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スワローテールになりたいの  作者: 佐伯瑠璃
第1章 ドルフィンライダー 
18/78

俺に甘えておけ、練習だ

泣き腫らした顔は最悪だ。

こんなに泣くつもりはなかったのに。何だか頭がぼーっとしてしまい、此処が何処だったのかを忘れていた。


「車に、戻るか」

「はい。すみません」


沖田さんに肩を抱かれ、私は俯いたまま駐車場に戻った。

車に乗り込むと、沖田さんはすぐにエンジンをかけた。そして、私の方を振り向くと「俺の部屋で話を聞かせて」と言った。

私は無言で頷いた。



窓を少しだけ開けたら、松島湾の潮の香りがした。ツンと鼻の奥が痛んで、胸に染み込んで行く。

沖田さんに何をどう話そうかと、そればかり考えていた。




     * * *



官舎に着くと、車を返してくると彼は言う。


「これ俺の部屋のカギ。先に入って待ってて」

「うん」



チャリと渡されたのは彼の部屋の鍵。飛行機のキーホルダーが付いた、とてもシンプルなものだった。


部屋に入ったもののどうして良いか分からず、取り敢えずカーテンを開けた。朝は天気が良かったのに、今は雲が広がっている。

「はぁ」と思わずため息が出た。私の心とおんなじだ、と。

医師から告げられた言葉がはっきりと脳内で再生される。『溶血性貧血でした……お薦めしません』戦闘機に乗ることを薦めないのではなく、パイロットそのものを薦めないと言う言葉。

成れなくてもいつかはと言う淡い期待、夢、それを目標にしていた自分。生えかけた翼を引抜かれ、再生不能になった気分だった。

病気持ちはこの世界ではお呼びでない。いざ、という時に役に立たない者は足手まといだ。ウイングマークは私には下りて来なかった。



「天衣」


その時、後ろから声がして振り向く前に、ポスっと背中から抱き締められた。沖田さんの匂いが私を包み込む。


「千斗星……」

「今は俺に、甘えればいい」


彼は私の肩口に顔を寄せ、ぎゅと腕に力をこめてくれた。私の心はキャインキャインと仔犬のように悲鳴を上げる。

応えるように彼の腕に手を重ねると、彼は顔を少し起こして私の(うなじ)にキスをした。


ピクと肩が揺れる。甘い痺れが全身を走った。


「あっ……」

「嫌なら蹴っていいから」


片方の腕が私の腹部に絡まって、蹴っていいの言葉とは裏腹に逃げるなよと牽制されているようだ。

もう片方の手が頬を覆い、クイと顔を横に向ける。


「んっ」


端正な顔があっという間に距離を詰め、私は唇を奪われた。

男の人の唇……けっこう柔らかくて程よく潤っている。などと必死で冷静さを保とうとしている自分がいた。でも、それを許さないと彼の唇は私を攻め立てた。

顔を横に向けたままの濃厚なキスは、経験値ほぼゼロの私には刺激が強すぎた。はふはふと息を吸うと、その隙間を狙われて余計に一人で悶えてしまう。もう立っているのがやっとだ。


「は……んふっ」

「あ、い」


合間、吐息混じりにそう呼ばれたらもう降参だ。カクンッと見事に膝が折れてしまった。コツンとフローリングに膝がつく。

沖田さんの支えのおかげで、膝への衝撃は殆ど無かった。くるりと躰を彼の方に向けられて向かい合う。お互いに膝立ちのままで。


そして強く抱きしめ合った。


この人は人の感情にとても敏感な人だ、と思う。単に私が分かり易いのかもしれない。でも、こうして解かろうとしてくれる気持ちが嬉しい。


「天衣」

「ん?」

「お前が飛べないなら、俺がその分飛ぶ。そんなんじゃ慰めにはならないって知ってる。けど、それしか俺には出来ない」

「千斗星……。ううっ、私っ、貴方が見ている空を見たかっ」


それ以上は言えなかった。いや、言わせてもらえなかった。

彼の唇が再び私を覆ったから。私の背中を慰めるように優しい手つきで、何度も撫でてくれた。唇だけでなく、頬も耳もそして首から鎖骨へとキスの雨を降らす。暖かくて、うっとりしてしまう程それは甘かった。


ちゆっと、音を立てて唇が離れる。額をコツンと当てられて、お互いはあ、はあ、と荒ぶる息を整えた。


「私ね。溶血性貧血だったって。でも、投薬で行けそうだから普通に勤務できるの。ただ……」

「うん」

「前線に立つような任務は、出来ないって。コックピットには、乗れないっ。それだけ。ただ、それだけだからっ。大丈夫」

「天衣。言っただろ?俺が乗せてやるって、俺が見た空を天衣にも絶対に見せてやる」


どうやって見せると言うのか。誰の許可もなくT4の後部シートには乗れない。そもそも許可なんて、下りないよ。


「信じてないだろ」

「え、あ、いや」

「くくっ。ま、そのうち分かるよ。けど、今は俺だけな。俺だけ、見て甘えろ。天衣」

「っ!」


甘ろ、甘ろって言う。甘えるってどんな風に?

髪を梳かれ耳を撫でられると、また痺れるように躰が粟立つ。このまま彼の中に浸かってもいい。

ふと顔を上げると、少し潤んだ綺麗な瞳とぶつかった。この人の目は本当に綺麗。


「天衣の初めて、貰ってもいい?」


ドクンッ!と、今日一番の心臓が跳ねる音がした。胸を破って出てきそう。

私の初めて……彼に?


「嫌?」

「嫌っ……じゃ、なぃ。けどっ」

「ん、優しくする。無理だったら、止めるから」

「面倒臭く、ないの?そんなの」

「バカだな。凄え、嬉しいんだぞ」

「ほんと?」

「嘘なんて吐かない。俺が天衣の初めて貰うから。2回目も、3回目もその先ずっと、俺が貰う」

「なっ!!」



そんなクールに言われてもですね!どう返したらいいのか、私にはもう無理です。お手上げです。

慌てふためく私をニヤリと笑って、ひょいと担ぎ上げた。


「え!」

「今日は最後までしないから、少し練習だ」 

「れ、れ、れ、練習!?」


トサっと私はベッドに放り投げられた。上から沖田さんが私をじいっと見つめている。ものすごく優しい顔をしていた。


「あのっ、沖田さ」

「まだ、沖田さん?沖田さんて言う度に、ペナルティを科す」

「ペナルティって、まさか腕立て伏せ」

「くくっ、そんな色気のない事するかよ」


ニヤと笑って私の胸元に顔を埋め、レロっと舐めた。

舐めた!! 驚く私の顔を見て更に舐める。


「ちょ、ちょっと!なんで舐めるのっ。んはっ」

「凄い敏感だな」

「誰だって舐められたら、こうなりますよ!」

「へぇ、じゃあ舐めてみてよ」

「はいっ!?」


この人、そうだと思っていたけど……Sだ。

ジリジリと追い詰められた私は、とうとう彼のその首を舐めた。

チロと一瞬。顔を見ることも出来ずにうつ伏せになって、背を向けた。恥ずかし過ぎて死ぬっ!!


「くくくっ。かわいいヤツ」

「う、え?」


沖田さんは私の背中に被さるように重なってきた。「練習、な?」と耳元で囁いて、彼は私の躰を愛撫した。


「ここ、善くなるはずたから、力抜けよ」

「え、いやぁ。ん、やぁ…」


練習って、その言い方やだっ。


外は雨に変わった。私の代わりに(そら)が泣いてくれるなら、もう泣かない。私には何が出来る、何が残されているの。


今はまだ、見つけられそうもない。


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