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スワローテールになりたいの  作者: 佐伯瑠璃
第2章 ファイターパイロット
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諦めてない。いつか一緒に飛ぶんだ

千斗星に会える。そう思うだけで、1分、1秒が充実していた。

苦手な天気図や英語も苦にならない。頭が冴えてどんどん吸収していくようだった。千斗星はこの空を平和の為に毎日飛ぶんだ。

それを思えばなんて事ない。苦手だなんて言ってられない!

空を知らずして、空を護るなんて、パイロット達を護るなんて出来ないのだから。




こうしてあっという間にその日はやって来た。

この日、千斗星は民間機で小松空港に降りる。私は外泊許可をもらい、一泊分の荷物を持って小牧空港に向かった。



『明日は空港に来れる?俺、休暇も兼ねてるから基地には寄らないけどいいかな』

「勿論だよ。私も千斗星とはプライベートで会いたいもん」



もうすぐ会える。たった2ヶ月ちょっと、毎日やり取りしてる。声も1週間に一度は聞いている。なのに胸が忙しない。

ドキドキして、息苦しい。


「ふぅ……。しっかりして自分」


早めに着いた私はレストルームに駆け込んだ。大きな鏡の前で自身を見つめる。珍しく睫毛も上げて、リップラインも引いたの。チークは健康的に且つ可愛く見せるために、ピンクオレンジにした。

髪はショートだけど少しだけパーマかけたの。ふんわりしてる。アクセサリーは着けてないけれど、ちゃんと女の子になってるはず。


「よし!おかしな所はない」


女の子にって、自分でも笑ってしまう。こんな気持ち、誰もが、もっと早くに経験済なのに私と来たら。

鏡に向かってニコリと笑顔を作る。そして、到着ゲートに向かった。


大型の飛行機は着かない為、降りてくる人もそんなに多くない。掲示版に到着済みのランプが点いた。もうすぐ会える。


「千斗星」


ガラスの向こうに降機した人が次々と歩いて来た。荷物を受け取る人はターンテーブルに向かう。

その奥からターンテーブルをすり抜けて、ひときわ背の高い男の人が向かってくる。あの日見送ったのは制服姿の背中。

今日は私服でモデルの様な出で立ちで、真っ直ぐに向かってくる。


胸の奥がギュンと詰まったよに疼いた。


「千斗星ぇーっ!」


私は大きく手を振った。千斗星はニコとほんの少し笑って、軽く手を上げた。左手に嵌めたパイロットウォッチがキラリと光る。ああ、千斗星だ。そんな当たり前の事を心の中で呟いた。


「天衣」

「ちとっ………!!」


(嘘っ!クールで冷静な千斗星がっ……っ!)


上からガバって抱きついて来た。私は仰け反った状態で受け止める。とは言っても千斗星がしっかりと抱きとめてくれたから、倒れる事はなかった。


「あ、の?ちと、せ?」

「悪いな。ガス欠なんだ」

「え?」

「2ヶ月以上、天衣に触れてない俺の躰、カラッからになるんだ」 

「ちょ、何言ってるの。ここ、外だよ」


遠巻きに視線を感じる。こんな情熱的な再会を誰が想像していただろうか。冷静になると、今度は恥ずかしさが増してくる。


「顔、真っ赤だな。くくっ」


意地悪な笑みを覗かせて、千斗星はようやく私を解放した。

でも、とても嬉しかったよ。人ってこんなに変わるものなの?



     *



お昼を食べてから市内にあるホテルにチェックインした。本当は何処か観光でもすべきかもしれない。でも、話したい事や聞きたい事があり過ぎて、結局ホテルに入ってしまったのだ。


「ねえ、ドッグファイト!どうだった?本当にリーダー無しでやったの?」

「ん?ああ。スクランブルと同じ環境でやりたかったから」

「さすが千斗星。見たかったなぁ」

「下からじゃ見えないよ」


うん、でもね。いづれ見れるようになるの。勿論、直接は見れないけれど地上からレーダーで貴方を追いかけるわ。一緒に空を飛ぶんだから。


「天衣は、どうなんだ。小牧で何を売り込んでんだ」

「え!あ、まあ……総務的な事が多い、かな。でも、最近は気象とかも勉強してるの」

「へぇ、あ、そっか。小松って、管制員とか気象隊の学校があったっけ?え!天衣、そこ行ってんの?」

「ほら、千斗星もいなくて暇なの。だったら何か学んでおこうかな……って思ってさ」

「ふうん」


それ以上は追求してくる事はなかった。多分、うまく誤魔化せたような気がする。いろいろ聞かれた白状しようかと思ったけど、「ふうん」で終わっちゃったよ。


「そう言えば、防衛省が女性隊員の戦闘機への乗務制限を撤廃したね。将来は女性の戦闘機パイロットが誕生、するんだね」

「天衣……」

「あ、私はもう大丈夫だよ。ちゃんと前向いてるから!」


防衛省が最近、男女間の特技の制限を一部撤廃した。空自では戦闘機パイロットの育成、海自では特殊部隊、陸自では弾薬やミサイルを積んだ飛行機への乗務及び操縦。陸自の第一空挺団などの前線で任務につく職種は除かれている。

日本も世界に見習って、変化し始めたのだ。


「ならいいんだ。天衣が吹っ切れているなら……」


千斗星は私より苦しそうに眉に力を入れた。そんな顔しないで、本当にもう大丈夫だから。

だからっ


「っ!天衣っ」


思いっきり抱きついたら、ソファーに押し倒しちゃった。私は今、千斗星の顔を上から覗き込んでいる状態。驚いた顔も素敵!なんてけっこう余裕な自分がいた。

千斗星の瞳って、凄く綺麗で吸い込まれそうなの。この目で大空からたくさんの景色を見て来たのだろう。人も物も儚いけれど、それを護るべくこれからも戦う人の目。


「きれい」

「え?」

「千斗星の瞳がとても綺麗だなって。ねえ、私にも見せて?貴方が見て来たものを」

「天衣。オマエ誘ってんの、夜まで待てないって言いたいの?」

「ち、違うよっ.....ふっ、ん」


ぐいと抱き込まれて、千斗星に覆いかぶさったまま唇を塞がれた。襲っているのは私、になるのかな。

私の後頭部は彼の手でガッチリと押さえられていて、顔を上げることが出来ない。もう片方の手は腰に添えられていて動けない。もうこのままでいいか。離れていた分、たくさん触れあいたいなんて思う。


「は、ふっ。もうっ、苦しいよ」

「ん。だったら口、開ければいいだろ」

「そんなことしたら」

「したら?」


収拾つかなくなるじゃない。絶対に加速するでしょう?それもいいけど、外はまだ明るいし、夕ご飯だって食べないといけないし、そいういのはやっぱり夜.....っ。バカっ!

千斗星は私の頬を包み込み、親指でそっと目元を撫でる。くすぐったくて瞼を閉じると、下からくいっと顔を上げたのか、チュとキスをしてきた。


「頑張ってるの分かってるから。天衣が前を向いて、俺たちの空を護ろうって頑張ってるの。俺、ちゃんと分かってる。だけど、無理はするな。体が資本なんだから、それ第一で。な?」

「千斗星?」

「腹減った。飯、食いに行こう」


きっと千斗星は私から何かを感じ取っている。でも、それ以上は踏み込んで来なかった。最初は驚かしてやろうなんて軽く考えていた。でも自分が思っていた以上に国防最前線は過酷なものだと知った。要撃管制員になりたいと願うだけでは成れないと。だからと言って警戒管制員ならなれるのかというと、そう言う問題でもない。とにかく今は与えられた環境で最善を尽くすしかない。



私達は市内レストランで食事を済ませ、日が落ちた街を二人で並んで歩いていた。こうしていると普通の恋人のようで気恥ずかしい。千斗星がそっと手を繋いできた。なんだかとても新鮮で胸がキュンとなる。松島基地に居た頃は基地を出て官舎に入るまでは並んで歩くことはあっても、手を繋いで恋人気分で歩くことはなかったからだ。繋がれた手をつい見てしまうのは許してほしい。


「なぁ、天衣」

「ん?」

「俺、前に俺が乗せてやるって、言っただろ」

「うん。覚えてるよ」

「諦めてないから」

「えっ」

「俺はいつか天衣と一緒に空を飛ぶ。練習機とかじゃないからな。最低でもT-4だ」


千斗星はギュッと握る手に力を入れ空を見上げた。


(あの空を飛ぶの?私が?千斗星と一緒に......?)


視線を私に戻した千斗星は笑っていた。それは冗談だよと言う笑いじゃなくて、本気だよと言う決意の笑み。そんな千斗星の顔を見ていたら、本当にいつか飛べる気がしてきた。


「その日まで頑張るよ。頑張り抜いたご褒美が、千斗星とのフライトなら最高!」

「ああ」

「千斗星、ありがとう」

「言葉のお礼は受け取らない主義なんだけど」

「は?どういう意味」


そう聞き返すと、千斗星はにやっと笑ってその口を私の耳元に寄せてきた。


「態度で示せよ。俺、カラッからって言っただろ」

「......」

「ガソリン満タンにしてくれ」

「っ!もうっ!」



明日、千斗星は築城基地に向かう。私はまた彼の背中を見送るのだ。

私はいつも与えられてばかりで何も貴方に与えることが出来ない。でもいつかきっと、貴方の命を護れるような人間になりたい。


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