未発達な乙女心
6番機もいつものように離陸後、車輪を出したままローリングをした。バランスを取るのがとても難しい技だ。
6機が編隊を組み、優雅に空を舞う姿は本当にドルフィンのショーを見ているように安定していた。
ところ狭しと空を舞い、鮮やかな白の噴煙が美しい線を描いた。
「かっこいいー」
「マジすげえ、なんでぶつからないの」
見ているお客様も空のショーに魅入られていた。
いよいよフィナーレとなる。6機がターンしながら散っていく。最後の見せ場、空に絵を描くのだ。
発射した噴煙が消えないうちに描き終わる必要がある。計算されたタイミングと飛行は僅かな狂いが命取りだ。
私はゴクリと唾を呑み込んだ。成功しますように。
「おお!!」
開場がどっと湧いた。
防府の空に見事なスター☆が現れた!
「よかった。私が描くよりキレイかも」そう呟かずにはいられなかった。ブルーインパルス、本日の展示飛行は無事終了した。
* * *
あれから、またいつもの日常に戻った。でも、一つだけ違う事がある。
「テール!ちょっとこれ持っててよ」
「おいテール、ちゃんと飯食ってるのか」
それは「テール」「テール」とライダーだけでなくキーパー達までもが、私をテールと呼ぶようになった事だ。勿論、ブルーインパルス内だけでの事。他の部隊が絡む時は香川准尉と呼ばれている。
「お疲れ様でした。香川、帰ります!」
今日も慌しい一日が終わり基地を後にする。門の警衛所の隊員に敬礼をした時、後ろから誰が私を呼んだ。
「アイちゃん!」
この呼び方をするのは一人しか居ない。八神1尉だ。
「はい。なんでしょうか」
「一緒に帰ろうよ。でさ、飯食いに行こう」
「ええ!?」
返事もしないうちから八神さんは私の手を取って、グイグイ引き基地から離れていく。え!何?どうなっているの!
「ちょ、八神さん!待って下さい」
「待たないよ。待ってたらアイちゃん逃げちゃうもん」
八神さん!貴方はいつもこんな強引にっーー。「しかし!」と反論すると眩しすぎる笑顔が上から降ってきて「諦めなよ」と言う。
諦めなよって、いったい何を!
そんなやり取りをしていると、あっという間に官舎に着いてしまった。
八神さんはまだ手を離してくれない。
「あの、離して下さい!夕飯は分かりましたからっ、だから!」
「よかった。逃げないでね?逃げたら」
「に、逃げたら…?」
「くくっ。襲うよ?」
ひっ、こ、この人はっ、何てことを言うんだ!
「ジョーダンだよ。さすがに同意無しでそんな事しないよ。塚田3佐から嫌われたくないからね。じゃ、15分後ね」
「わ、分かりました」
じゃあ後でねと手を振られ、私は逃げるように自室に帰った。
ドアを開け玄関に入るとカギを閉めた。心臓がバクバク鳴って全く治まる気配がない。
八神さんは距離が近すぎる!間違いなくこれで沢山の女性隊員が罠に掛かり、彼の手に堕ちて行ったんだろう。
「恐ろしい」
そもそも15分後と言われたけど、女性に15分て短過ぎない?
一般女性なら足りないし、無理よ!!
悲しいかな自衛隊員である私は5分の余裕を残して部屋を出た。日頃の訓練がこんな所で発揮されるとは・・・。
別に可愛く見られる必要もない、汚れや乱れがないかだけ気をつけて言われた通り、官舎の門の所に向かった。
門に差し掛かると、八神さんは既に待っていた。
「っ!(なにアレ、無駄に格好いいんですけど)」
私を見つけて爽やか笑顔で手を上げた。ここだけの話、私はまともな恋愛というかお付き合いをした事がない。部活と勉強に必死だった。
勿論、好きな人もいたし、告白だってした事もある。ただ、デートをした事がないのだ。
待って、これはデートではない!
仕方がなく、脅されて、食事に行くだけだ。
「アイちゃんの私服って、へぇ、可愛いね」
「っ、か、可愛くなんかないです!」
「くくっ。行こうか?お酒は飲める?」
「多少は」
こんなことで心を掻き乱されるなんて、訓練が足りないんだわ。
しっかりするのよ。
*
とは言うものの、八神さんは紳士的でお酒を無理強いしてくることもなかったし、夜9時には官舎に帰ってきた。
「ありがとうございました。ご馳走様でした」
「どういたしまして。いつも頑張っているテールちゃんにご褒美だから、気にしないで」
「あ、ありがとうございます」
「俺たちのブルーインパルスの任期は今年までなんだ。来年は何をしているのか分からない。スクランブル待機かまたは救難隊か、それまでにアイちゃんの気持ちが俺に向くよう頑張るよ」
ブルーインパルスの任期は約3年だ。それが終われば皆、何処かの基地へ異動する。それまでに、私の気持ちが・・・え!?
「・・・」
「アイちゃんってさ、ほんと可愛いよ。じゃあね、おやすみ」
今、八神さんはなんと言った?
私の気持ちかが八神さんに向く?ない、ない、ない、ないっ!
首をぶんぶん振って、その言葉の意味を払拭した。
ドキドキと高鳴る胸を押さえながら、自室に向かう。その廊下の先に、細長い人影があった。ビクッと一瞬体が硬直する。誰!
私の部屋の前で壁に背を当て腕組みをした男。
「沖田さん!」
チラと振り向いたその顔は、航空祭の時に見た笑顔はなく、口を引き結び眉を歪めた顔。初めて言葉を交わした時のあの顔だった。
「何かあったんですか?」
「香川っ」
「ひっ」
私は身を強張らせ下を向いた。無言の時間は、基地から聞こえる飛行機のエンジン音が繋いでいた。なぜ、彼は怒っているのか。
そんな事を考えていると、顎を下からグッと持ち上げられた。
「!?」
私は沖田さんに上から睨まれている!!
なんで!!




