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嘘だらけの契約恋愛  作者: 如月あい


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16/17

番外編。三年後の雨降る日①

 しとしとと降りやまぬ雨が銀色の髪を濡らした。

 数年前に出会ったとある少年のことを思い出したマルティナは、ぼんやりと町を見つめて、そこに少年の影を見出そうとした。しかしそんなものは見えるはずもなく、ただ雨にぬれたくない人々が建物の中へと急ぎ足で向かう様子が視界に入るだけだった。

「号外です!」

 この雨の中、新聞を配達員の声がして、マルティナは我に返った。そして彼に近寄ってそれを受け取り目を通す。

「……レオ」

 ブレイハ家の不審火と伯爵家の悪事が露見したことによる取り壊しが大きく掲載されており、マルティナは彼が役目を終えたこと知る。しかしながら不審火という文字にマルティナは青ざめたが、続く文章をみて胸をなでおろした。

 どうやら伯爵も、その息子も生存しているらしい。

 マルティナはてっきり、彼が復讐のために二人を殺すつもりなのだと思っていた。自分たちが彼にそうさせないようにと抑えてはいたが、それでも足りないのではないかと。

 しかし思いのほか彼は理性的であったようだ。

愚鈍姫(ぐどんひめ)……彼女は関与が認められない。それは、今回のことを告発したその従者も証言している、か」

 愚鈍姫と呼ばれている少女の噂は耳には入っている。彼女はブレイハ伯爵家の長女でありながら、彼女はおっとりした話口調で、あらゆることに鈍いらしい。世間知らずで、のんびりしていて、お子様。愚鈍姫と呼び出したのが誰なのかもはやわからないが、それがすっかり定着して、隣のレクセル領まで届いてきているほどだ。

 レオからの定期報告にも、噂とそう変わらないという記述があった。

 そして、マルティナとラーシュがレオをブレイハ家に送り込む口実とした人物でもある。つまりレオはこの愚鈍姫の従者としてブレイハ家に雇われているのだ。

 正直なところ、マルティナはかなり不安だった。レオは感情的になる部分があったし、マルティナにしたように、自分の主にいきなり剣を突き付けかねないとも。

 しかしこの新聞によるとレオが彼女をかばったということが見受けられる。つまり彼はきちんと自分の主を大切にしていたのだろう。それが意外ながらもマルティナにとっては喜ばしいことだった。


「さて、帰らないとラーシュがうるさいわね」

「相変わらずですね、マルティナさん」


 聞こえるはずのない声が聞こえてぎょっとして後ろを振り向いた。すると、見覚えのある銀髪の青年がそこにいた。彼はまたも髪を濡らしている。

「レオ! 後ろの子はまさか……」

 彼の後ろにフードをかぶった少女がいることに気づいてマルティナは目を見張った。フードの隙間からは金色の髪がこぼれおちている。

「ええ。いわゆる”愚鈍姫”と呼ばれている方です」

 レオのあまりにも率直すぎる紹介にマルティナはぎょっとしたが、フードの少女はころころと笑って気にも留めていないようだった。

「あらぁ、ずいぶんと、ひどい紹介ねぇ」

「その話し方はやめたんじゃなかったんですか?」

「だってぇ、楽なんだものぉ。レオもいるしねぇ」

 なるほど、たしかに間延びした話し方をする少女である。しかしながらマルティナには彼女が愚鈍には見えなかった。彼女はレオのことは信頼しているようだが、マルティナにはまだ警戒心があるように見える。その証拠に、彼女は慎重にマルティナとの間合いを計っているし、さりげなく周囲に気を使っているようにもみえる。

「うちにいらっしゃい。ラーシュも待ってるわ。あなたたちが来るのは予想以上に早かったけれど」

「はい、ありがとうございます」

「それに、どういう経緯でレオが彼女を連れているのかも気になるしね」

「どちらかといえば、俺がついていっているんですよ、彼女に。今回は寄り道してもらいましたけどね」

「……思ってたよりずっと仲良くなったのね」

「それは否定しません。彼女がいなければ、不審火ではすまなかったでしょうし」

 レオは後半部分は声をおとしていった。聞いている者はいないが、彼は表舞台には立ちたくないのだろう。

 とにかく屋敷に戻ったほうが良いということで、二人を連れてマルティナは帰路につく。

 屋敷について二人を客間に通し、紅茶を飲みながらソファで座っていたところで、ラーシュが勢いよく部屋に入ってきた。

「ただいま」

「あれほど、勝手に出るなと言ったのに!」

「そういわれても、アウグゥスト家の時からこんな感じだもの。でもほら、レオと……お名前はえっと……」

 名前を尋ねていないことに気づいて振り返ると、金色の彼女はフードを下して言った。

「アイラ、と呼んでください」

 ラーシュは今になって来客に気づいたようで、さきほどまでの怒りをどうにか抑えこんだ。

 そして当然の疑問を口にする。

「ようこそ我が家へ。アイラさんはレオの――」

「――お嬢様、かつ、かの有名な愚鈍姫です」

「だからねぇ、いちいち、そこはぁ、言わなくていいのよぉ」

 こうやって眺めていると、二人はよいコンビであるのがわかる。

 レオにどういう心境の変化があったのかはわからないが、どうやら彼はお嬢様として以上に彼女を大切にしているらしい。

「この二人には事情を話すので、先にそこをわかってもらったほうがいいんですよ」

「そうなのぉ? 私があげたぷれぜ――」

「――そこは本筋と関係ないので話しません!」

「あらぁ……照れてるのぉ?」

「黙ってください!」

 夫婦漫才のような二人のやりとりを見ていると、ラーシュもどこかあきれて、しかしかすかにうれしそうな表情をして二人を見つめている。

 レオが初めて家に来たときは、嫌そうな顔をしていたのに、今ではすっかり息子のように彼をかわいがっているのだから。

「とりあえずラーシュは座って。私はレオの報告を聞きたいの」

 彼はまだマルティナのことで納得していない様子だったが、とりあえずマルティナの隣にこしかけた。彼もまたレオの話が気になっているのだろう。

「あなたが成功したことは分かった。新聞にも載っているしね。でも、いくつかわからないことがある」

「まず、そうですね。今回のことを中央騎士団に持ちかけて摘発したのはお嬢様自身です」

「え? あなたじゃなくて?」

 マルティナは飲みかけていた紅茶を戻して、ラーシュを見た。彼は知っているのかと思ったが、彼もまたそれに驚いている様子だった。

「レオは彼女が愚鈍姫と呼ばれているその人だといったよな?」

「ええ。ですがお嬢様の愚鈍姫としての姿は擬態です。この人、その気になればもっとちゃんと話せるんですよ」

 ラーシュは驚いているようだったが、マルティナにとってはそちらのほうが自然に思えた。しかしラーシュは今あったばかりで、彼女の行動を見ていないから仕方がないことかもしれない。

「……そもそもレオがお嬢様って呼ぶからぁ、そう振る舞っちゃうのよぉ」

「俺のせいですか? じゃあアイラ、普通に話してください。というか、あなたが事の顛末を話してくれてもいいぐらいですよ」

「いいわ。私が話しましょう」

 さきほどまで間延びした話し方をしていた少女は、急に話し方を変えててきぱきと話し始めた。しかしその変化以上に、マルティナにとってはレオがアイラと呼び捨てたことのほうがもっと驚きだった。これは予想以上に面白い話が聞けるかもしれない。マルティナはそんな野次馬根性を丸出しにして少し身を乗り出す。

「私の母は、父の正妻でした。おそらく初めは母も父の妻であることに不満はなかったと思います。そもそも父が母に惚れて、母の実家が傾いたのを契機に母を妻に迎えたのですから。しかし母は気づいてしまったのです」

「ブレイハ伯爵が、君の母君の実家に何かしたんだね?」

「ええ。人の良かった祖父を巧妙にだましたんです。母を手に入れるために。それに気づいたのは、母が私を身ごもった後でした。そして母は自分の復讐計画を担わせるために私を育てました。母は父に対して気取られないようにふるまっていたつもりだったようですが、きっと無意識に突き放していたのでしょうね。それが父から見ると、私が生まれたことで母が冷たくなったように見えたんでしょう」

 その先は聞かなくてもわかる。

 ブレイハ伯爵が以前の正妻を大切にしていたことは耳に入っていた。だからこそ、マルティナからすれば、その正妻の娘であるアイラが愚鈍姫と呼ばれていたことを意外に思っていたのだ。民のうわさが伯爵の耳に入らないわけがない。もし伯爵がそれを否定するなり、その呼称に異議を唱えていれば、ここまで定着してしまうことはなかったはずだ。

 しかしそういう理由なら、彼女が置かれてきた立場も納得がいく。

「それで、あなたはお母さんに代わって復讐を?」

「それは少し違います。私は結果的に母の意志を継ぎましたが、それは単純に自分の正義感から父と兄の行動を許せなかったからです。そして、実はもう少しはやく、告発する予定でした。証拠がそろっていなくても、身内が証言すれば、無傷ではいられないだろうと思っていたからです。ところがそこにレオが現れました。彼は明らかに私たちに殺意を持っていて、私はひそかに彼の素性を調べることにしました。するとズドラジル家の名が浮上しました。レオには申し訳ないことですが、そのことがきっかけになって、父の所業の明らかな証拠をつかむにいたりました。そして準備が整い――」

「――彼女はそれをなしえたんです」

 不自然なところでレオはなぜか割って入った。するとアイラは不満げな顔をして腕を組んだ。

「あら、これから面白い話なのに、話させてくれないの? プレゼントのこととか」

「だから、それはいいんです!  

「気になるから、聞かせてほしいわ」

 レオが必死に隠したい話とはなんなのか、マルティナは好奇心を抑えきれずにそういうと、アイラは楽しげに微笑んだ。しかしレオにそのつもりはないようで、首を大きく横に振ってこたえた。

「気にしないで下さいよ!」

「つまらないわね」

「それよりほら、不審火のいいわけをすると、実はあの日、俺がしくじって伯爵と彼女の兄に捕まったんです。その時に感情がたかぶりすぎて、屋敷を燃やしてしまって、アイラが水使いでなければどうなっていたか」

 アイラは何かを言いたそうにしていたが、レオはそれを言わせまいとさらに言葉を重ねた。

「お嬢様と一緒にいるのは、三年の間でお嬢様は何ら関係がないということが分かったのと、ぼんやりしているお嬢様を放っておけないので、お嬢様について旅をしているということからです」

 それだけではないでしょう。マルティナはそういいかけた。しかしラーシュが小さく首を振ってそれを制する。

 レオが話したがらないことは聞くなということだろう。

「とりあえず話は分かった。ブレイハ家の解体によってアデラから頼まれていたことも果たせたし、レオには感謝してる」

「いえ。こちらこそありがとうございます」

「しばらくはのんびりしていくだろう? ビアンカにも会ってやってくれ」

 三年前と全く逆のことを口にする夫に、マルティナはなんだか可笑しくなって思わず噴き出した。するとラーシュは自分がなぜ笑われたのか自覚しているらしく、きまり悪そうに視線を泳がせたのだった。







 その日の夜、眠れる気がしなかったマルティナは、夕食後にひっそりと庭へでた。ラーシュがお風呂に入っている間ぐらいは許されるだろう。

 そう思って庭を歩いていると、どこからともなく歌が聞こえてきた。

 マルティナはしばし考えた後、その歌い手のもとへと向かう。

 ちょうどマルティナが彼女のもとへたどり着いたとき、歌い手は歌い終わってこちらを振り向いた。

「話したいことがあるんじゃないかと思って」

 マルティナがにっこりと笑ってそういうと、アイラは小さくうなずいた。

「聞きたいことがあるんですよね?」

「ええ。いくつか、ね。でも別にあなたを疑っているわけじゃない。それでも”保護者”としては、レオとあなたの関係が気になるのよ」

 マルティナは庭に咲いている花にそっと触れると、その近くにあった大きめの岩に腰を下ろす。

「先ほどは言いませんでしたが、私はレオのために告発をしました。レオがいなくてもしたでしょうが、完全にブレイハ家をつぶす覚悟はできなかったでしょう。でもレオが来たから……そうですね、レオを好きになったから、私はすべてを壊す計画を立てました」

 アイラは長い金色の髪を背中に流すと、歌うようにそう言った。

「最初の計画では、あなたは死ぬ気だった? 正確には、殺される気だった?」

 その問いに、彼女は少し驚いたようだった。しかし続いて穏やかに微笑んで言った。

「はい。私はあの日、誕生日プレゼントをあげると言ったんです」

「それは……あなたの命だった?」

「ええ」

 状況によってはロマンチックな告白である。それが一生をともにしたいという意味ならば。

 しかし彼女が望んでいたのは、永遠の別れである。

「私はあのとき、レオに憎まれていると思っていました。レオは私の死を望んでいるのだと。だからすべて燃えてしまって、レオだけが逃げ、ブレイハ家の悪事は暴かれるように私は手配しました。中央騎士団と連絡を取って。ところが、勘のよい騎士が私の計画の一部を壊しました。彼は私に消火させ、レオを説得した」

「それが不審火騒動につながるのね」

「はい。でもすべてが終わったあと、私はもう一度聞いたんです。私を殺さなくていいのかと」

「それで?」

 続きを促すと、アイラはなぜか照れたようにうつむいて口ごもった。しかし、顔をあげてはにかむように笑って言った。

「……彼は言ったんです。もらったプレゼントは一生大事にするって」

「……それで、あんなに嫌がってたわけね」

 要するに彼は照れていたのだろう。自分の告白を聞かれたくないがために、プレゼントのくだりは口にさせたくなかったのだ。

「ということは、あなたたちは晴れて恋人に?」

「それは……」

「違うの?」

「私はどうして自分の命をかけるのか問われたときに、好きだといいました。そしてレオは、私が一人で旅に出るといったときに、自分もついていくという意味も込めてさっきの言葉をくれたんです。でも、だからといって、私たちの関係が劇的に変わったわけではありません。彼はまだ私をお嬢様扱いしますし、私もついついそれに合わせてしまいます」

 どうしたらよいのか、そう問いかけるようにこちらを見つめられて、マルティナは非常に困ってしまった。

 マルティナはそもそも男嫌いだったし、ラーシュが半ば強引に口説いたことで今がある。マルティナもちゃんと告白はしたが、そもそもそれは契約恋愛という不毛な関係をいったん清算するためのものだった。それにマルティナが告白した時にはラーシュに外堀を埋められていて、二人は事実上婚約者だったのだ。

「私たちのなれ初めはまったく手本にならないと思うしね……でも、どうしたいか伝えればいいんじゃないの?」

「それもまだ迷っているんです。私はただのアイラになりたくてすべてを清算して逃げてきました。愚鈍姫の名前をうまく使って、ブレイハ領は王家に返上しましたし、そういう意味でもブレイハから解放されたんです。でも、この私に彼を巻き込んでいいのか」

「そうね……」

 こういう相談にのるには、自分は経験がなさすぎる。それこそアデラでもいればよかったのだが、今ここにいるのは自分だけだ。

「もう少し考えてみるべきだわ。たぶん、時間が必要だと思うの」

「……そうですね。じゃあ、お二人のなれ初めを聞かせてもらえませんか?」

「え? いや、でも」

「気になるんです。私も話したんですから、おあいこでしょう?」

 そういわれては、話すしかない。

 マルティナは学生時代のことを思い出しながら、ぽつりぽつりと彼女にラーシュとの”契約”を聞かせたのだった。






  

















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