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俺とオーガとおかしな世界  作者: 壬崎菜音@壬生菜
第三章 俺とゴーレム
10/11

俺とオーガとラストダンジョン

「ふははははっ、無敵無敵ィッ!」


 二度目となるダンジョンゴーレムの内部での戦い。

 俺を含める一般人三人は魔王の後ろからついていくだけという簡単なお仕事をするだけなわけだけれど、なんだろう。物凄く既視感を感じる。

 前方からやってくる有象無象のモンスター達をなぎ払う魔王と、それを「ワー、スゴイナー」と見ている俺達。

 でもまぁ、これなら目的の扉までの道中は安心できそうだ。

 何しろ、今回はお遊びじゃないのだから。

 それは、ゴーレムの入り口に着いた段階で、本当に確定してしまった事実だ。





 ダンジョンゴーレムの入り口へと着いた俺達一行を待っていたのは、予想していた人物だった。


「まさか、みんながくるとは思わなかったよ」


 ダンジョンの主であり、ダンジョンそのものである佐藤だ。

 そんな彼は、顔を俯けながら続けて言った。


「入り口を維持しておく事。それ以外何も出来ないんだ。何度も扉を閉めようとしたけれど、駄目だったよ……みんなを巻き込む事になるなんて」

「なに、一度踏破した私がいるのだ、何の問題も無かろうて」


 辛そうに言う佐藤に、魔王はその豊満な胸を張りながら自信に満ちた顔で俺達をぐるりと見回した。

 一度踏破ということはつまり、扉まで行ったことがあるということだろう。

 魔王が弱いなんていうことはありえないだろうから、非常に安全な道中になりそうで一安心だ。


「なら、何も心配は無さそうだな」

「うんうん」


 微かに心配そうな表情をみせていた涼太や春生さんも、魔王の言葉を聞いていくらか安心できたようだ。


「そうも行かないよ。今回は内部のモンスターが違うんだ。作っていないはずのモンスター達が勝手にダンジョンを徘徊し始めてる……奥にはドラゴンだっている。一体どうなってるのか、自分の事なのに訳が分からないよ……」


 佐藤は悔しそうに唇をかみ締め、肩を震わせながら、気を抜くなと俺達に告げた。

 ドラゴン。ドラゴンといえばうちのカーチャンだ。

 あんな規格外が奥にいると佐藤は言った。

 魔王とドラゴン。どちらが強いのか、俺には分からない。

 しかし、彼の言葉を聴いても、魔王はその自信を崩そうとしなかった。


「現在生き残っているドラゴンなぞ、どれも大したことは無い。龍族の最盛期ならばともかくとして、今残っているのはでかいトカゲみたいなものだ。安心しろ」


 魔王曰く、俺のカーチャン=でかいトカゲらしい。

 確かに見た目は丸々と太らせたでかいトカゲのような物ではあるけど、カーチャンのパワーは凄まじかった。

 となると、この魔王は相当強いということになる。


「よし、それじゃあ行くぞお前達」


 相変わらず不安そうにしている佐藤を尻目に、魔王は俺達が動き出すのもまたずにどんどん奥へと進んでいった。




 そして現在に至る。

 ずんずん進んでいく魔王と、置いていかれないように早めのペースで歩く俺達。

 それと、通路に立ちはだかる雑魚。もっとも、雑魚といっても「ただし魔王に限る」という注意文が入ることは間違いない。

 俺達一般人にとっては、触れるな危険という一文が入ることだろう。

 しかし、かれこれ2時間は歩き続けだというのに、一向に目的地に到着出来ない。

 どれだけ進んでも、見えるのは似たような景色ばかりだ。

 石のブロックで作られたらしい通路や、巨大な岩をくりぬいて作られたかのような大部屋。土を掘りぬいただけの道もあったし、休憩してくれと言わんばかりに川が流れる大きな空間。

 だいたいはこのパターンだ。川が池になったり、噴水っぽいのに変わったりとそれくらいはあるが、大した違いじゃない。

 流石に疲れてきた俺達を気遣ったのか、魔王がその歩みを止め、口を開いた。

 

「飽きた」


 気遣ったわけじゃなかったが、一旦休憩できそうな事に俺は大きく息を吐き出し、服が汚れるのも構わずに地面へと腰を下ろした。

 今更どうにもならないことだが、俺だけ寝巻きなのが凄く恥ずかしい。

 魔王は、服を出してやろうかなんて言ってたが、涼太みたいな悪の幹部コスプレをするのは断固として拒否したいところなので、パジャマのままこんなところまできてしまった。


「ふむ……かなり広いな」


 目を閉じ、肩ひざをついた体勢で地面に手を当てる魔王は、そうぼそりと呟いた。

 彼女が地面にあてた手は緑の淡い光を放っている。何かの魔法である事は確実だけれど、当然俺には分からないし、春生さんや涼太も分からないだろう。


「あと、どれくらいかかるんですか?」


 ハンカチを敷き、その上に座っている春生さんが魔王へと今一番俺達が知りたい事を聞いた。

 春生さんも俺と同じようにかなり疲れているのがその表情からも分かる。

 ほとんど平坦な道だったものの、慣れない場所というのはそれだけでも疲れやすいんだなぁと痛感した。


「このままのペースで行けば、おおよそ6時間と言ったところか」


 ふむ、と顎に手を当てながら知りたくなかった恐ろしい事実を軽々と言われた。

 6時間。そう聞いた瞬間、俺は一瞬目の前が真っ暗になった気がした。春生さんや涼太のほうへと目をむけると、二人も俺と同じように思ったのか、げっそりとしている。


「6時間……6時間……ハハッ、6時間だってよ」


 げっそりとしていた涼太が、半分笑いながら口を開いた。

 ああ、お前の気持ちはよく分かる。もう今日はこの辺で野宿にしようぜ! っていう気分だ。


「ったく、ひ弱な奴らだ。ま、私も流石に飽きてきたところだからな。ショートカットしようと軽く調べてみた」

「ショートカット? 近道でもあるんですかぁ?」


 途方に暮れていた俺達に差し込んだ希望の光。それに食いつくように春生さんが反応した。

 っていうか、近道があるなら早く使ってほしかった。


「あるぞ。このダンジョンはバカみたいに広いが、横方向に広いだけだ。つまり、深さはそれほど無いっていうことだな」


 言われてみれば、2時間も階段を降りたのはただの一度も無いし、地面もほぼ平坦だった事を考えれば、ずっと横に移動していただけっていうことになる。


「ってことは、どこかに最下層へ直通出来る道が?」


 俺は期待に満ちた顔で近道を知る唯一の人物に尋ねた。

 それこそ、下駄箱にこっそりラブレターが入っていて、待ち合わせの場所で待つ純情な少年のような顔だったんじゃないかなぁと俺は思う。


「いや、ない」


 現実ってとても悲しい物だよな。

 危うく涙が出そうになってしまった。


「無ければ、作ればいい」


 淡い期待を打ち砕いた主は、そう言った。

 作れば良いって、そんなバカな。シャベルで掘れとでも? と思ったが、よく考えてみれば、それを言った人物ならそんな規格外の事も簡単にやってしまいそうだ。


「まさか、地面を――」

『集え』


 俺の言葉が終わらないうちに、魔王は何かを始めていた。

 右手を中空へとかざしながら、確かに同じ言葉だというのにエコーにも似た不思議な響きの混ざった何かを囁いた。

 その瞬間、かざされた右手へと色のついた小さな光の粒が集まっていく。

 赤と黄色。ホタルが放つ淡い光のような物。

 一秒か二秒か、どれくらいか定かではないが、極々短い時間。魔王は光を手のひらへと集めていき、それはまぶしい光を放つ玉と成った。

 日常とはかけ離れた光景に、続く言葉を紡げずに圧倒されていた俺と、同様に不思議な光景を目の当たりにした科学の住人である春生さんと涼太。二人も口を開いたままただ不可思議な光を見つめ続けていた。


「はっ!」


 そして、魔王である彼女は、その白くなめらかな手を地面へと打ち付けた。

 瞬間、地面が轟音と共に“無くなった”。


「や、やっぱりぃぃぃ!?」


 突然無くなった俺の足元。

 まぁ大体は予想出来た。こうするんじゃないかなぁなんて思ってた。

 けど、魔法っぽい魔法は少し前の緑色以外に見た事などなかったし、つい見惚れてしまった。

 ゆっくりと落下を始める俺達全員。


『風よ』


 さっき地面を無くした時と同じような、不思議な声。

 その声が聞こえた瞬間、落下で感じていた風が少し変わった。

 暖かく、包まれているだけで安心できるような、そんな風だ。

 わずかに恐怖心が安らいだ俺は、ゆっくりと目を開けた。


「わ、わわっ」


 誰かの足が俺の顔の真横にあり、その付け根に白い布が見えた。

 一瞬で何かを察した。アレだ。春生さんのアレに間違いない。

 そして俺は瞬時に脳というハードディスクの容量を限界まで開け、そこに画像ファイルをこれでもかと詰め込む作業に入った。いや、画像ファイルだけじゃだめだ。動画ファイルも一緒じゃなければ男じゃない。そう、これは男のロマン!


「え……? や、やぁっ!」


 手でスカートを押さえつけようとする春生さんと目が合った。そして俺の顔面に向かって飛んでくる何か。

 足だ。

 そういえば、漫画で足が顔面にめり込むようなシーンがあるけど、もしかしたら俺の顔面はまさにそんな感じになっているかもしれない。鼻とかまったいらになっているに違いない。

 女の人に踏んでもらう事に性的な興奮を覚えるヘンタイが世の中にはいるらしいが、俺は彼らの気持ちが今なら少し分かるかもしれない。分かりたくはないが、痛いのが気持ち良いと感じる瞬間が誰にもあるのかもな。

 そんな事を考えながら、俺はとてつもない速度で穴を落っこちて行くのだった。




「ったく、咄嗟に魔法をかけなかったら地面に刺さってたところだ」

「瑞樹くん、だいじょーぶ……?」


 お怒り気味の魔王様と、大事な白い布を見られたというのに、俺の事を気遣ってくれる春生さん。もっとも、当初はかなり怒っていたようだけど、酷い事になってる俺の顔面を見て何度も謝られた。

 いいんだ。お宝を一杯脳のハードディスクに保存できたんだから、対価がこれくらいならいくらでも払うさ! それが男ってもんだよ! とは決して言えない。

 そんなやさしい彼女に蹴られ、落下を制御する魔法をぶっちぎってありえない速度で落っこちる俺を助けてくれた魔王には感謝してもしたりない。おまけに俺の顔を魔法で修復してくれたのもありがたい。俺は脳が痛みを一時的に遮断していたからか、何も感じなかったものの、かなりホラーな事になっていたらしい。

 春生さんの決定的シーンを見るのは、文字通り命がけだ。


「うん、もう大丈夫。それと、ほんとにごめん! 目を閉じてたから、あんな所に春生さんがいるなんて思わなくて、とにかくごめん!」

「わたしのほうこそ、咄嗟に足が出ちゃって……ごめんなさい」


 と、お互い謝りあって無事元通り。となったと思っているのは俺だけじゃないと願うばかりだ。


「で、ここは……?」


 魔王へ顔を向けて尋ねた。

 近くに扉があるわけでもなく、かといって何か凶悪なモンスターがいるわけでもない大きな空間。周囲は一面の石か何かで出来ている。


「ああ、ここは最下層の一つ上。ようは第二階層だ。お前達も落ち着いたようだし、もう一発行くぞ」


 そう言って再び地面を爆破。地面から上へは爆風や衝撃が来ないのを見ると、完全に下だけに力がかかっているのだろう。

 で、俺達はさっきと同じように落下し、同じように魔法でふわりとゆっくり落下をはじめた。


「しっかし、魔法ってすげぇな」


 涼太は目を輝かせながら俺に同意を求めるかのように言ってきた。

 確かに魔法って凄い。同感だ。

 今までに見たのは緑色の光を放つ何かと、地面を爆破するのと落下を制御する魔法だけではあるけど、それだけでも凄まじい事はよくわかってる。


「ああ、ほんと凄い。これって俺達も使えたりしないのかな」


 と涼太に告げつつ、魔王へと目を向ける。

 男なら魔法とか、漫画やアニメに出てくる必殺技なんかにあこがれる時期が大抵あるものなのだ。傘を剣に見立てて振り回したりとか、小さな頃はよくやったものだ。


「無理、だろうな。科学世界と魔法世界じゃ法則が違う。いくら身体が魔法世界のものになっていたとしても、その魂は科学世界の物だ。そのあり方からしてこちらとは異なるだろうさ」


 魔法の王である彼女の言葉ともなれば、間違いない。

 俺と涼太は残念なその言葉にがっくりと肩を落とした。


 そして、ゆっくりと落ちながらも、目的である最下層が微かに見えてきた。

 ゆっくりと、ゆっくりと落ちながら近づいてくる目的の場所。

 ダンジョンゴーレム最下層部。扉と呼ばれる物がある場所。

 科学である俺の世界と、魔法の存在するファンタジーな世界を繋ぐ物。

 世界をおかしくしてしまった原因。

 それは、もうすぐそこに。


『集え、原初の四』


 頭の上で魔王の声が響く。今度はいつもより少し長い不思議な声。

 それほど広くも無い土と岩がむき出しの穴の中が光で満たされた。

 その色は四つ。

 黄、青、赤、緑。

 俺は頭上へと見上げながら、やはりその光に見蕩れた。


「最下層に出たらすぐに防御陣を張る。化け物がいるが、気にするな。ヤツは張った防御陣で隔離する。近くに扉があるから、そこに向かって走れ。いいか、化け物は気にするな。絶対にお前達へ攻撃させない。だから扉を閉じることだけを考えろ」


 魔王の言葉に頷き、俺達は深呼吸を繰り返す。

 覚悟なんて決めなくて良い。ただ耳を塞いで、扉だけを見つめて、真っ直ぐ走っていけば良い。あとは魔王が何とかしてくれる。

 大抵の物語で悪の親玉にされている魔王だっていうのに、いささか凶悪さの欠ける彼女の真意は分からないが、今は信用するしかない。

 正直言えば不安でしょうがないけど、そんなのは我慢だ。

 考えずにただやるべき事に集中するしかないんだ。

 俺はもう一度深呼吸をし、穴の終わりがくるのをただじっと待った。



 そして、穴の終わりがやってきた。

 今まで通ってきた大きな部屋よりも更に巨大な空間。

 部屋と呼んで良いのか疑わしいほどの広すぎるその場所に、アレがいた。

 幻想の生物でも最強を誇るモノ。

 ドラゴン。

 山と形容するのが正しいソレが動けるように、この巨大な空間が用意されたのだと瞬時に納得した。ドラゴンはあまりにも大きすぎた。だから、こんな東京ドーム何個分っていう単位で表記されそうな場所を作ったんだろう。


「黄金の龍……神に根絶やしにされた古代龍の生き残り、か。ふふっ、良いな。実に良いぞ。これくらいのモノは用意してくれなくては、楽しくないものナァッ!」


 キンッ、という甲高い音と共に黄金色の龍を囲むように微かに色のついた透明な円形の何かが現れた。彼女の言っていた防御陣だろう。

 そして、彼女はそのまま形成された防御陣に“突っ込んでいった”。


「私は扉に近づけんからなっ! あとは任せるぞっ!!」


 こちらを振り向きもせず、そのままドラゴンへと突撃をかます魔王を俺達は呆然と見ていることしかできなかった。

 彼女の口ぶりからして、とんでもない龍だということはすぐに分かったが、まさかそれに突っ込んで行くのは予想の範囲外すぎた。


「――ッ!」


 龍の方向と共に、その口腔から眩い光が解き放たれたのが見えた。

 一体どういう力なのかは分からないが、ちっぽけな人間である俺にもわかる。あれは当たったらヤバイ物だ。

 が、ドラゴンへと一直線に突っ込んでいた魔王は身体の向きはそのままに、真横へとすばやくスライドし龍が吐き出した光線を回避。

 そして一気に加速し、龍の横っ面をぶん殴るのが見えた。


「滅茶苦茶だろ……」


 涼太が呆れてため息を吐いた。

 俺達じゃいるだけ無駄な規格外同士の戦い。見てるだけでこっちが疲れてくる。


「っと、よし。俺達も行こう!」


 全員無事に着地し、そのまま扉へと向かって走る。

 扉まではせいぜい200メートル。普通に走ればすぐに到着するような距離だ。

 だが、ここにいるのはドラゴンだけじゃなかった。


「……スケルトンとか、嘘だろ……」


 骨だけなのに何故か動けるファンタジーなモンスター。だいたいの読み物やゲームなんかで出てくるスケルトン。物によって強かったり弱かったり様々だが、俺達みたいな普通の人間を殺すのにはこの程度で十分かもしれない。

 そんなヤツが、俺達と扉の丁度中間程度の所に一体だけいた。

 いや、正確に言えば現れたが正しい。

 俺達が地面につき、扉へと走り出した瞬間にあればどこからともなく沸いたのだ。

 見た目で判断してしまえば、怖いとは思うものの大して強そうではない。が、手加減抜きの本気モードダンジョンにいるスケルトン。その強さは不明だ。下手したら相当強い可能性だってある。

 俺はこういう時こそ彼女の出番だろうと、龍と戦う魔王へと振り返った。


「おらぁッ!」


 今度はドラゴンに蹴りを入れていた。

 魔法の王なら魔法を使えよ。と突っ込みを入れたいがそれどころじゃない。

 何だかんだで魔王が押しているように見えるが、かといってこっちの援護が出来るほど余裕があるようにもみえない。

 手詰まり感がする。


「どうする」


 涼太がスケルトンから目を離さず、俺へと問う。

 アレを倒すか、それとも回避して扉へと向かうか。その二択。


「迂回してみよう。気付かないようならそのまま扉に」

「き、気付かれたら?」


 俺の案が駄目だったときの事を想像したのか、不安そうに春生さんが尋ねてきた。

 それは俺も考えた。

 駄目だった時は、アレだ。


「扉までダッシュ」

「え、えぇーっ? それ解決になってないよぅ……」


 骨に気付かれないようにひっそりとした声で抗議の声をあげられるが、そう言われても思いついたのがこれくらいなのだから仕方が無いのだ。

 このまま待っていて、新しい骨が出てきちゃったら、それこそ本当に詰む。


「いや、魔王が扉に近づけないって言ってた事から考えてみると、むしろ扉の近くのほうが安全だと思うんだ。あそこまで行くことが出来るのが、俺達みたいに精神への影響が無いヤツだけだっていうことは、どうみてもファンタジー一色でしかないスケルトンは接近出来ないはず。ってことは、ここにいるよりマシなんじゃないかな」

「なるほど、確かにな。中身が科学側のヤツなら、急に沸いて出てくるなんてこと出来ないだろうし、魔法側の生き物で確定か」

「ほ、ほんとに?」


 納得する涼太とは反対に、春生さんはいまいち不安なようだ。

 そりゃ、俺だって不安だ。

 もしもあのスケルトンが陸上選手並に足が速かったらとか、普通に扉まで近づいてきちゃったらどうしようとか考えなかったわけじゃない。


「お、おい」


 涼太があわてた様子で俺達に向かって声をかけてきた。

 どうかしたのかと聞く前に、涼太の目が向いている方へと顔を向けると――。


「に、二体目……ッ!?」


 二体目のスケルトンが、俺達の左手方向にいつのまにかいた。

 またどこからともなく出現したらしい。

 おまけに、100メートル程度だった前方のヤツとは違って更にその半分程度という近距離だ。


「い、行こう!」


 俺は春生さんの手をとって、まだ何もいない右手方向へと走り出した。

 大丈夫。まだ気付かれてない。一定範囲に近づかなければ感知されないんだろう。

 もしかしたら、動いた瞬間に気付かれるかとヒヤヒヤした。


 いざという時のために全力では走らず、軽く流し気味のスピードで走る。

 たまに扉へと目を向ける程度で、それ以外は常にくすんだ色をした骨を注視し続けながらも、とにかく走り続けた。


 扉の前方100メートル程度にいるスケルトン。

 距離は十分に離しているが、丁度ヤツと横並びになるような所まで走った時、ついに恐れていた事が起きた。

 それまで微動だにしなかったというのに、俺はアイツと目が合った。

 骨だけである事を感じさせないほど早いスピードで、スケルトンは首をまわし、俺達をその視界におさめたのだ。


「っく、気付かれたッ!」


 二人へとスケルトンに気付かれた事を伝え、走るスピードを上げた。

 カチカチと石と骨がぶつかり合う音を響かせながら、後方からヤツが追いかけてくる音が聞こえてくる。

 ちらちらとスケルトンとの距離をこまめに確認すると、その距離がどんどん縮んでいっているのがはっきりと分かった。

 筋肉なんてないくせに、バカみたいに早い。

 春生さんの手を握った手に、自然と力が入ってしまう。

 怖い。怖くてたまらない。

 怖くて、後ろを振り返れなくなった。もし次振り返った時、目の前にヤツがいたら。

 そう考えるだけで、背筋にゾクリとつめたい物を感じる。

 ほんと、俺は臆病だ。色んな事に対して、ほんとに、イヤになる。


「っきゃっ」


 え? と思うよりも早く、右手の温かい感触が無くなった。

 足を止めて慌てて振り向くと、やはり春生さんが倒れていた。

 おまけに、スケルトンが近い。近すぎる。

 それを視界に納めると同時に、勝手に走りだしていた。

 扉とは逆に、彼女の元へ。

 あんなに怖かったのに、恐怖なんて俺には無かった。

 インタビューで、『身体が勝手に動いて』なんて言っている人がいたが、あれは本当なんだなぁ。本当に、勝手に動くもんなんだな。

 そんな事を考えながら、俺は倒れている春生さんを追い越し、スケルトンへとタックルをかましてやった。


「……つっ!」


 姿勢を出来るだけ低くし、敵の腰を取り体勢を崩すための攻撃。

 それは俺の予想よりも遥かに弱く、ただ敵の足を停止させただけになった。

 それどころか、タックルの衝撃でこっちの肩が痛い。

 俺の希望としては、敵の体勢を崩したらすぐに離れて、春生さんと一緒に走るはずだったのだけど……。

 もうこうなったら――。


「扉頼むぞっ!!」


 どっちでも良い。涼太でも春生さんでも、とにかく扉を閉めてくれれば良い。それで俺達の勝ちだ。

 ああ、でも今考えてみれば、扉を閉めたらどうなるのか聞いていなかったな。

 二つの世界の繋がりが消えてしまうのだから、スケルトンが消えてくれる可能性はあるけど、それと同時に佐藤が普通の人間に戻って、このダンジョンも消滅するかもしれない。いや、でも地面を掘ってダンジョンを作ったとしたら、ここはこのままかも。

 スケルトンに抱きついている恐怖からか、俺の頭の中は今はどうでも良いことで一杯だ。

 それでも、歯を食いしばってすぐにくるであろう衝撃に備えた。

 ドンッ、という衝撃が背中に走り、ついで痛みが来た。

 抱きついている俺にスケルトンが攻撃してきたのだろう。


「ってぇ……っ! でも、アレよりは痛くない……痛くないッ!」


 アレとはつまるところ、春生さんの『背中ビンタで空を飛ぶ事件』だ。

 アレは痛かった。痛いどころじゃなかった。痛すぎて痛みが分からないぐらいに強烈だった。口から内臓という内臓が出てしまうんじゃないかというほどの衝撃だった。

 それに比べれば、カルシウムマンの一撃なんて、実にへっぽこだ。

 そしてもう一撃、ドンッと俺の背中への攻撃。

 まだ大丈夫。まだ耐えられる。

 普段感じた所の無い部分。翼がかなり痛むが、それでもまだ耐えられる。


「カーチャンに吹き飛ばされた時に比べれば、こんなの大したことないねッ!」


 強がりだ。もう泣きたいくらいに痛い。

 ああもう、何でこんなことになってんだよ。

 安心しろっていったくせに、全然駄目駄目じゃねえか、魔王のヤツ。

 心の中で魔王に悪態をつきながら、俺は次の攻撃に備えて歯を食いしばり続けた。



 ほんの数秒の事だが、何かおかしかった。

 確かに数秒でしかない事だけど、スケルトンから攻撃がこない。

 そろそろきてもおかしくないはずだ。そう思いながら歯を食いしばっても、いつまでたっても衝撃がやってこない。

 スケルトンに焦らしプレイをされるなんて流石にイヤだ。


「……だめ」


 俺のすぐ隣から、女の子の声がした。

 暖かくて、いつも俺の事を癒してくれる彼女の声。

 俺はそんな春生さんの声が大好きなのだけれど、今彼女が発した声は、いつもと全く違っていた。

 はっきりと自分の意思を魔王へと伝えた時のとも違う。

 もっと、背筋が寒くなるような、一度として聞いた事のない怒気を孕んだ声だった。


「だめだよ」


 一体何が起こっているのか、スケルトンに抱きついたままの体勢じゃ分からない。

 何で春生さんが俺のすぐ隣にいるのか。なんで俺は攻撃されないのか。


「瑞樹くん。離れて大丈夫だよ」

「え? や、でも……」

「大丈夫」


 彼女に促されて、俺は恐る恐る腰骨へとまわしていた手を離し、スケルトンから離れた。

 そして、驚いた。

 スケルトンは両手をあわせて、俺を打ちつけようとしている体勢で固まっていた。

 なぜなら、その両手を彼女が片手で受け止め、かつ逃がさないように握り締めていたのだから。

 そんなスケルトンは、春生さんの拘束を逃れようと何度も身をよじるが、一向に彼女の手から抜け出す事ができないでいた。

 足を使おうとしないのは、きっとそこまで知能がないのだろう。


「だから、だめだって言ってるよね」


 それは果たしてスケルトンに言った言葉なのか、一人で無茶しようとした俺に向けて放たれた言葉なのか、俺には分からない。

 が、彼女がそういった瞬間に、スケルトンの両手が粉々になったのは見えた。

 つええ……と言うのが俺の素直な感想だ。


「――ッ!」


 カタカタと顎を動かしながら、手が粉砕されたことにより自由になったスケルトンが暴れ始めた。

 流石アンデッドだけあって痛みが無いらしく、動きは全然鈍っていない。

 しかし、横薙ぎに振り払った手のない骨だけの腕は、彼女に当たることはなかった。

 やはり予想通りに知能は相当低いようで、丁度手の部分が当たるように間合いを取っているスケルトンの攻撃は彼女にあたらず、空を切った。

 そして、彼女は拳を腰だめに構え、それを真っ直ぐ前へと突き出した。

 誰が見たって、見よう見まねの正拳突き。

 空手の経験者でなくとも、それがただの拳を前に突き出しただけの物である事がすぐにわかるほど、お粗末なものだった。


「……っ!」


 しかし、そんな適当な攻撃ですら、スケルトンにとっては致命の一撃になった。

 拳の当たった場所は、肋骨がくっついているその中心の部分。

 そこが、たったの一撃で粉々になった。

 粉々、つまりはバラバラだが、今起こったものは違う。

 文字通りの粉々。小麦粉や石灰のように、完全な粉になり、スケルトンの胸部は完全に消滅してしまったのだ。

 常軌を逸した光景に、俺は口を開いたまま固まってしまった。

 力が凄い強いとか、そういうのは分かってたことだけど、まさか彼女がここまでの最強キャラだとは思ってなかった。

 いやしかし、あんな適当パンチでスケルトンが吹き飛ぶだなんて……俺ってもしかしなくても、最弱キャラなのか? スライム以下なのか? ヒノキの棒で叩き潰される程度のキャラなのか?

 何だか男としてはかなり悲しい物があるなぁ……。


「……怖い、よね」


 呆然とした俺に向かって、背を向けたままの彼女が言った。

 自分があんなに痛めつけられたヤツを、一撃で倒す女。そんな自分は、化け物だよねと、彼女はそう言っている。


「……何とも言えない、けど――」


 俺の言葉に、彼女がビクリと反応した。


「怖いっていうよりも、すげぇ! って思った。かっけぇ! って思った。それに春生さんは、俺を全力でぶん殴るような人じゃないしさ……まぁ、なんていうか……俺から春生さんの友達をやめるなんていうことはありえない! っていうか」


 上手く言いたいことが言えないのが、凄くもどかしい。

 でも、振り向いた彼女は、半泣きながらも、すごく良い笑顔だった。


「えへ……よかったぁ……」


 好きな子の涙ってとてつもない破壊力を秘めてる。

 どうにもこうにも、抱きしめたい衝動に駆られてしまうっていうか……。


「はぇっ!? え、ええっ!?」


 そうそう、これは身体が勝手に動きましたっていうヤツだ。

 こんな最強系女の子を守れるヤツに、心底なりたい。

 大好きな女の子を抱きしめながら、俺はそう思った。

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