プレリュード
一度、大幅に変更しようと想いましたが、細部を変更して再び投稿するだけに至りました。
「嘆きの壁」
そう呼ばれる政治思想の対立の元、独欧瑠国を東西に分かつ、厳しく巨大な壁。
私は今――その上を走っている。
後方には、怒号を上げながら私を追って来る憲兵達。その距離の差は大きいが、さっきからいくつもの爆発音が聞え、その度に私の側を何かが掠めていく。近年ドール国や、その周辺国家「邦州」で巻き起こっている工業革命、その軍需部門の産物である非雷管式のライフルで狙われているんだろう。
所詮、自らの能力を研鑚し様ともせず、ただ怠惰に上官の言いなりとなり、社会主義側から民主主義側へと亡命しようとする市民ばかり撃っている連中の腕なんて暗殺者統括機構の下位三級狙撃手にも劣るけど、昔のように単発で弾が飛んでくるのではなく、連射制度が著しく上昇しているので当たりそうで怖い。
工業革命が起きて、日常生活がしやすくなったのはいいけど、仕事がやりにくくなるのはなぁ・・・・・・。
そう、心の中で溜息をついた私の目に眩い光が差し込み、思わず目を細める。
「見つけたぞ・・・ALICE! 聖独欧瑠国軍クレイ少佐殺害の罪状により貴様を逮捕する。なお、抵抗は無駄だ妙な真似をするようならば討伐する」
やや慣れて来た視界の先、そこには軍刀を腰に差した六人の憲兵が進路を阻むように展開している。その内の一人が出力の強そうな大型の懐中電灯を持ち眼くらましなんだろう、ずっと私の顔に当てつづけてくる。
「ふん、しかし噂のALICEがこんな小娘とはな・・・」
私を見ながら嘲笑を浮かべる彼らを尻目に必死に脳内で情報を整理する。
「嘆きの壁」は、その対立の大きさを表すようにかなりの厚さを持ち、上は人が何人も行き来できる程の横幅を持つ。そして、高さは10メートルを越えており、さすがの私もここから飛び降りたら無事というわけには行かないだろう。
――と、なればこの場を切り抜ける方法はただ一つ。
後ろをちらりと見やるが、だいぶ離しているのか憲兵が追って来る気配はない。私は、まず目の前の彼らを相手にすることにした。
幸い、この憲兵たちは装備しているのは軍刀だけらしいので苦戦することもないだろう。懐から、愛用のナイフを取り出し、構える。
すると、憲兵たちは私が獲物を出したのを見てさらに小馬鹿にするように笑い出した。
「ククク・・・ALICEよ、貴様そのナイフ一つで我々六人を相手にするつもりか?」
にやにやと下卑た表情を浮かべる彼らの言葉に私は何も反応せずただ発する。
「権力を笠に、人民を虐げ悪行を尽くす凡愚なる東の貴族どもに媚び、へつらうあなた達の腐った剣になんて当たるつもりなんてない」
その言葉と同時に憲兵たちの顔から笑いが消え去り、まるで獣のような敵意と殺意が剥き出しになる。
「小娘がぁ、言わせておけば! 総員抜刀、ガキだからといって遠慮はいらねぇ! 全力を持って薄汚いこの暗殺者を始末せよ!!」
隊長らしき男の号令と共に、彼らは明らかに力と虚栄の威厳を誇示するためだけのきらびやかな装飾の施された鞘から、反り返る刃を持った剣を抜き出し、こちらに向けてくる。
「はぁッ!」
彼らのうち、一人が右から軍刀を振り上げ切り込んでくる。
しかし、その太刀筋は遅い。
その憲兵の斬撃は、私が半歩体をずらし空を切り、大振りで隙だらけとなったそいつの後頭部に思いっきりナイフの柄を叩き込む。
「あが!」
獣の如き悲鳴をあげ、昏倒する憲兵。その様子を目の当たりにして一瞬ひるんだ奴に私は瞬時に近づき、腕を掴むのと同時に足を引っ掛け、バランスを崩させ全体重をのせてそいつの頭を地に叩きつける。
「ぐ・・・がっ・・・」
「デ、デルマン!ハイリンヒト! 貴様ぁ!」
瞬時に仲間二人を倒されて、残りの4人の憲兵は軍刀でまるでフェンシングでもするかのように間抜けな格好で私を威嚇する。それに対して私は、何の躊躇もせずにナイフを構えて踏み込み、斜め上に切り上げながら刃と刃をはじき合わせる。
刃の乱舞――私はナイフ一本で4本の軍刀の斬撃の嵐を弾く。金属と金属が激しくぶつかり合い、爆ぜて火花を散らす視界の中、的確に彼らの持つ隙を狙い、纏うローブの懐に縫い付けてある太い「針」を抜き出して、それを投げつける。
その「暗器」に気づき一人は剣戟の嵐から抜け出すが、他の三人は命中した後、一瞬の沈黙の後に針の先に塗りつけてある麻酔薬に中てられその場に崩れいびきを上げ始める。
「ぬ、ぬうううう・・・!」
残った最後の憲兵は喉を鳴らしながら表情を引きつらせている。
「さぁ、残るのはあなただけ」
私はそう言い、ナイフを手で弄びながら彼に近づく。
「く、くそおおおおおおおおおおおおっ!!」
憲兵は雄たけびを上げながら、軍刀を一気に振り下ろしてくる。
私はその斬撃を難なくナイフで受け止め弾き懐に入り、驚愕の表情の憲兵の耳元で呟く。
「オヤスミ・・・」
ナイフをかる方ではない腕ではない、もう片方の手に構える麻酔針を憲兵のがら空きの懐に刺す。
「ぐ、ぐ、げえああああ、あ」
憲兵は、目を見開き苦悶に顔を歪めて倒れる。
「・・・・・・ふぅ」
軽く、溜息をついた後に今しがた倒した憲兵を見やる。大の字に倒れる男の胸には深く、麻酔針が差し込まれていた。
私は、黙ってその憲兵の胸に手を当てる。
そこから伝わってくるはずの鼓動はなく、既に事切れていた。
「殺す、つもりはなかったんだけどな・・・」
そうつぶやいてナイフをしまい、側に有る街灯の方に視線を向ける。
「いるんでしょ、アル。出てきてよ」
すると、街灯の上の景色が歪んだかと思うと、そこから長身痩躯の男が現れた・・・・・・あいかわらずどんな手品を使ってるんだろうなぁ。
「強い麻酔作用をもつ薬が心臓に届けばそりゃ心停止するわなLaiss」
「う〜・・・べつにいいじゃない。仕事自体はきちんと滞りなく済ましたんだから。それよりもさ、ロープか何か貸してよ。早くこの壁降りないと憲兵が追いついちゃう!」
アル・・・Alfred・Roakは、私の言葉に分かった分かったと苦笑しつつワイヤーを投げてくれる。
それは、彼が立っている街灯に結んであり、私はそれを伝い下に下りる。
そして、私に続きアルが西ドールの首都、ベルファリンの市街地の石畳の上に降り立った瞬間、壁の上で憲兵たちの怒声が聞えてた。
「やば!アル、早く逃げよ!!」
「おう。っていうかもう逃げてるけどな」
「あっ!ちょっと、待ってよー!!」
そんな、会話を交わしつつ私たちは深夜のベルファリンの街へと走る。
何人にも姿を見られる事無く。
暗黒に紛れ。
闇に融けつつ。
――――――これは、その小さき双肩に暗殺者という運命を背負い、そしてその双眸に血の宿命を宿した哀しき少女の物語である。