からない私は無難に真ん中あたりで待って乗った。後で気づいたけれど乗り継ぎ改札、出口改札に近い車両だったらしい。案の定私は乗り継ぎ電車に間に合わせるために走った。
「もう、駅、広すぎるよ」
周りを見たら、皆すました顔で目的地へと向かって歩いていく。カッコいいよ東京の人!そんな事を考えながら、なんとか目的の駅に降り立った。地図アプリを片手に進むとお寺の境内が見え始めた。階段を上る手前に花屋があった。千斗星に会えなくても、手は合わせようと思っている。そこで私はお供え用のお花を買った。
長い階段を上り後ろを振り返ると、高層ビルが遠くに見えた。階段下には下町を匂わす家屋が並んでおり、人の往来は賑やかだけれど、街路樹や歩道の脇には花も植えられおり、住みやすそうな風景が広がっていた。
お寺の入り口でお墓の場所を教えてもらい、桶と柄杓を持って階段を上がった。何でもない休日の午後はお参りする人はほとんど居らず、本殿からのお経の声が静かに響き、線香の香りが漂っていた。お墓の場所が書かれたメモを見ると『ほ3-25』とあった。”ほ”の敷地3列目25番だそうだ。ゆっくりと階段を上がり指定の敷地に入る。砂利が敷き詰められていて歩くたびに、その石が擦れ合う音がした。
視線を上げると無風の霊園に線香の煙がゆらりと靡いていた。そこには姿勢を正し直立した千斗星がじっと墓石を見つめていた。声を掛けるのが忍びないくらい、千斗星は独特な世界に浸っている。
「千斗星......」
私は小声で呟いて静かに足を向けた。ザッ、ザッと踏みしめる音は消せない。千斗星がゆっくり振り向いた。私が来るとは思わなかったのだろう、一瞬目を見開いたけれど口はぎゅっと引き結んでいた。
「千斗星、ごめん。来ちゃった」
「天衣。どうしてここを」
「うん。教えてもらったの千斗星のお父さんに。きっと貴方なら此処に来るかなって思って」
「ごめん。一人にさせて、俺っ」
「ねえ!お参りさせて?いいでしょう?」
「……ああ」
千斗星が何か言おうとしたのを遮って、私は彼の母親に手を合わせた。私を置いて飛びだしてしまった事に今、気づいたんだと思う。冷静だと思っていた千斗星ですら取り乱してしまう。それくらい家族とは彼の人生の大部分を占めているのだと痛感した。それが実の母親となれば尚の事。子供にとって母親とは何事にも変えられない存在だから。
(月子 享年49歳…若くして千斗星を産んだんだ。綺麗な女性だったんだろうな……)
戒名には優、華、空の字が含まれてあった。空……、千斗星にとって切っても切り離せないもの。私は胸の奥が酷く痛んだ。戒名とはこの世を生きた者が影響を受けたものや、好きなものが含まれていると聞く。
「天衣。母さんは空と親父を愛していたよ。毎日、空に向かって祈っていた」
ーー
『美しい空が消えませんように、飛人さんが無事で戻りますように』
ーー
「なのに、その愛する空で最期を迎えた。愛する男から遠く離れた異国の空で」
千斗星は拳を硬く握り締め、眉をぎゅっとよせ悲痛な表情をしていた。泣きたいのに泣けない、そんな表情。
「その愛する男は任務に気を取られ、愛する女を失った。自衛官で在りながら家族を護れなかった」
「でもそれは、ワザとじゃ」
「分かってるよ!ワザとされて堪るかっ!そんな事してたなら、赦さない、絶対に」
「っ……千斗星」
見たことない鋭い眼光を向けられた。思わず後退りたくなる。
「俺は違う!そうならない、愛する者は絶対に護れる強い男になりたい。だから敢えて同じ道を選んだ。それを見せつけてやるために。……っ、だけど、分からなくなった」
「え?」
「天衣を好きになればなる程、俺が弱い人間に思えるんだ」
「どうして……」
千斗星がザクッと膝を地面につき、母親の墓石を背に項垂れた。私も千斗星の前に膝をつく。私の気持ちが少しでも届くように願いを込めて。
「ねえ千斗星。人は皆、弱い生き物だと思うの。誰かの為に、何かの為にと強く在りたいと足掻くよね。本当は弱くて可哀想な生き物なのに。その何かを突然失くした千斗星のお父さんは、どんな気持ちだっただろう。そして、それが原因で愛する息子から心を閉ざされたら……」
「……」
「私は死なない。とは、言えない」
「天衣っ」
「千斗星だってそうでしょう?私より命の危険に晒されてる」
どんなに互いを想っていても、どうにもならない事の方が多い。千斗星がどんなに腕のいいパイロットでも、襲い来る脅威に絶対勝てるという保証はないのだから。
「千斗星のお父さんも月子さんの事、とても愛していたと思う。だから、任務が終わるまで家に帰らなかった。家族の為に上を目指し、強い男になろうと頑張ったんだよ。……千斗星と同じだね」
「くっそ!」
ガシッと力強く抱き寄せられた。今までにないくらい強く激しい抱擁で、腕ごとキツく抱き締められた。正直、痛かった。息が詰まるほど痛くて苦しい。それは体感的な痛みではない。心が丸ごと締め付けられて、千斗星の苦しみが伝わって来た気がしたから。
「千斗星っ……赦して、あげて。お父さんを」
「……」
「私の大事な、お義父さんになる方だから」
「……っ!」
(少しでもいい。ほんの少しでもいいから向き合って欲しい)
千斗星は私をそっと解放した。「バカだな」そう言うと無骨な長い指が私の頬をなぞった。その指先が濡れている。
「あ……泣いちゃった」
「分かってなかったのかよ。参ったな、敵わないよ」
「え?」
「あーあ!結局、俺は天衣無しでは動けないってことか。天衣の一声で俺は何処にでも飛んでいくんだよ」
「なにそれ……んん!」
予告なしのキスだった。私より温度が低いその唇が、ぶつかるように重なって来た。
(お母様の前なんだけど!?)
千斗星が私の腕を取りゆっくりと立ち上がる。「帰るか」と言った。思わず「何処に」と聞いてしまう。そしたらぶっきらぼうに「俺ん家」と言う。暁の家を指していると直ぐに分かった。
千斗星の手に引かれ来た道を降りて行く。心の底からほっとした。
千斗星が父親と向き合ってくれるなら、それだけで来た甲斐があったと言うもの。
見上げた空は今日も青い。
白い雲が風に吹かれて漂う。
ヒューン、ゴゴゴゴー!!
ブルーインパルスのスモークが円を描く。
眩しい……。
「天衣?……天衣!!」
「ん、千斗星……な、に……」
なんだかとても眠いの。眠い……。




