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スワローテールになりたいの  作者: 佐伯瑠璃
第2章 ファイターパイロット
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領空侵犯、スクランブル発進とは

 千斗星を見送ってからは思ったより、毎日が早かった。授業内容も徐々に難しさを増し、頭に叩き込むだけで精一杯だった。それでも航空自衛隊を希望した時点で基本的な事は学んでいた。それを更に掘り下げ、実務に向けて学ぶ。そして試験に合格出来なければ、意味がない。


基本的な知識で言うと、日本の空は領空と防空識別圏の二つに分けられる。領空とは領海の境界線までの空でのエリアの事で、その領海は領土(海岸線)から12海里と定められている。(12海里とは22.2㎞の地点)高度に関しては大気圏内までと言われている。

そして、防空識別圏は領空の外側に設けられたもので、領空から550㎞までをさす。世界中から多くの旅客機や貨物機が飛び交う中、日本の空の安全を守るために必要なエリアとなる。

この防空識別圏に侵入する場合は、その国の許可を得なければならない。許可なく進入することを領空侵犯と言い、我々、航空自衛隊がそれに対し処置を施す。

そう、千斗星がその現場にいる隊員の一人だ。領空侵犯を侵した航空機に対して、侵犯措置を実地するのが【 スクランブル】という任務だ。スクランブルの指示を出すのが要撃管制官だ。



「千斗星、もうスクランブル発進したのかな......」



スクランブルとは、領空侵犯を犯した航空機に措置をする為に行われるもので、緊急発進の事を言う。

なぜ、戦闘機でスクランブル発進をするのか。万が一、悪意を持った外国の飛行機が日本の領空に侵入してきた場合、一分でも一秒でも早く措置を行う為だ。のんびりしていては国の安全を揺がす一大事となる。

相手が戦闘機だった場合、ほんの数分で領空へ到達してしまうからだ。




ー 築城基地 ー



「本日は国籍不明機に対してのスクランブル発進訓練を行う。管制室とも連携を取りながら行う模擬訓練だ。本番と思って気を引き締めるように!」

「はい!」


築城に来て、F‐2戦闘機での訓練をして初めての模擬訓練だ。

どんなに操縦に自信があっても、此処での俺の地位は下っ端に過ぎない。今回の訓練で、実務に就けるようアピールをするしかない。


「沖田は今回の訓練で、今後の役目を判断する」

「はい!」


ドルフィンライダーは単なるアイドルじゃない。どこの誰よりも凄いって所を見せてやるんだ。


「配置につけ!」


俺たちパイロットと整備士は、アラート待機所へと走った。

アラートとは24時間交代制で、スクランブルに控える者たちが待機する事だ。すぐ側にアラートハンガーといって、F‐2やF‐15が格納されている。この場所は一般公開されていない。謂わば、機密だ。

サイレンが鳴り響くとそこへ走って行き、3分以内に発進することが求められている。


「君が松島から来た、スワローの沖田か」

「そう、ですが」

「へぇ……、彼女いるの」

「訓練中ですが」


突然話しかけてきた男は同じ階級の松田貴大(たかひろ)。こいつもF‐2のパイロットだ。たまに癇に障ることを言ってくる。


「堅いよな。訓練ていっても本番同様にって言ってただろ。勤務中に話しそうな事だよ。そんな堅いと愛想尽かされるぜ」

「ふっ、余計なお世話ですよ。松田さん」


階級は同じとはいえ、此処では先輩だ。適度な距離を持つのが、トラブルを避けるための防衛だと俺は思っている。

待機室は何でもある。此処で不自由なく過ごせるよう、テレビ、DVD、小説、コミックなど。食事はきちんと作られた温かい物が、毎食運ばれてくる。24時間、決してここから出ることはない。スクランブル以外では。



「沖田、俺にさんは要らない。階級同じだろ?それに、乗ってる物も腕前も同じだろ」

「一つだけ違いがありますよ」

「お、なんだよ」

「操縦技術、ですかね」

「……なるほどね。スワローの腕前、拝見させていただくよ」



松田は片方の頬だけを釣り上げて、笑った。


ー ウイーン、ウイーン、ウイーン

『緊急司令、緊急司令、ホットスクランブル!!』


けたたましい音は突如襲ってきた。管制司令室よりスクランブルの指示だ。控える隊長が復唱して、俺たちパイロットに命令をする。


「ホットスクランブル!!」


それを聞いて、整備士とパイロットは部屋を飛び出した。

サイレンが鳴り響く中、自分が乗る戦闘機に走ると、相方とも言える担当整備士がハシゴを掛けた。乗り込むのと同時にメット、ベルトとあっという間に整えられる。


エンジンをかけ、発進チェック。その間、機体のミサイル発射安全装置が外され、格納庫のシャッターが開いた。


「エンジンオッケー、レーダーオッケー、コンタクト、クリアー」


無線で指示が送られてくる。それに答えながら機体を整えた。

誘導員の合図と共に、機体を格納庫から出す。滑走路へ向けて移動。

滑走路に到着、止まる暇なく指示が来る。



先に出たのは、リーダー機。俺は今回、僚機として後に続く。


ー バイパーゼロツー、テイクオフ、コンファーム

「バイパーゼロツー、テイクオフ、ラジャー」



ウーン……ゴゴゴゴコゴコゴーー!!

(2分50秒、離陸完了)


天気は曇り、風は微風、飛行に大きな影響はない。一年前に飛んだ展示飛行の時、この空は荒れる一歩手前だったな。穏やかなイメージのある九州だが、東シナ海から吹いてくる大陸の風や夏以降の台風は侮れない。


ー 高度キープ、レーダーに見えるか

『バイパーゼロワン、レーダーに確認』

「バイパーゼロツー、レーダーに確認」


ー 接近し目視確認せよ

『ゼロワン、ラジャー』

「ゼロツー、ラジャー」


レーダーで目的機を確認後、必ず目視確認を行う。接近し、国籍、機種を確認し管制室に報告をする。

今回は国籍不明機と言う設定だ。リーダーがその旨を伝える。


ー 航路変更を促せ


『ラジャー』

「ラジャー」


目的機に接近し、翼を左右に振り航路変更を促す。その間も無線で警告を発する。


「こちら日本国航空自衛隊である。許可なく領空を通過できない。速やかに航路変更を願う」


英語で通告し、反応がなければ中国語でも促す。近年、大陸からの偵察機が頻繁に日本の領空識別圏に侵入するケースが増えた。

空だけではない、海上でもその攻防が行われていた。


『こちらゼロワン、航路変更確認』


ー 了解。引き継ぎ監視を続けよ


確実に日本から離れたのを確認するまで、一定の距離を保ちながら監視をする。今回は領空侵犯はなかったという結果に終わった。


ー 離脱確認、帰還せよ


『ゼロワン、ラジャー』

「ゼロツー、ラジャー」


俺たちは自身の判断で行動を起こすことはない。全て、要撃管制員の指示に従うのだ。そう、彼らが「撃て」と言えば、俺たちは搭載したミサイルを発射しなければならない。

まだ、過去の歴史から発射した記録は残っていないが、レーザーを当て威嚇することはあるらしい。


どんなに訓練を重ねても、実弾発射の経験はない。この日本では航空自衛隊に実弾発射の訓練は許されていない。

万が一、「撃て」と指示が来たら、俺は躊躇わずに撃てるのか。

それだけは未だ分からない。

撃たなければならない。命令ならば。

しかし、俺も平和な(ぬる)い世界で生きてきた人間だ。出来る!とはまだ言えなかった。


誤字脱字などございましたら、ご指摘ください。


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