俺と無双と急展開
「ふははははっ、無敵無敵ィッ!」
前方から聞こえてくるのは涼太の声。
無敵無敵ィッ! と、とても楽しそうにしている触手を100℃とすれば、俺を含んだ後ろ三人は熱めの風呂くらいだろうか。それはもうだいぶ温度差があるってことだ。
こう、なんというか……レベル1ばかりのパーティに、レベル99のキャラを入れて無理矢理レベルを上げている時の空しさを感じる。彼らは意思の無いデータの塊だったからこそ耐えられていたんだなぁ。と思うと、ちょっと悪いことをしたかもしれない。今度RPGをやる機会があったとしたら、ゆっくり、じっくりとレベルを上げようとここに誓っておこう。
ようは、ぶっちゃけ面白くない。
だってそうだろう。入り口から少し進んだ辺りでの話しだが、子犬みたいな可愛いコボルトちゃんが出現! 女性陣は撫で撫でしたくてたまらないようだ! という状態異常にかかってしまったと思ったのも束の間、『怪奇触手男の攻撃!クリティカルヒット!コボルトに9999のダメージ!』とか、「エーッ!?」って感じだ。
戦闘に特に興味の無いらしい女性陣はともかく、俺としてはちょっと……いや、だいぶ不満。
そりゃあ命の危険が伴うモノであれば、「先生やっちまってくだせえ!」と言いながら、世の嫌われ度ナンバー1に輝くであろう黒光りする虫のように、凄まじい速度で後ろに引っ込むのは確実ではあるが、ここは危険が無いという事を作った本人が言っていたのだから、そうなれば話は別だ。これでも立派な男の子なわけだし、モンスターを薙ぎ倒してみたいとか、どちらかと言えばこちらが本命だが、女の子――主に春生さんに良い所みせてえ! とか、そういう事を思うのが普通だ。
……デコピン一発で倒せるような雑魚キャラを相手に、良い所を見せられるのか? という疑問はひとまず考えないでおこうと思う。
まぁせっかくのダンジョン探検。リアルなゲームなわけだから、それをぶち壊しのまま進めるのもちょっともったいない。
となれば、する事は一つしかないだろう。
俺は、このリアルRPGのゲームマスターである佐藤に、ちょっとした提案をしてみることにした。
「……なぁ佐藤」
涼太に聞こえないように、小声で何も無い空間へと話しかけた。
一見頭の悪い子に見えてしまうが、俺の頭は悪くない。良いとも言い難いのが悲しい所だが。
ちなみに、このダンジョンの内部であれば、どこでも佐藤とコンタクトを取れるようになっているし、佐藤からは直接目で俺達を見ているように見えているらしい。
この機能は、安全のためというのもあるかもしれないが、どちらかと言えば佐藤が楽しむためのモノだろう。自分の作ったダンジョンを誰かが遊んでいる様子を見れないのでは、作った意味がない。面白さが半減してしまう。苦心して作った罠に引っ掛けた時の『してやったり!』という気持ちは俺もよくわかる。
『……言いたいことは分かるよ、うん。アレは何とかしないとダメだよね』
佐藤からの声がひっそりと聞こえてきた。どうやら佐藤も同様の事を思っていたようで、少しげんなりとしているのが声から伝わってきた。
『ダンジョンの管理人としても、一人……一体?のゲーム好きとしても、ああいうチートは、ちょっとなぁ……って思い、考えた。毒をもって毒を制すというように、触手には触手で行くべきなんじゃないだろうかと』
「……なるほど」
俺はポンと手の平を打ち、理解した。
つまり、変態生物には変態生物を、ということだ。
『というわけで、女の子二人は、ちょっと目をつむってた方が良いよ』
これから起こることは、とてもじゃないが女の子には見せられない。
言ってしまえば、変態生物VS変態生物なだけではあるが、絵面が非常に悪いので、下手をすればトラウマになってしまうかもしれないのだ。
「二人とも、本当に目をつむったほうが良いよ。これから恐ろしい事が起きるから」
「う、うん? よ、よくわからないけど、わかったぁ」
いまいち事態を飲み込めていないらしい春生さんが、相変わらずのほにゃっとした調子で俺の言葉に従ってくれた。よくわかってないけどわかった。というのは何とも変な感じに聞こえるが、素直に目を閉じてくれたので一安心。
一方、美崎さんのほうは既に後ろを向いて耳を塞いでいた。どうやら、これから何が起きるのか理解しているようで、こちらも安心だ。
『では……オープン!』
今までとは打って変わり、涼太に聞こえそうなほどの声量で佐藤はこれから起きる悲劇の開始を宣言した。
そして、声と共に涼太の頭上……つまり天井がカパッと口を開いた。
「あ……? なんだ……?」
突然頭の上で物音がしたため、当たり前のことながら、そちらへと顔を向ける涼太。
そして落ちてくるなぞの物体。
次いで、べちゃっという音。
触手on触手。
「うぐぇ……くさ……っ! なんだ、なんだこれ! って、は、離れねえ! これ吸い付いて離れ……触手!? もしかして触手かコレ!」
臭いと吸い付きで瞬時に気づく辺り、流石下半身に触手を持つ男は違う。
「くそ……っ、離れろっ!」
涼太は自身の二本の腕を使って、何とか頭にへばりついた触手を引き剥がそうとするが、やはり人の力では無理なのか、吸い付かれた頬などが伸びて面白い顔になるばかりで剥がれそうな気配が全く無かった。
「く……っ、おい俺の触手ッ!お前も手伝えよ……! 何でこんな時に限って動かないんだよ……ああもうっ! 瑞樹、助けてくれっ!」
助けを求めようとこちらに向けられた涼太の顔は、半分泣きそうになっていた。ちなみに、顔面に触手が落ちてきたせいで、ヤツの顔は半分程度しか見えなかったが、泣きそうになっているかどうかは半分見えれば十分である。
まあ、泣きそうになるのも無理はない。突然触手が振ってきたのだから、悲鳴をあげなかっただけでも凄すぎるほどだ。それでこそ俺の親友。せめて脳みそを入れ替えてくれればなぁと言われる残念なイケメンだ。
が、仮に大がつくほどの親友だとしても、触手に絡みつかれる触手男を助けたいか?おまけに、その触手は男にだって絡むんだぜ? と聞かれたとしたら、きっと誰しもこういうだろう。
「無理」
短く、それでいて一切の無駄がない返事。
誰しも出来る事と出来ない事がある。
「ひ、ひでえ! 俺たち親友だろ!?」
「ああ、確かに俺達は親友だ。心の友と書いて心友でも間違っちゃいない。そんな親友のピンチなんだ、俺だって助けたい。でも、でもな……一人のゲーマーとしては、協力プレイぶち壊しの無双を許す事も出来ない……っ! ついでにいえば、その絡み合う触手と触手の中に割って入るのはぶっちゃけ怖い!!」
「絡み合う触手と、触手……? ってなんでお前ら絡み合ってんだ! ……おい……コレって、もしかして……」
今、涼太の脳裏には、恐ろしい現実が浮かび上がっているのかもしれない。その証拠に顔が一気に真っ青になり、冷や汗まで垂れてきている。
『そう……その触手は……メスだッ!!』
ゲームマスターたる佐藤から、涼太への死刑宣告。
「めす……メスって、もしかしてアレですか!? 俺をサンドイッチしたまま熱烈にイチャコラしてるんですかコイツラァァァァ!? ちょっと、ちょっと……おい……おいィィィィ!」
俺はそっと目を閉じた。余りにキモイ……酷い光景を、これ以上見ていられなくなったからだ。ああ、我が親友よ、永遠なれ。
『それでは愛の巣へご招待!』
先ほどと同じく、佐藤の声と共にカパッという疑問と共に、ある場所が開いた。
ただし、少しだけ違う点がある。
「へ……うそ、うそだろオイ!」
開いたのは、良太の足元……つまり床だった。
「ちっきしょおおおおおっ! 触手のくせに雌雄あるとかおかしいだろおおおお!」
最もな文句と共に、涼太はどこかへ落ちていった。
「何とかしてほしいとは思ったものの、ちょっとやりすぎだったかもな」
メス触手に襲われるとか、普通だったらトラウマ物だ。
『メスの方はモンスターを置いておく部屋に戻しておいたから大丈夫……なんじゃないかなぁ……たぶん……あとで謝ろうか……』
佐藤もちょっとやりすぎた事を反省しているらしい。
ここから出たら、何か奢ろう。そうしよう。
と、そんな感じで脱落者が出てしまったダンジョン探検隊は、3名での探検を続けることとなった。
ぶっちゃけ、目的地までそんなに遠くないから、ここまできたら最後まで言っちゃった方がいいんじゃね?という佐藤のネタバレが無ければ、今日は帰ろうかとなっていただろう。
その佐藤のネタバレによれば、今回の超簡単ダンジョンの最奥は、女の子が喜びそうな感じにしておいたから、期待してていいよ!とかなんとか。
まあそれはそうだ。女性陣に来てもらったのに、一番奥が怪しげな祭壇になってたりしたら目もあてられない。やだ……なにこれ……となること間違いなし。
とまぁそんなこんなで、俺はリアルなゲームを楽しみながら、女の子二人を守りつつ奥へ奥へと進んでいった。
途中ミミックに食われそうになったり、猫っぽい獣人系モンスターに魅了されてメロメロにされたりと色々あったものの、特に何事も無く最奥に到達してしまった。
短いとはいえ、何か一波乱あるんじゃないかなーなんて、内心ドキドキしてた俺としては、若干残念。でもただの見学でもあるのだから、これで良いといえば良いのかもしれない。ハプニングとか、ピンチとか、そういうのは本番にとっておけば良いのだ。
「綺麗……」
拍子抜けした展開を、これでよかったんだと自分に納得させていた俺の耳に、春生さんの声が聞こえてきた。
キミの方が綺麗だよ。なんて、陳腐な上にくさすぎて、思ったとしてもとてもじゃないが言えないような言葉が俺の脳裏に浮かんでくるが、すぐに頭の隅においやった。良い雰囲気になっていたら危なかったかもしれない。こんな台詞を言ってしまったら、きっと立ち直れないに違いない。こういう台詞が似合う男になってみたいものだ。
「うん……凄いね」
美崎さんも同様に、目の前に広がる光景に圧倒されている。
もちろん俺もそうだ。余計な事を考えまくってはいても、眼前に広がる光景から目を離せないでいる。
例えばの話になるが、ダンジョンの最奥と言って連想されるのは、大抵はボス格のモンスターがいたりとかそういうのだろうけど、今回の見学用のダンジョンは違う。
まずボスなんていない。
その代わりというわけではないが、湖がある。地底湖といえば良いのだろうか。
そして何よりも目を引くのは、一面の透き通った地面や壁。ガラスか水晶かは分からないが、とてつもなく神秘的な光景だ。あちらこちらにゲームか何かに出てくるようなクリスタルっぽい多面体の大きな結晶が生えていたりと、非常に凝った空間になっている。
『ダンジョン踏破おめでとう! こんな風に幻想的、神秘的な部屋だって作れちゃうんだぜーってお試しで作った空間だけど、かなり気合入れて作ったから、喜んでもらえたらうれしいよ!』
自慢げな佐藤の声が頭上から降ってきた。まあ、ここまで凄い空間を作れるなら、自慢げなのも分かる。
「ダンジョンといえばお宝だけど、こういう宝も有りだなぁ……うん。佐藤、今日はありがとう。楽しかった」
前半がちょっとアレだったが、それを含めても楽しいダンジョン探索だった。
俺……というよりは、世界中のゲーマーの憧れであろう、ゲームの中に入り込むような擬似体験型のゲームなんて、ずっと未来の物と思っていた。だから結構感動した。佐藤には本当に感謝してる。ありがとう佐藤。
「わたしも、楽しかったよぉ」
「私も、良い体験が出来ました。ありがとう」
と、女性陣。二人ともにっこりと微笑みながら、天井へと感謝の言葉を述べた。
『いやぁ、そう言ってもらえると作った甲斐があったよ』
女の子に感謝されたからか、それとも自分の作ったダンジョンを楽しいと言ってもらえたからかは分からないが、心底うれしそうに佐藤は言った。
世の中が変テコになったとしても、俺達がまともでいえば何にも変わらない。それどころか、楽しい事がより増えたんじゃないか。そんな気さえする。
最も、それは俺達が比較的まともな姿だから言えることかもしれないけれど。
「それじゃあ、帰ろうか」
ダンジョン最奥、佐藤命名「結晶の間」を時が経つのも忘れてひとしきり見物した俺たちは帰路についた。
帰りは勿論春生さんと……とはいかず、外で待っていた涼太と合流し、四人での帰宅となった。怒っているかと思いきや、意外といつも通りだったことに驚いた。
なぜかと聞いてみたところ――。
「そりゃ、俺も調子にのってやりすぎたけど、あれはないだろっ!って思ってたんだけどな……メス触手が消えてから、俺の触手がどうにも元気無くてなぁ……何か起こる気も失せたというか、可愛そうだなぁとか思った自分が許せないというか……」
と、なにやら複雑な心境らしかった。
言われてみれば、もしも俺の触手が可愛そうだから、メス触手をおれにくれ!とか言ってしまったとしたら、夜な夜なメスの触手と絡み合う毎日が待っているわけだから、上の人としてはかなり微妙な気分だろう。少しではあるが愛着が出てきた下のアレが可愛そうでも、人としては引けない一線だ。
出来れば、触手すら受け入れてくれるツワモノな人間の女の子と幸せになってもらいたい。これは本当にそう思う。
きっと触手物が大好きな女の子だっているはずだ。世の中は広いんだしな。
そうして、ドラゴンなカーチャンとゴブリンなトーチャンという種族格差の激しい両親の待つ家へと到着。すぐに飯を食って歯を磨き、その後はごく一般的な学生らしく部屋でゴロゴロ。適当にゲームをし、飽きたら漫画を読み、そして寝る。
それで俺の一日はお終い。
他に何かが起きるはずもなく、起きればまた非凡で平凡な一日が始まる。
俺が偽天使になる前も、なった後も、大して変わらない毎日の繰り返し。
今日だってそうなる予定だっただろうし、俺もそうなると思っていた。
――ただ、現実は少し違っていた。
普通朝といえば何を連想するか。
知らない天井?
それとも、知らない女が隣で寝ていて、やっちまった……と冷や汗をたらす?
あるいは、知らない世界で幼児化していた?
否、全て否である。
今俺が連想する「朝」は――。
俺を取り囲む大量のモンスター――だ。
お久しぶりです。色々とありまして更新できませんでしたが、ようやく戻ってまいりました。
あまり早い速度での更新は出来ない状態なので、ゆっくりと書いていきたいと思います。
これからもどうぞよろしくっ。
ちなみに、せっかくなのでちょっと空行などを使ってみました。
やはりこっちのが読みやすいのだろうか。