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スワローテールになりたいの  作者: 佐伯瑠璃
第2章 ファイターパイロット
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共に戦おう

年が明けてからあっという間だった。

ここにいる全員がいづれ任期を迎え、それぞれの道へと向かう。


八神さんはここ松島基地を後にする。

赴任先は宮崎県にある新田原基地だ。階級は千斗星の一つ上、1等空尉。新田原基地ではF‐15やF4EJ改などの大型戦闘機で実戦を見込んだ訓練が中心となる。万が一の有事の際、一番に飛び出す飛行群だ。

最後の展示飛行指導を終え、ブルーインパルスを去る日となった。



「沖田、ちょっとアイちゃん借りるな」

「え、八神さん?」


千斗星は相変わらずのポーカーフェイスで、阻止することなく「手短にお願いします」とだけ言った。八神さんは「サンキュー」と軽く礼を言うと、私の手首を掴んで外に飛びだした。


「何処に行くんですかっ」


八神さんはニヤッと笑って教えてくれない。基地から出る様子は見られない、でも何処に?

駆け足でやっ来たのはT−4ブルーインパルスが格納されている場所だった。整備員も誰も居なくなった格納庫は底冷えがするほど、寒く感じられた。


「はぁ、はぁ、八神っ……さん」

「ごめんね。こんな所まで走らせちゃって」


いつもチャラけた口調と爽やか笑顔を見せる八神さん。今なら分かる。相手に緊張や萎縮を与えない為だったのだと。ブルーインパルスチームのムードメーカーで実は技術はトップだったのではないかと、思っている。千斗星は個性が強いパイロットだ。燕のようにスーっと伸びるように飛ぶ。誰とも溶け込むことなく。だから、リードソロである5番機が合っていた。

それに比べ八神さんはスロット、後尾の4番機。タックネームはサンダー。普段は調和を保ち乱れることなくその位置をキープする。しかし、編隊を変えるときは誰よりも力強く、まさに雷が落ちる如く空を突き破る。

千斗星の飛行は敵からの攻撃を華麗に躱すだろう。それとは逆に八神さんの飛行は敵を矢の如く射抜くことが出来るだろう。

だから、千斗星はスクランブル要員で、八神さんが飛行教導隊なのか。

最近になって辿り着いた見解だった。


八神さんは4番機のボティを慈しむように撫でいる。


「4番機(こいつ)で、いろんな空を見てきたよ。北から南まで。目が覚めるほどの青や、果てし無く続く灰色や、人々が集う街の雑踏を。空の色は毎回違うけど、同じ事が一つだけあった」


そう言って、八神さんは振り返って私を見つめた。

その表情(かお)はとても精悍としており、その瞳は輝きを放っていた。


「同じ、事……ですか」

「うん。俺たちの展示飛行を見た後は、必ずありがとうって言われるんだ」

「ありがとう」

「そう。その度にこれに乗ってる事を誇りに思えたし、卒業後の支えになる。俺たちは遊んでたわけじゃないって、思えるんだ」


きっと、八神さんも悩みながら乗っていた。「税金を無駄にして遊んでる」と耳にした事もある。アクロバットなんかやってないで、本来の任務を遂行しろと。


「私っ、私もブルーインパルスの展示飛行を見たから此処にいます!」


興奮してつい、声を荒げてしまう。八神さんは驚いてピクッと眉が動いた。その後、ゆっくりと頬が上がり穏やかな顔に戻った。


「この大空を本物のイルカのように舞う姿を見たら。日本の空はなんて美しいのだろうって、泣けました!この空が美しくある為に、航空自衛隊(みなさん)が居るのだと。だから、私もパイロットになりたいって」


気持ちが昂ぶりすぎて、その先の言葉が震えて出てこなかった。熱くなりすぎだ。八神さんはふっと息を吐いて、俯いた私の頭にそっと手を置いた。涙が溢れてきそなのをぐっと堪える。


「沖田から聞いたよ。だから、俺たちは飛び続ける。アイちゃんの為じゃない。アイちゃんが感じた事を胸に飛ぶ。テール(しっぽ)がピンと張ってないと墜落するんだよね〜」

「えっ」

「空はパイロットだけのものじゃない。俺たちはグランドスタッフと共に飛んでいる。共に戦っているんだ」

「八神さん……」


八神さんが何処まで私の事をを知っているのか分からない。でも、私に伝えたい事は分かった。

空中戦は任せておけ、その代わり戦えるように支えてくれ。そう言う事、なのだ。


「ありがとうございます!」

「おうっ。じゃあ帰るか。沖田に殺される」

「ちょ、何言ってるんですか!」


いつもの八神さんの背中がそこにあった。




     * 




今日も千斗星の部屋に来ている。彼もまもなく、ここ松島を去る。同じ時間を惜しむように、私たちは許される限り共に過ごした。


「天衣。躰は大丈夫なのか?」

「うん。今のところ薬が合ってるみたい」


そう答えると「そうか」と言って、私の腰を引き寄せた。薬が効いていても、千斗星の思いやりには敵わない。いつだって、私を甘やかすから、ドロドロにハマって抜け出せないの。貴方が去った後の事が全く想像つかない。


築城(ついき)に異動前に浜松でトレーニングしてから行くことになった。だから、少しここを出るのが早まる」

「……そっか。久し振りだもんね実戦機に乗るのは」

「ああ。やっぱりT‐4とは感覚が違うからな」

「うん。がんばって、ね」


上手に笑えているだろうか。離れる時が早まってしまった事を、残念に思う自分がいる。それは単なる女としての気持ち。女で有る前に私は、自衛官なのだから!と、心に鞭を打ったつもりだ。


「天衣。強がるなよ。俺の前だけは、弱くあればいい」


そう言ってグイッと顔を千斗星の胸に押し付けられた。

(なによ、一生懸命隠していたのにっ。こんな事されたら)


「っ……。本当は不安なの。千斗星が去った後の事が。叶うことなら後を追い駆けたいよ。でも、私、そんな無責任な事は出来ない。私だって国を護る為に此処にいるのだから」

「知ってる」

「っ!だけどっ、どうしようもなく胸が苦しくて。千斗星の……千斗星の存在が、大き過ぎるよっ」


彼の胸に額を押し付けたままそう叫んだ。私の中でこんなに貴方は大きく膨らんでしまった。恋をするって、こんなに苦しいの?


「天衣?……オマエだけじゃないからな、その気持ち」

「えっ」

「自分だけが苦しいだなんて、思うなよ」


そっと顔を上げると、千斗星の瞳とぶつかった。いつも以上に熱と潤いを含んだその双眸は、私の心臓を貫いた。

私は初めて自分から、彼の唇に自分のそれを寄せた。


(同じ……だった。不安なのは私だけじゃ、なかった。千斗星、千斗星っ、いつだって貴方は私の一番よ)


ちゅっ


そっと唇を離すと、目を細めた千斗星がゆっくりと口角を上げる。


「不意討ちか。上等だ、受けて立つ」

「えっ、ゃ……。ちょっと、違っ」


千斗星の闘魂に火を付けてしまった事は言うまでもない。


「休暇は取れるんだ、その度にこうやって愛してやる。だから、他の隊員(おとこ)に縋るなよ」

「何言って……っ!」


貴方から貰ったこの熱を、他の誰かで冷まそうなんて思わないよ。

大丈夫、私の事を信じていて。


私も地上(ここ)から千斗星を、ファイターパイロットたちを護ってみせるから。


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