誰も見てくれはしない
「やめなさい!」
マルティナは栗色の少年が吹っ飛んでいった瞬間、三人の動きを止める意味を込めて叫ぶ。
すると三人は一斉にマルティナの方をみると険しい顔になった。
「お前……! また俺らの邪魔する気か!」
「また? ……しょっちゅう首突っ込んでるんだな」
三人組の一人が叫び、それにラーシュが反応した。しかしマルティナはどうにも三人の顔に見覚えがない。確かにラーシュの指摘通り、こういったもめごとに首を突っ込むのは日常茶飯事なので、それで印象に残っていないのかもしれない。
「まただったか覚えてないけど、三対一なんて穏やかじゃないわ」
「覚えてない?」
自分の言葉が場の空気をさらに険悪にしたことには気づいたが、特に気にすることなく、つかつかと四人に歩み寄った。
そして三人をスルーして栗色の少年に近づいた。
「あなたも抵抗す――」
抵抗すればいいのに、という言葉は最後まで発することはできず、そのかわり後ろから感じた気配をとっさに横跳びすることで躱した。
一人の男子生徒の腕が、マルティナの頭があった場所を通過する。
それをとっさに視認したマルティナは、空振りによって体制を崩した男の足を救うようにして蹴りを入れる。すると男は転倒しその場に大きな音と砂埃が舞った。
「てめえ、そいつに何を――」
「――それはこっちの台詞」
男子生徒の怒声によってマルティナは次が来るかと身構えた。
しかしそれはどうやら杞憂だったらしい。
ラーシュがあっという間に一人を沈め、ラーシュの死角から襲ってきたもう一人もあっさりと地面にたたきつけてしまった。
あまりにも華麗な早業で、マルティナは思わず感心してしまったほどだ。
三人とも地面に激突した時点で、争うことを放棄したらしい。悪態をつきながらもそれ以上は向かおうとはせずに、少しふらつきながら立ち去って行った。
「来る学校間違えたんじゃない? 軍学校の方が良さそうだけど」
「近衛希望なんでね。というよりお前の方こそ、なんでそんなに戦えるんだよ」
本当の理由を話せば、かなり長い話になる。ただそれをわざわざラーシュに全て話してやるつもりも義理もない。
「伯爵家令嬢には必要な程度の護身術よ」
「絶対ウソだな」
あっさりと断言されてしまったが、こちらも説明する気はない。その意味を込めて肩をすくめて見せるとラーシュは追及を諦めたらしい。
ラーシュは視線をマルティナから外すと、まだしりもちをついたままの栗色の髪の少年の側へ寄った。そして手を差し伸べる。
「大丈夫か?」
「あ、ありがとうございました」
少年は手を取ると、立ち上がってズボンに付いた砂を払った。立ち上がってからもうつむいている。どうやらまだ心が立ち上がれていないらしい。
「どうしてあんなやつらに絡まれてたんだ?」
「逆恨みですよ」
「逆恨み?」
ラーシュが気遣わしげに問いかけると、それまで下を向いていた少年は勢いよく顔を上げた。
「どうせ僕が平民だからいけないんですよ、そうなんです、僕はね子爵家令嬢の彼女に告白されたんです、その告白してきた彼女のことをあの三人は好きだったからこうやって報復されたわけで、でもね僕が平民じゃなくて貴族じゃなければ僕は殴られなかったかもしれない、抵抗なんてしても無駄なんです、僕が勝てるわけがないじゃないですか」
少年は一気に、ほとんど息継ぎなしに喋り倒した。
あっけにとられているマルティナとラーシュをよそに彼はまだ話し続ける。
「そもそもあの人が告白してきたのだってただからかっているだけに違いないし、あるいはなにかの罰ゲームとしか考えられない、貴族はみんな僕を馬鹿にしてるんです、平民の癖にって! だからせめて騙されてないって知らせるために、当然あの人には付き合えるわけがないって言いましたよ、僕はそんなことでうぬぼれたりしていませんし、そんなことでうぬぼれているとばかにされたくはないんです」
マルティナは自分の手が震えていることに気づいた。これほど怒りを覚えたのは久しぶりだ。
ラーシュはどうやらマルティナの変化に気づいたようだ。彼は気遣わしげな視線でこちらを見つめてくる。
「あなたたちだって僕を憐れんだんでしょう? 何様のつもりですか。助けてもらったことに感謝はしていますが、貴族だからっていつでも平民がその情けをありがたく思うとでも――」
「――分かったわ」
自分でも驚くほど冷たい声が出た。
「私はあんたが誰であっても助けたけど、次は絶対に助けないわ」
そしてネガティブ君の顔を見ることなくマルティナは言った。
「根性がゆがんでるせいで、人の好意も素直に受け取れないのね。想いを告げた令嬢がかわいそうだわ」
これ以上ここにいたら、今度はマルティナがこのネガティブ君を殴りたくなってしまうだろう。だからそれだけ吐き捨てると、すぐにその場を離れた。後ろでネガティブ君がどんな顔をしているかなどは考えないことにした。
ずんずんと歩いていると、ラーシュがマルティナを追ってきている。
そして彼は追いつくなりマルティナの腕を掴んだ。
「おい」
「何?」
「どうしてそんなに怒ってる? 優越感に浸りたいタイプには見えないが」
先ほどの言葉を引用してラーシュが問いかけてくる。その問いにマルティナは首を横に振ると、大きく息を吐いた。
「貴族だから、って考え方大嫌いなのよ」
誰もマルティナを見ていない。見ているのは見た目と家柄、それだけ。マルティナがどんな人物であるかに興味はなく、ただその容姿とアルクヴィストの名だけが大切なものなのだ。
「あの男は貴族だったとしてもきっと殴られた。貴族だったとしても告白された。私知ってるわ。この前振られたって言って泣いている友達が言ってたの。栗色の髪で、ちょっと繊細すぎる人だって。あの子は真剣だったのに、結局貴族だからって断られた」
感謝されたかったわけではない。
そもそもマルティナがもめごとに首を突っ込むのは、ただの自己満足なのだ。自分が何かできたはずだと後から後悔したくない。それだけの理由だ。
だから自分の行動が相手にとってプラスでもマイナスでも構わないと言えば構わないのだ。
それでも、あの男のように、ただ自分が貴族であることを理由に拒絶されるのは我慢ならない。あの男はマルティナのしたことに怒っているわけではない。ただ、自分の肩書きにあれこれと文句をつけているだけなのだ。
「誰も”私”を見てないのよ……」
ぽつりと漏れたのは、本音だった。
どうして出会ったばかりのラーシュにこんな弱音を吐いてしまっているのか分からない。それでもこみあげてくるこの感情をごまかしきれそうになくて、マルティナは下を向いた。
「バカだな……」
ふわりと温かい何かが自分を包み込んだ。
その優しいけれどしっかりとマルティナを捉えるそれが、ラーシュが自分を抱きしめているからだと気づくまで、マルティナは何もできずにただされるがままに身を預けていた。




