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スワローテールになりたいの  作者: 佐伯瑠璃
第2章 ファイターパイロット
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待っていて!いつか私も貴方の空に

そして私は広報室長室に居座っている。


「香川、本気か?」

「本気です!冗談でこんな事っ、言えません!」

「はぁ……参ったな。参った」


塚田室長が机に両肘をついて、頭を抱え込んでしまった。そりゃ、そうなるよねとは思います。広報の人間として赴任して1年弱の私が、トンデモなお願いをしたのだから。


「悪いが時間をくれ。私一人では決められないし、力もない。様子を見て司令にお伺い立てるしかないよ」

「はい。申し訳ありませんが宜しくお願いします!」


室長には本当に申し訳ないと思う。でも、決めたから!

あとは上の反応がどう来るのか、それをじっと待つしかなかった。





そして、いよいよ千斗星が明日ここを出る。浜松で3ヶ月ほど戦闘機の訓練をしてから、築城基地へ正式に配属となる。


(仙台と静岡、更に九州かぁ……遠いよ)


『景気づけに飯、作ってやるから来いよ』


最後の夜も千斗星の部屋で過ごすことになった。準備で大変だろうから私の部屋に来たらって、言ったけれどやんわりと断られた。

千斗星の料理は何度目だろう。男飯なんだけと、美味しいの。



「わぁ、さすがに殺風景になっちゃったね」

「まあね。カーテンとベッド周りだけ明日片付けたら終わりだ」


本当に行ってしまうのだと突きつけられた現実。ローテーブルに並んだメニューはニンニクがほんのり効いた、レバニラ炒めに仙台名物の牛タン焼きとサラダ。そしてお味噌汁だ。


「またこれ、スタミナ付きそうなメニューだね」

「飯食ったら運動するだろ?カロリーと血を作るんだよ」

「運動……て」


千斗星はにや、と笑って私にご飯をよそってくれた。運動は言葉の綾だけれど、カロリーと血を作るって私の為だよね。

薬だけじゃなく、食べてきちんと摂れと言っているのだ。


「いただきます」

「おう。残すなよ」

「うん」



嬉しさと切なさが混じって、今夜の夕飯の味はよくわからないまま終わった。

食器を洗って片付ける間に、千斗星はシャワーを浴びに行った。もう湯船は使わないのだと。綺麗に磨き上げたからと、意外に几帳面で潔癖だ。

でも、それを私に押し付けたりはしなかった。


窓際に立ってカーテンを開けると、遠くに漁船だろうか淡いオレンジの灯りが見える。私は太平洋へと続く海を眺めながら、自分の気持ちを整理していた。大丈夫!自分に自信を持って!


カチャ……千斗星が出てきた。窓に千斗星の姿が映った。

私を見つけてゆっくりと向かって来る。振り返るべきか、このまま気づかかない振りをするべきか。

迷っていたらあっという間に背中から抱き込まれた。


「千斗星」

「ん?」


千斗星のちょっと気の抜けた声が鼓膜を震わせる。この声が好きなの。どんな薬より彼の声を聞くだけで、痛みが、苦しみが和らいでいくの。ずっと聞いていたいのに。


「訓練、頑張ってね。私も頑張るから。あと、スクランブル……絶対に無事で帰ってきて」

「ああ」


千斗星は私をその躰に取り込む勢いで、ぎゅっと抱き締めた。一定の息遣いが私の(うなじ)を擽る。今夜だけは私だけのもの。私だけのファイターパイロットなのだと思わせて。


「スワロー、グッドラック」

「ぷっ。ばーか」


笑って過ごしたかったから、笑顔で見送りたかったから。

無愛想な千斗星の貴重な笑顔を目に焼付けたかったから。


私たちは、今まで一番甘く、長い夜を過ごした。次に会えるのは夏頃だろうか......。



     * * *



翌朝、広報担当として沖田千斗星を見送った。

今回は民間機ではなく、浜松基地に向かう連絡機に乗って行く。T‐4ブルーインパルスと同じ機種だ。しかし、操縦は浜松基地の隊員がする。


「沖田。しっかり訓練して築城(ついき)での活躍を祈る」

「はっ!ありがとうございます」


全員で敬礼をして、その背中を見送った。

後部座席に乗り込んだ千斗星はこちらに合図を送る。エンジン音が変わった。滑走準備に入るのだ。


暫くは会えない。でもこれは別れではない。

私も貴方が護る日本の空を護るの。だからっ……

互いの旅立ちに胸を張って、笑顔で……泣かない!絶対に泣かない!

一瞬、千斗星と目が合う。お前だから出来ることをやれ、と言われた気がした。

敬礼で伸ばした指先が震える。


機体がふわりと浮いて、直ぐに車輪が収納された。機首を上げぐんぐんと高く登り、大きく旋回して雲の彼方へと消えて行った。

頬を流れた熱いものを拭うことさえ忘れて、その大空を仰ぐ。


『千斗星。私もやるよ!驚かせてやるんだからっ』


制服の袖で素早く頬を拭って、広報室に戻るためにその大空に背を向けた。



     *



「香川。ちょっと、いいか」


戻ってすぐに室長からお呼びがかかった。以前、私がお願いした例の件だろう。

ドキドキする胸を押さえ、深呼吸をして室長室のドアを開けた。


「香川天衣、入ります!」


そこにはいつもと変わらない室長が、書類に目を通していた。室長かチラと私に目を向けた。ゴクリと唾を呑み込む。室長は書類を静かに机に置くと、ガタと立ち上がり私の前にやって来た。

思わずピンと背筋を伸ばす。黙ったまま室長はぐるりと私の周りを一周した。


「香川」

「はいっ!」

「体の方は大丈夫なのか」

「お陰様で、薬で平常を保てております」

「そうか……」


そして、再び私の前には立ちはだかる。

塚田室長も曾てはパイロットだったと聞く。大きくてガッチリとし躰が簡単に想像を掻き立てた。


室長がひゅっと息を呑んだ次の瞬間、


「准空尉 香川天衣。職種、警戒管制。第5術科学校を命ずる!」


え?今、何て……!


「返事!!」

「は、はい!」


嘘!本当に?私、警戒管制の仕事に……っ。


「幸い君は我が防衛大学校を卒業し、幹部候補生学校も出た。驚くことにパイロット試験にも挑んでいる。斎藤司令からお許しが出た。小牧への異動を許可すると」

「ありがとうございます!」


警戒管制とは普通の航空管制員でとは違う。それは防空に係る重要な任務となるのだ。24時間管轄している領空を監視する仕事。

簡単に言えば、緊急発進(スクランブル)の指示を出し、領空侵犯を取り締まる部隊なのだ。



「試験に合格しなかったからって、受け口はないぞ!心して挑め」

「はい!准空尉、香川天衣。死にものぐるいで励みます!」


室長の厳しい顔がすっと、緩み「はぁ」とため息を漏らす。頭をガシガシ掻きながら弱った風に愚痴を言う。


「全く、前代未聞だよ。こんな部下は見たことがない」

「申し訳ありません」

「こうなったら必ずやり遂げろよ。お前の空への思いをぶつけるんだ」

「はい!」


こうして私の小牧基地への異動が決まった。


『千斗星!待っていて!必ず私も貴方の空に行くから』

次回、千斗星視点となります。

宜しくお願い致します。

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