空幕長殿が動きます!?
やっぱり千斗星には言っておくべきだったんだ。もしも自分だったら、やっぱり同じような気持ちになってしまうよね。彼の事を一番に知りたいのに、他の誰かが先に知って教えられたら......。
「はぁ」
また電話するからと言われたけれど、その晩はかかってこなかった。夜間飛行訓練は昼間と違って計器飛行が主になるので、神経が疲れるのだと聞いたことがある。空を高速で飛ぶ戦闘機なら尚更だと思う。それでもスマホを何度も確認してしまって、結局あまり眠れなかった。
私は部屋を出る前にメッセージを送った。
― おはよう。夜間飛行訓練お疲れ様でした。
今から私も訓練です。今日もがんばります。
落ち込んでいる場合じゃない。制服に着替えて部屋を出た。
*
食堂で同僚と一緒に朝食を食べていると、何故か教官が私達のテーブルにやって来た。いつもに増して表情の無い顔で。
「香川」
私はすぐに立ち上がり、敬礼をした。
「おはようございます」
「あ、座って。ごめんな食事中に」
「いえ」
教官の話によると、資格取得者の表彰が近々行われるとの事。その時の証書の受け取りを、私に代表で行かせたいという話だった。
「え!どうして私が。他にも優秀な隊員がいると思いますが」
「上からの命令だ。壇上に上がるいい機会だぞ、じゃ宜しく」
「は、はぁ」
「あ!忘れる所だった。まだほかの隊員には言うなよ。その表彰式には空幕長が来る」
教官は私にだけ聞こえるように、低い声で耳打ちをした。
空幕長とは航空幕僚長の事で、航空自衛隊のトップだ。そんな雲の上の方がわざわざ来るなんて、しかもこんな地方基地に。表彰式に来るという事は当然幕僚長が証書を......っ!!
私は驚いてガタンと椅子を後ろに倒してしまった。
「ええっ!!」
「香川さん。どうしたの?」
「え、いえ、何も」
「表彰式ってすごい。今回の試験は香川さんが女性で唯一だから、今年の空自のいいネタになるわね」
「ネタって……」
どうしよう!どうしようと脳内は混乱していた。現、航空幕僚長は確か......
航空幕僚長 暁 飛人前職は航空総隊司令官。航空自衛隊航空総隊の指揮官であり、航空方面隊及び南西航空混成団の隊務を統括する役職だ。有事の際は陸海と連携を取り、時に海上保安庁への影響も与えることが出来る、いわば空自のトップツーを務めた方。その方が現在の幕僚長に就任された謂わば現場を知り尽くした人物である。当然、防衛大学校は主席か次席で卒業され海外留学経験もあり、何に置いても優秀でなければならない。そんな殿上人の様な人がなぜ!!
「広報から写真バシバシ撮られるわよ!アイドルね」
「や、困ります」
「いいなぁ。香川さんモテまくり」
驚き過ぎて、同僚の話が全く入ってこない。今の私には「どうしよう」の言葉以外なかった。2年目にして恐ろしい任務を与えられた。
まだ言ってはいけないって、千斗星にも言えないんだよね。
「どうしよう……」
◆
― 本庁 ―
そのころ本庁ではドタバタと秘書官たちが走り回っていた。突然、幕僚長自ら証書授与式に出ると言いだしたからだ。しかも本庁へ呼ぶではなく、なぜか地方基地に自ら赴くなど前代未聞である。
「ちょっと待ってください。証書ごときでなぜ幕僚長が動かれるのですか」
幕僚長に意見を申す怖い者知らずの男は、秘書官の佐原雄二だ。暁が司令として全国の基地を転々としてきた中で、一番長い付き合いの部下だ。彼の有能な仕事っぷりに惚れ込み、秘書として指名したのだ。
「私だってたまには本庁から出たいんだよ。防衛大臣殿とのやり取りは肩が凝る」
「あなたが動くとなると、どれだけの準備が必要かお分かりでしょう」
「だから私服で新幹線に乗るって言っているじゃないか。君だけ着いて来てくれれば」
「っ!し、新幹線!恐ろしい事を。空自の専用機があるでしょう」
「ああ、いいな。久しぶりに連絡機を操縦したいな」
「なっ......」
佐原は絶句した。我が航空自衛隊、航空幕僚長はなんとやんちゃな事かと。この部屋を出れば、鬼の仮面をかぶった指揮官と化すのだが、自室に入れば毎度こうして佐原を相手にとんでも発言をするのだ。慣れているとはいえ、自らコックピットに座ると言われると、佐原とはいえ言葉に詰まった。
曾て暁はブルーインパルスの1番機で飛行隊長を務めた経験がある。その後はF‐15を操り、スクランブルも経験した現場の人間だった。故に、操縦桿を握りたい発言は度々あったのだが......。
「もう年齢も年齢だからなぁ。さすがにそれは無理か」
「ご、ご冗談はおやめください」
「とにかく築城行きは決定だから。向こうには連絡済だ」
「はぁ.....」
どの世界も秘書と名の付く者は、骨が折れるようになっているらしい。
「失礼します!松島基地、斎藤司令がご到着です」
「はい、通してください」
天衣が春まで勤務していた松島基地の司令を務める斎藤が、本部に呼ばれやって来た。敬礼をして静かに入る。
「ご無沙汰しております。暁空幕長殿」
「はははっ、止めてくれよシャープ」
実はこの二人も古くからの仲間であり、暁がブルーインパルスの1番機に乗っていた時、斎藤は4番機だった。
暁のタックネームがライズ、斎藤はシャープと呼ばれていた。
「っ、相変わらずですね暁さん」
「人は簡単には変われないよ。君のおかげて楽しみが増えたよ」
「香川の事ですか。頼みますから苛めたりしないでくださいね」
「そんな事をするわけがないだろう」
暁は機嫌が良かった。香川天衣が今回、要撃管制官と言う難関を突破したからだ。斎藤が面白い女性隊員を見つけたと聞き、その話を暁も耳にしていた。
「戦闘機乗りになれないのは残念だが、それ以上の収穫だよ」
「はぁ」
「斎藤、今回私は彼女をこの目で見てくるよ。楽しみだ」
「それは航空幕僚長としてですか、それとも……」
斎藤がそう聞くと、暁は表情をすっと戻し真剣な顔で「両方だよ」と言った。整った顔の真顔はとても迫力がある。思わず現役時代を思わせるその声と顔に、斎藤は一歩後退った。
「この事はご子息には」
「当然、言っていない。そもそも連絡がつかんのだ……はぁ」
「まだ、ですか」
「親しいと絡まった糸は、なかなか解けんな」
「……」
そう自嘲すると、今後のスケジュールをざっと確認した。松島で行われる記念式典にも出席するからだ。暁飛人の本当の目的はなんなのか。
今はここに居る3人しか知りえない話であった。
◆
「もしもし?」
ー 天衣。昨日はごめんな。電話かけれなくて。
「ううん。気にしないで、夜間飛行訓練お疲れ様」
ー あの、さ。
「ん?」
ー おめでとう、天衣。要撃管制官。
「千斗星……ありがとう!」
その晩、千斗星から電話があって、おめでとうって言ってくれた。やっぱり、千斗星に言ってもらえると嬉しい。いちばん嬉しい。もう隠し事はしたくない。何かあれば真っ先に言おうって思った。だけど……、言ってはならない事は、これからの方がきっと増えるんだよね。
家族にも配偶者にも口外してはならない守秘義務がある。国家機密に触れた仕事をするから当たり前だけど。
「今度、表彰されるの。で、代表で私が壇上に上がるんだよ」
ー へえ!凄いな。いつだよ、見たいな。
「やだ、恥ずかしいよ。それにどうせホムペに載るし」
ー あー、だな。
此処までがギリギリなのかな。本当はドキドキバクバクを共有したかったけれど、仕方がない。そして、他愛のない話をして電話を切った。お正月休暇に八神さんが会いたがっていた事を聞いて、変わらない彼の態度に苦笑した。
他のライダーたちは元気だろうか。一年前のバーティカルキューピットが懐かしく思えた。




