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スワローテールになりたいの  作者: 佐伯瑠璃
第2章 ファイターパイロット
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嫉妬だよ!嫉妬!

 夏には会える、そう思っていたけれど結局はお互い忙しくて日程が合わなかった。

私が試験に向けてカリキュラムを変えてしまったのと、千斗星は訓練とアラート待機のシフトの関係でうまくいかなかった。きっとこれからも、こう言う事は頻繁にある。本当は私の方が時間が取れるのだから、休暇を合わせて九州まで行くべきだったのかもしれない。

でも、この一年は絶対に無駄にしてはならない。だから我慢するしかなかった。

こんな私を千斗星はどう思っているだろうか。彼が築城基地に行く時、わざわざ時間を割いて会いに来てくれたというのに。時々、不安になる。


『千斗星?ごめんね、時間を合わせられなくて』

― そんな事で謝るなよ。仕方のないことだろ。

『うん、でも......』

― こういう時間こそ、大切にしないとな。

『え?』

― 会いたいけど、会えない。その時の気持ちが自分を駆り立てるんだろう?

『駆り立てる』

― 例えばだ。会った時は、めちゃくちゃ抱きしめる!とか。天衣から俺の服を脱がす、とか。

『服を脱がっ、ちょっと!エッチ』

― くくっ。それくらい気持ちを滾らせておけって。


私の不安をいとも簡単に吹き飛ばしてくれた。まともに恋愛をしたのも初めてなのに、遠距離恋愛なんて荷が重すぎる。そう思う時もあった。でも、そんな気持ちをいつも千斗星は軽くしてくれた。

だから、頑張って何が何でも合格しないと。そして、千斗星が言うようにこの気持ちを滾らせて、私から襲いに行っちゃうんだから。ありがとう、千斗星。


『千斗星、ありがとう』

― なんだよ、急に。

『私はいつも千斗星に助けられてる』

― お互い様だ。

『私、何もしてないよ』

― それ言ったら、俺だって同じ。互いの存在を想うだけで頑張れるのなら、それでいいんだよ。

『うん』


こうして時間が許される時は、声を聞いた。声を聞くだけで、力が湧いてくるし、気持ちが上がる。

そういう関係でいたいと思うし、そう言う存在で在りたいと思う。

こうして私は要撃管制官への試験に向けて、一心不乱に勉強をした。高校2年の時に防衛大学校を受けようと決めた、あの時のように。




     * * *




 結局、今年の夏は天衣に会えなかった。電話の向こうで申し訳なさそうに謝る声を聞くと、会いたい、寂しいという言葉は出せなかった。俺だけじゃない、天衣だって同じなんだから。

何をしているのか見えないが、広報以外の仕事もしているようだ。そう言えば、前に気象の勉強していると言っていたな。『私も日本の空を護る』って、気象隊にでもなる気か?


「あり得るな」


何かに夢中になったら余所見をしない彼女の性格も、俺は好きだった。きっと俺に隠れてな何かしているに違いない。戦闘機パイロットを病気が理由で諦めさせられたんだ。それを糧に何かしている。俺は天衣が言うまで見守ることにしていた。


そして季節は移り、本格的な冬に入った頃。突然俺のスマホが鳴った。


「誰だ」


見覚えのない番号、いや単に俺が登録をしていないだけか。暫くしても鳴りやまない為、仕方なくその電話を取った。


「はい」

― やっと出たな沖田。俺の番号、登録してねんだろ。酷ぇやつ。

「......え、八神、さん?」

― おー、声まで忘れられたのかと思ったぜ。

「お久しぶりです。新田原の方はどうですか」

― イーグル(F-15)はなかなかいいぜ。ってか、それよりお前見たか!ホムペっ。

「ホムペって、隊員向けのやつですか?最近見てないですね」

― すぐ見ろ!ってかお前なら知ってるか。天衣ちゃん凄ぇな!さすが俺たちのテールじゃん。

「......は?」

― あ、やべっ。正月休暇、そっち寄るから彼女も来るだろ?その時ゆっくり、じゃあな!


プッ........切れた。


「なんだよ、天衣が何かしたのか。ホムペに載るって、広報用の何かか?」


俺はよく分からないまま、久しぶりに自分のコードを打ち込んでそこにアクセスした。見た目は何も変わった事はないようだ。スクロールして”new!”とマークがあるところを全部チェックした。そして俺は、あるページを見て固まった。


「はあっ!?」


何度も元に戻るをして、再アクセスをし直した。何度やっても、更新をしても結果は同じ。

そのページには今年、資格更新した隊員や試験に合格した隊員の名簿一覧が載っていた。そこに天衣の名前があった!しかも、【警戒管制】という欄で、要撃管制官。


「ちょっと待て!確かに天衣は幹部コースだし受ける資格はある。けどあれ、倍率40倍とかじゃ」


失礼な話、何度もそのページをスクロールした、バグでもなければ、見間違いでもない。まさか、それであいつ忙しかったのか!?だとしたら、あり得る話だ。

いや、それよりも一回目の試験で合格することすら奇跡だろう。


「あいつっ!!」


俺はすぐにスマホをタップした。この事実を天衣に確認するために。

しかし、勤務中なのか電話には出なかった。仕方なく、メッセージを残した。手が空くなら夜電話をくれと。なんで八神さんが最初に見つけるんだよ!


「くっそ!」


その日の俺は頭の中が天衣の事でいっぱいだった。アラート待機ではなかったが、基地内を移動するたびにその事が頭をよぎった。

俺が発進するとき、無線越しに聞く声がいつか天衣になっているかもしれない。

(天衣が俺達に指示を......っ!)

戦闘機パイロットだってかなりの精神力がいる、けど要撃管制官ってもっと過酷なんじゃないのか。

肉体的よりも精神的に。それを理解しているのか?押しつぶされてしまうぞ!


『今からでもなれるよ、バディに』


そういう事かと今気づいた。空を一緒に飛べないなら、一緒に護ろうって。確かに、俺は戦闘機に乗れなくても、一緒に護る手段はあるって匂わせたよ。だけどそれが要撃管制官とは夢にも思っていなかった。広報だってグランドスタッフなんだって伝えたかったんだよ。


「はっ。やぱっり天衣からは目が離せない。なんだよマジで」


その晩、天衣から電話がかかってきた。

俺がその事を口にすると、電話の向こうではっと息を飲んだのが分かった。


― 千斗星。ごめん、黙ってて。

「別にその事はいいよ。今度会った時にじっくり話を聞かせてくれよ。それより、さ」

― ん?

「八神さんにはこの事」

― 言ってないよ。連絡先も知らないもん。

「知ってたら、言ってたの?」

― え?


少し意地悪だっただろうか。天衣が悪い訳じゃないのは分かっている。でも、八神さんが俺より先に天衣の名前を見つけた事が気に食わなかった。


「俺、何にも知らなくてさ。今朝、八神さんから聞いたんだよ。天衣の名前が載ってるって」

― あ.....、ごめん。


しかも八神さんは俺みたいなガキと違って、『凄ぇな!さすが俺たちのテールじゃん。』て素直に喜んでいた。俺は喜んでやる前に、こうして八つ当たりをしている。情けない、最低だ。


― ごめん、ね。もし落ちたりしたら恥ずかしいし、それに驚かせたくて。


今にも泣きそうな声が電話から聞えてきた。泣かせたいわけじゃんないんだ!本当は嬉しいんだよ。嬉しくて心配で、放っておけないんだ。なのにそれを上手く伝えられない不器用な自分に苛立っていた。


「ごめん天衣。俺、責めてるわけじゃないんだ。また後で電話するよ」

― 千斗星?

「今から夜間飛行訓練なんだ。だから......また、俺から掛ける」


そう言って電話を切ってしまった。俺は天衣の泣き声を聞きたくなくて、一方的に会話を終わらせた。

何で、おめでとうって言ってやれなかったんだ。


「何やってるんだ!バカだろう!」


俺はまだ、天衣の自衛官としての信念を理解していないのかもしれない。俺の傍に置いて、そしていつかは自衛官と言う職から離れて欲しいと、そう願ってはいけないのか……。

万が一の有事が起きたら、レーザーサイト基地が真っ先に狙われる。どんなに地下に潜っていても絶対に安全とは言えない。俺が敵地に飛んだなら、間違いなく其処から突くからだ。


ふぅと、息を吐いて窓の外を見た。待機中のF-2の尾翼の航空灯が点滅していた。アイツを動かすのは俺じゃない。天衣なんだ。そう思うと、何とも言えない笑いが込み上げてきた。


「乗せてやるって言ったのに、俺が天衣に乗せられるんだな」


早く会いたい。会って抱き締めて、おめでとうって言ってやりたい。


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