展示飛行ー心悸ー
5月某日、山口県防府北基地。晴れ、気温25度の夏日。
朝の爽やかな空気から徐々に気温は上がり、午前8時を過ぎた頃にはジャケットを脱ぎたくなるほどになった。
私にとって初めての公での広報活動だ。がんばるぞ!
防府北の隊員との打合せも終わり、私たちは最終確認の為ブルーインパルスのもとに向かった。松島基地から同行したのは塚田室長と鹿島先輩、専属のカメラマン、そして私の4人だ。
ここに本日の主役ドルフィンライダーがいる。彼らを支えるドルフィンキーパーは機体整備へと向かった後だった。
「本日は宜しくお願い致します。大友隊長」
塚田室長が挨拶をすると、全員がビシッときおつけをして敬礼をした。動きに無駄がなく圧倒される。
「塚田3佐。こちらこそ宜しくお願い致します!」
「宜しくお願い致します!」
あのチャラっとした八神さんも、何を考えているのか分からない沖田さんもこの時はピリリと締る。
ああ、やっぱり自衛官なんだなと改めて感じた瞬間だった。
今日の展示飛行は今年最初という事もあって、大掛かりなアクロバットはしないと聞いている。
オープニングはT-4が飾る。続いてT−7、F−4、F−2の機動飛行が披露される。機動飛行とはブルーインパルスのような曲技はしない。
主に、急旋回、360度ターン、急上昇など実戦で行う動作だ。F型の戦闘機が突き抜けるように飛行する様は圧巻だ。
その後、ヘリコプターや輸送機など所属している機体が空を飛ぶ。
最後にブルーインパルスの曲技飛行で終わりとなる。
「では、事故の無いようお願い致します」
「承知しています」
全員で敬礼をしてそれぞれの配置に着く。
「香川」
「はい!室長」
「君は彼らについて。なんだ、テールだったか。離れんなよ」
「つ、塚田室長!それをどこでっ」
「とこでも何も松島基地じゃ、皆知っているぞ」
「ええ!」
テールだなんて職務中に呼ばれたことなんて無いのに!!
すると、隣にいた鹿島先輩が「誰のテールになるのか噂よ」と恐ろしい事を言ったのです。誰のって!?
顔を白黒させる私を「わはは」と塚田室長は笑い飛ばした。私が誰かのシッポになる訳がない。
「おい、香川。早く行け」
「はっ、はい!」
私は塚田室長に敬礼をして、ブルーインパルスの後を追った。
飛行前に必ず行うのは、ファンとの交流だ。これを楽しみにしている人は多い。男性だけではない、女性や子どもにも人気が高い。ブルーインパルスのグッズはかなり売れている。
敷地内に入ると「来たよー、ブルーインパルスのパイロットだ!」と男の子が叫ぶ。
深い青のパイロットスーツに身を包み、同じく青いキャップ帽を被り颯爽と機体の前に進む。
「かっこいいー!」「きゃー」などという声援もある。
パイロットのもとにファンたちが集り、写真撮影やサインをねだる。
やはりと言えばよいのか、4番機の八神さんの前はすごい人だかりだった。
「すみません。順番に並んでいただけますか」
私は押し合って転けたりしないように、列を作るようお願いをした。
周りを見渡すと、男性ファンが1番機の大友隊長に群がる。ファン層も微妙に違っていて面白い。
そして、ソロの5番機を操る沖田さんに目をやると、
「うそ。……笑ってる」
私はその時、初めて沖田さんの笑顔を見た。
もちろん営業スマイルだとは承知している。でも、あんなに優しく笑う事が出来るなんて。ドックンと胸の奥で音がした。
耳に嵌めたイヤホンからあと5分と連絡が入る。
「申し訳ございません。まもなくパイロットは展示飛行準備に入りますので」
名残惜しそうにファンたちは離れて行く。しかし、ルールをきちんと守る姿勢はやはりブルーインパルスファンだと納得した。
振り向いて「沖田さん、宜しくお願い致します」と伝えると「了解」と言って軽く敬礼で返してくれた。
心なしか頬がクイと上がって、目が目尻が少し下がっていた。
「っ!!」
ギュッと胸の奥の心臓を鷲掴みにされた様に痛みが走った。思わず私は制服の合わせを握り締めた。
なに、今の何!
ー 香川、終わったか
ー っ、はい!全員、準備に入りました!
ドクドクと心臓が忙しない。私は頬をバシと叩いて気合を入れた。私に笑ったんじゃない。彼はファンに向け笑って見せたんだ、そして空を飛ぶのが好きだから機嫌がいいだけ!そう言い聞かせた。
飛行前点検が終わり、6機の機体は滑走路へと移動した。
さあ、今年最初のドルフィンショーの始まりだ。
私は青く澄み渡った空を見上げる。あの空に舞うドルフィンは生き生きとしていて、とても楽しそうに飛ぶの。
ー 離陸、開始する
ー 了解!
ゴーと言うエンジン音を轟かせ1番機が滑走開始、離陸した瞬間に2番機、3番機そして4番機が飛び立った。
暫くして4機は並列し、大きくターン。ダイヤモンド編成を取り、左から右へ猛スピードで突き抜けるファンブレイクを見せた。
羽が付くか付かないかの距離で飛ぶ姿に「おおー!」と言う歓声が湧く。
そしてそのまま旋回するダーティーターン。
「お見事」
ー 5番機、離陸する
ー 了解!
ドクン。またただ、苦しい。
目の前を滑走し、低空飛行で移動そして一気に機首を上げて急上昇!
ローアングルテイクオフ。
何度見ても迫力があり、とても美しいラインで上昇する。彼の腕は本当に素晴らしい。
「沖田さん・・・とても綺麗」
スワローと言うタックネームは誰がつけたのか、その名の通り軽やかに空を舞う。
なぜか熱いため息が漏れた。




