第5章「Operation dry justice」
レイスが、アイヴィスに支えながらも、おぼつかない足取りで、作戦立案室を出て行ったのを見届けた後、アルフレッドは煙草を吹かしつつ、窓の外を眺めるエデンに言った。
「何故、レイスに暗殺をさせるのですか?!あの様子では、失敗するどころかへたをしたら逆に殺されるかもしれません」
エデンは、フゥ、と煙を吐き出す。
「・・・・・確かに、リスクは大きい。・・・・だがな、アイツは暗殺集団ALICEの一員であり、『L』の字を継承する者だ。我々一人一人の能力は、ギルドでは、特位一級レベルの力を持つ暗殺者だ。その、トップであるべき暗殺者が、情に惑わされ、標的を仕留め損なう事はあってはならない。・・・・・・これは、アイツにとっての試練だ」
そこで、一度言葉を切り、煙草を吸いまた言う。
「俺は、最初に言ったはずだ。ルークのあの『遺言』・・・・・アレは、恐ろしく酷いものだと。・・・・悪いんだが、俺にはルークの意志を読めない。・・・・・何故、暗殺者に情が与えられるような所に行かせるのかが・・・・・」
エデンの吐く煙は狭い室内に、所在なさ気に、漂っていた。
そして・・・・・夜。
レイスは、仕事用の様々な武器を収納したり、銃弾や衝撃の威力を緩和する特殊な服を着て、その上から、漆黒のローブを羽織る。
未だ、その胸中には片付かないモヤモヤが渦巻いていたが、それを「使命感」で押し殺す。
「……レイス」
レイスと同様に、闇色のローブを着込むアルフレッドが、顔を伏せながら言う。
「無理はするなよ。……いざとなったら、標的は俺が始末する」
「……ううん。大…丈夫。これは、私がやらなくちゃ、いけない事だから……」
自己欺瞞に満ちる、その言葉を吐いた後、レイスは愛用のナイフを目の前に翳し、祈るように目を瞑る。
――――数秒後、目を見開いた時には、レイスの目は「暗殺者」の色彩を放っていた。
感情は、無く。それ故、情は消える。
只の、暗殺機械がそこにあった。
……その晩も、静かだった。
最近多発する、議員襲撃事件を警戒して、リスト邸に配備された憲兵達は、普段なら絶対しないような欠伸すら今日はしていた。
リスト邸の門を警備する、若き憲兵フラッソ・マニアンもその一人だった。
「ふぁぁ…っ」
「おいおい、フラッソ。班長に見つかったら、大目玉だぞ。真面目に勤務してねぇって」
彼と共に門の警備に就く、同僚が言う。
「しゃーねーだろ。暇なんだからよ。てゆーかさ、議員襲撃事件の被害者って、リスト議員の政敵ばかりだから、犯人はリスト議員かもって説が出てんだろ?じゃ、ここで警邏なんかしてるの無駄じゃないか?」
「本当に、リスト議員が襲撃事件の黒幕だとしても、きちんと証拠をつかまない限り、犯人って決められねぇよ」
「あー…面倒。……どうせ、班長は邸内警備だから、バレないだろ。煙草吸おー」
フラッソは、そう言いながら、ポケットから煙草の入った、ケースを取り出し中から一本煙草を取り出し、口に咥え点火器に火を付ける。
―――――ライターの火が灯った瞬間、フラッソの目の前で「何か」が煌めいた。
「あ……」
「ん?どうした、フラッソ?」
同僚は、そう呼びかけるが返事はない。
代わりに、フラッソの口からポロッと煙草が落ち、その直後首もが落ちる。
「なッ!?て、敵しゅッ・・・・・・・う゛ぁ」
同僚が、携えるライフルを構え叫ぼうとしたが、その口は途中で塞がれ、首にいつの間にか巻き付いていた鋼糸が、彼の首をも地に落とす。
「・・・・・・・二名排除。皆解っているとは思うが、憲兵は東西どちら共に協力をする節操のない『東西統合共和戦線』の連中だ。始末しても構わないが、邸内の人間はなるべく殺すな。・・・・しかし、顔を見られた場合は・・・・必ず消せ」
血濡れた鋼糸を巻き取りながら、アルフレッドは皆にそう言った。