一目惚れ、だったんだ
目が覚めて最初に目に入ったのは、ベッドに嵌め込まれたデジタル時計。時刻は7時半を過ぎたところだった。
(わっ!!寝坊したっ)
ガバッ!と起き上がり更に驚く。ここ、何処!?
ハラリとシーツが落ちて「えっ、ああっ!」と叫んでしまった。
だって、だって、ホテルでしかも千斗星と一緒だった事に、今気づいたの……。あまりにも熟睡し過ぎて、寮で寝ているとばかり。
「天衣……大胆、だな」
「へ?何が……っ!ご、ごめん。あ、あはは」
慌てて躰を隠してベッドに沈んだ。こんな明るい時間帯に全てを晒してしまうなんて!恥ずかし過ぎるよっ。
すると、カサっとシーツが擦れる音がして、ギュッて背中から抱きしめられた。ドクンッと大きく心臓が跳ねる。
「天衣」
千斗星の柔らかな声が耳元でする。千斗星の声が、好き。その声で呼ばれる度に私の全てが歓ぶの。
「うん?」
「俺と一緒に寝ていたこと、忘れていただろ」
「うっ……」
「くくっ。正直なヤツだな、ペナルティーだ」
「え!なんで?なんのペナルティー……ちょ、きゃっ」
いつかもこんな事があった様な気がするけれど、そんな事を思い出す暇もなく、もう一度、千斗星に給油させられたのです。
モーニングをブランチに変えてもらい、二人でまったりと部屋で食事をとった。午後、千斗星はここを立つ。
「新幹線で行くんだよ。なんか、わくわくするよ」
「ぷっ、千斗星が飛行機じゃなくて、新幹線だなんて」
「笑うなよ。俺、鉄の塊が好きなんだ」
「へぇ。あ、お父様が好きで、小さい時に連れ回されたとか?」
「うーん、それもあるかもな。父親は根っからの鉄のマニアだ。母親は至って普通だったけど」
千斗星から家族の話が出るのは初めてだった。きっと、ご両親も容姿端麗なんだろうな。
「お父様って、何をされているの?」
「父親は……只の公務員だよ」
「そうなんだ。お母様は?」
「母親は俺が高校の時に事故で死んだんだ」
「えっ、うそ。ごめんなさい。知らなくて」
「謝る必要はないだろ。何とも思ってないし」
千斗星のお母様はヨーロッパへ旅行中、運悪くハイジャックされた飛行機に搭乗してしまった。その飛行機はインド洋沖で消息を絶ったと。軍を上げての捜索も虚しく、ご遺体も遺品すらも見つからなかった。邦人が巻き込まれたと言う事で当時、日本も一部の自衛隊を派遣。しかし何の手掛かりも得られなかった。そう言えば、そんなニュースがあった気がする。私がまだ中学生だった頃だ。
「千斗星……」
「そんな顔するなよ。もう終わったことだ」
「ねえ、だから千斗星は自衛隊に?」
「……さあな」
今はこれ以上聞いてはいけない気がした。終わったことだと言うけれど、その瞳の奥はとても悲しそうに揺れていたから。
千斗星にそんな過去があったなんて思いもしなかった。この人は持って生まれた才能でトントンと此処まで来たのだろうと、勝手に思っていたから。
「千斗星っ!」
「っ、天衣」
私はガタッと立ち上がり、千斗星を横から抱きしめた。安易な言葉はきっと彼を傷つける。でも、何もしないでいる事は出来なかった。こんな事しか出来ない自分はなんて乏しいのだろう。
私が泣いても仕方が無いのに、涙を止めることができなかった。
「おい、なんで天衣が泣くんだよ。んだよっ!」
千斗星は私を強く抱きしめ返してきた。
今はそれだけでいい。千斗星はたぶん淡々と過ごして、何でもない振りをして来たに違いない。泣きたいのに、泣けずに来たのだと思う。
「俺、天衣が空を飛べなくなったのを、心の何処かで良かったって思ったんだ」
「え……?」
「初めて天衣を見た時、戦闘機パイロットを目指していると知って、スゲえ苛ついた。空はそんなに甘くない、簡単に命を持って行ってしまうんだって」
「だから、あんなに冷たかったんだ……」
ちょっとショックだった。パイロットに成れないと分かった時、千斗星は励ましてくれたのに。俺が乗せてやるって、言ったのに。
「天衣に、過去の悲劇を、重ねてしまったのかもしれない」
「それって、お母様の?」
「ああ。二度と失いたくないんだ、自分が愛した人を」
「ん?待って、その頃って私たち……まだ」
「一目惚れだよ。天衣に一目惚れ、だったんだ」
一目惚れって……!?
私が松島基地に着任した日の夜、挨拶に行ったあの時に?うそだ!
「噂は聞いていた。パイロット志望の女性隊員が来るって。初めてだよ、俺を睨み返して名前を教えろって言われたの」
「……ぁ」
「夢を絶たれ悲しむ天衣を見て、確かに悔しかった。でも、同時に安心した。これで俺の知らない所で飛ばなくて済むって」
「だから、俺が乗せてやるって言ったの?」
「空に行く時は、俺と一緒に。天衣を護るのは俺だって」
「千斗星……私は簡単には死なないよ?それに本当にパイロットに成ってたら、どうしたの。こんな関係にはならなった?」
「バディに申し込んでた」
「へ?なにそれ」
千斗星はふっと一瞬頬を上げて「俺専用のリーダーに仕込むつもりだった」と言った。千斗星の後ろで敵の攻撃や位置を知らせ、動きを読む人間の事だ。結局は私の事は諦めないと言いたいのだと思う。
そこまで私の事を?だったら私も応えるよ。
「今からでも成れるよ、バディに」
「は?」
今度は千斗星が面食らった顔をした。コイツは何を言っているんだと、言うような顔だ。
「その日を楽しみに待っていて!」
何が何でも要撃管制員になってやる。私が貴方に確実な指示を出すわ。危険な目には合わせない。一緒に空を護るのよ。
ニコリと笑うと、千斗星はぷっと吹き出した。私の誘導で貴方の命と日本の空を護るから。
*
千斗星からホームまでは来なくていいと言われたけれど、押し切って入場してしまった。この間は基地の空港て飛び立つ彼の背中を見送った。今日は駅のホームだ。
自衛隊員は2年から3年毎に勤務地が変わる。その度に私は彼の背中を見送るのだろうか。いつか同じ基地で働く日は来なるのか。
「天衣、ココ皺が入ってる」
千斗星が私の眉間を人差し指でつついてくる。だから来なくていいって、言ったじゃないかと言われそう。
「築城に着いたら連絡ちょうだいね!あと、スクランブルがあまり無い事を祈ってる。千斗星の安全を……、隊員、皆の」
「天衣っ」
千斗星がそっと私の手を握って、ぐっと顔を近づけて来て「俺の事だけ、祈っておけよ」と囁かれた。
オマエはそんなに器用じゃないんだからって、言いたげに。いつもそう、私が無理をしようとするとこうやって窘めてくれるの。
「千斗星の事だけで、いいの?」
ニコと笑って「俺の事だけな」と言った。
ホームに新幹線が入るアナウンスが響くと、千斗星が乗る車両が入って来た。千斗星は1番最後に乗りこんだ。そして、振り向いた所で静かにドアが閉まる。発車メロディがホームに優しく鳴り響いた。
私は笑顔で手を振る。
この先私は、何度こうして彼を見送るのだろうか。でも、その度に成長した自分を見せたい。
微笑む千斗星がスッと真顔に戻ったその瞬間、ゆっくりと口元が動いた。それを見て私は泣きながら笑った。
『俺もオマエの事だけだ』
そう言った様に見えたから。




