夢はファイターパイロット!
晴れ渡った雲ひとつない、青い空。
あれが彼らのキャンパス。
大きなジェットエンジンの音を轟かせて、彗星の如く突き抜ける。
白い噴煙を引き連れて、この大空に夢と希望を描く。
私たちの空が
日本の平和が
世界の平和が
その細き腕に、かかっている。
ゴゴゴー!!ヒューン… シュー
「おおっ!」
「すげぇな」
「カッコいいー!」
4機の機体が順に離陸した。
【ダイヤモンドテイクオフ・ダーティターン】ダイヤモンド編成で旋回し、正面から頭上を猛スピードで通過する。
その後、5番機が離陸。
【ローアングルテイクオフ・ハーフキューバンエイト】
5番機はリード・ソロと言われている。低空飛行を維持し、滑走路端で一気に機首を上げ急上昇、そのままハーフキューバン8(反転宙返り)で戻ってくる。
同じくソロの6番機が離陸、車輪を出したままロールする技【ロール・オン・テイクオフ】を見せた。
その後、ソロの2機が大きく旋回し双方が180度回転。そのままマッハで交差し空を斬った。
ヒュン、ヒューンーーー!!!!
見上げた空に白と青のラインが入った戦闘機が、噴煙で描くメッセージに観客は魅了されていた。私もその一人だ。
香川 天衣 17歳の夏。
「私もファイターパイロットになりたい・・・」
彼らは日本が誇る航空自衛隊宮城県松島基地の第4航空団に所属する「第11飛行隊」ブルーインパルスだ。
* * *
進路指導室。
そろそろ将来の進むべく道を決めなければならない。絶対に今日は貫き通すんだとギリギリしている私。その隣では普通に拘る母親が眉間に皺を寄せて座っている。
担任はそんな私たちを宥めるように今後の話を進める。
「香川さんの将来の夢は・・・!?」
「戦闘機パイロットです!」
「はぁ、だからね天衣。何度も言ったけど、女はなれないのよ?飛び抜けた身体能力が必要だし、それは生まれつきの要素でもあるの。それよりも普通に短大出て堅実に生きてほしいのよ」
「そんなの私の夢じゃない。お母さんの夢でしょ!」
ここ数日、このやり取りを延々と繰り返している。
「あの、お父様はなんと?」
「夫は基本的に私と同じ考えです」
「違うよ!天衣の好きなことを極めなさいって」
「それはっ、戦闘機パイロット以外でよ。もう先生、この娘ずっとこんな調子で、どうしたらよいか」
母は困り果てた様子で担任に縋った。でも、もうそれ以外は考えられないんだもの。諦めたら、死ねと言っているのと同じ!それくらい私は本気だった。
「香川さんはクラスでも成績はトップです。部活もレギュラーですし、その…いい方かなと。ですから、こうしてみてはどうですか?国立大学コースで先ずは防衛大学校を目指してみるとか」
「「防衛大学校!?」」
母とセリフが被ってしまった。
「ここに入るには全国模試でもトップレベルでないと合格しません。航空自衛隊の戦闘機に乗るという事は、そうとう優秀でないと駄目ですよね?先ずはそこからではないかと」
防衛大学校は試験が9月とどの大学よりも早い。仮に落ちてもまだ他の大学を受けるチャンスがあるという訳だ。
「防衛大学校だなんて入れるわけ…」
「先生!私、挑戦します!駄目だったらきっぱり諦めます!」
「お母さん、いかがですか?」
「・・・駄目だったら、絶対に諦めてね」
「分かった」
それでも納得のいかない母に担任は付け加えた。
防衛大学校に入ると特別国家公務員となり、勉強しながら給料を得ることが出来る。その上、授業料はただ。特別な訓練はあるものの、充実した環境で専門分野を学べる。近年は防衛大学校を卒業しても自衛隊員にならずに民間に就職する人も増えたのだと。
「はぁ、仕方がないわね。やれるだけやってみなさい」
「はい!」
こうして、私の猛勉強が始まったのです。
人生で一番勉強に励んだと思う。もちろん、勉強だけじゃ駄目だから部活を引退した後も自主トレは欠かさなかった。
そして三年の冬、その時はやって来た。
「香川、進路指導までいいか?」
「はい」
何を言われるのかは想像がついていた。そろそろ防衛大学校の試験結果がわかる頃だ。正直に言うと期待より不安の方が大きかった。
「座って」
「はい」
私は無意識に制服のボタンを握り締めていた。
「もう分かっているとは思うけど、防衛大学校の試験結果が出た。その結果を発表する。いいな?」
「お願い、します」
心臓のドクンという音が耳の後ろで聞こえる。ああ、煩い、私の心臓壊れちゃったのかな。骨を突き抜けて飛び出しそうだ。
「・・・だ」
「え、すみません。もう一度、お願いします」
「香川天衣、防衛大学校合格」
「うそー!!!」
「おめでとう!良かったな。うちの高校も香川のお陰で鼻が高い。それでだ、入学はどうする」
「もちろん、行きますっ!」
地方協力本部を通じて連絡が入ったのだ。試験の後、何度かその地方協力本部の担当者が訪ねてきていた。噂では家柄、宗教、犯罪履歴、政治活動の有無などの内部調査をしていたのではいかと。
国家の安全と機密を握る部隊に将来関わるのならば、当然の調査なのかもしれない。
あんなに反対していた母も、すっかりブルーインパルスが見せる展示飛行に魅了されている。私が何度も彼らの展示飛行の映像を母に見せた努力の結果だと思う。
「パイロットになれなくてもお国の為に、しっかりやるのよ」
「お母さん、いつの時代よ・・・」
こうして私の夢が一歩近づいた。
母が何気に口にした『お国の為に』は後に痛いほど身に沁みる事となる。そして、そこは平和に暮らして来た私には、想像を越えた世界があった。
あの、華麗に舞う白とブルーの機体それぞれに、熱い男たちの物語があったのだと言う事を。