断罪に失敗した屑騎士の俺、元婚約者の平手打ちで前世を思い出す
初めて短編書いてみました
(いつもどうしてもキャラが勝手に動いて長編になっちゃう…)
楽しんでいただけたら嬉しいです
「お断りいたしますわ、カイル様!」
澄んだ令嬢の声が、華やかな夜会の会場に鈴を鳴らすように響き渡った。
流れる音楽が止まり、貴族たちの視線が一斉に俺に突き刺さった。
目の前で扇を固く握りしめ、氷のような冷たい瞳で俺を睨みつけているのは、元婚約者のクラリッサだ。ケイルモンド伯爵家の跡取り娘である彼女の婿として、俺は迎え入れられるはずだった。
彼女はこれまで、控えめで真面目でこんな風に言い返してなどきたことなどない女だったはずなのに…。
―――こんなにも気の強い女だったか?
三年間彼女をろくに省みず、放置し続けていたからよくわからない。
いや、でも確かに、こいつはいつも何か言いたげな瞳をしていた。だか俺に惚れているから何もいわず従っているものとばかり思い込んでいたんだが。
栗色の髪を結い上げ、落ち着いた青のドレスを纏っている彼女の側には守るように青い瞳の男が立ちふさがっている。
地味な女だとばかり思っていたが、俺の赤い髪と琥珀の瞳とも違う、その男の色を纏ったクラリッサは綺麗だった
それが、ますます俺を苛立たせた。
―――俺の女なのに他の男の色を纏いやがって。
「私と貴方はすでに他人です。婚約は破棄されましたよね。今さらやり直したいですって? 図々しいにも程がございます。だいたい学園に入ってから三年間、貴方は私との交流を蔑ろにするばかりでしたではないですか」
クラリッサはあきれ返ったように言い放つ。
「そんなことはしてない!」
「夜会のエスコートも誕生日の贈り物も放り出しておいて、ですか?」
「それは…王太子の側近として忙しかったから…」
―――そうだ、俺は王太子の護衛を全うしていただけだ!
「まあ、ご冗談を。王太子殿下ではなくリーゼ嬢のお間違えでは?いつも彼女のそばに侍っていたではありませんか。彼女と何度もダンスをして、さらには贈り物までされていましたでしょう」
「拗ねているのか?嫉妬深いのも可愛げがないからやめたほうがいい。意地を張らずに大人しく俺の側に戻ってこい」
余裕ぶったつもりでそう返せば、彼女は「はあ」と大きなため息をつく。そうして側にいた男を制止して前にでてきたと思えば、あろうことか俺を見下したように睨み付けてきた。
その勢いに思わずたじろぐ。
「本当にご自分の都合でしか物事を考えられないのですね。今更貴方にそのような気持ちなと持ち合わせておりませんわ」
「それは…、だけど…、今までおまえ、いや君は何も言わなかったじゃないか!そんなに不満があるなら言えば良かったじゃないか!」
「言えなかったのです。…本当は何度もいいたかった。 婚約者として、もっと私という存在を重んじてほしいと。でもあなたはいつだってリーゼ嬢をばかりを優先していたではないですか。ほんの少し指摘すれば彼女はただの友達だから気にするなって。そんなわけがないでしょう! 」
まくし立てるように俺を非難していた彼女だったが、不意に言葉を区切った。
そして氷のように冷ややかな眼差しで俺を見据え
「挙句、ヴィオレッタ様にあのような愚行に及ぶとは……。ですが、その愚かさのおかげで、貴方の有責として婚約破棄が認められましたわ。…私にとってはもう終わったことです」
と、彼女は一切の感情を排した声で言い放った。
「クラリッサ…」
「もう私とあなたは婚約者でもなんでもありません。名前で呼ぶのはおやめください。ラインハーツ伯爵令息殿。ああ、今はもう令息ではなかったのでしたっけ」
最後の言葉に、カッとなり思わず殴りそうになったが、彼女を護る男が鋭く睨み付けてきた。さらに周囲から浴びせられる侮蔑の視線に気付き、俺は完全に勢いを失くしてしまった。
―――どうして…
どうして、こんなことになったのだろう
***
1か月前、俺たちは王太子殿下を中心に、王太子の婚約者である侯爵令嬢ヴィオレッタ・アシュフォードを断罪しようとした。男爵令嬢のリーゼをいじめた罪で、と。
しかし結果は散々たるものだった。
ヴィオレッタは、あらゆる証拠と証人を用意していた。こちらの告発は一つずつ潰され、逆に殿下の不実と、俺たち側近の婚約者にあてがう費用をリーゼに使い込んだ横領罪が暴かれた。
殿下は王太子から外され、現在は謹慎という名の幽閉中だ。多分今後は別な国へ婿に出されるとの噂だ。
リーゼも修道院に向かわされ、他の側近たちも廃嫡や嫡男から降ろされ領地送りとなっている。もちろんそれぞれの婚約はこちら側の有責で破棄されている。
俺だってクラリッサとは婚約破棄になって、さらには近衛第一騎士団への内定を取り消された。それどころか明日には北の辺境、ブレネン領へ向かわされるのだ。
だからクラリッサと結婚すればあんな田舎の辺境に行かずにすむと思って、夜会に忍び込み、彼女に復縁を頼み込んだ。
その結果が、大声で拒絶されこのざまだ。
―――クソっ、こっちが下手に出てやれば…!!
周囲の注目を集めた上での、この仕打ち。
俺に恥をかかせただけでは飽き足らず、あろうことかもう新しい男を作って寄り添っている。
―――チッ、クラリッサのくせに!生意気な!!
自分の落ち度を棚に上げ、俺は心の中で毒づいた。
だけど、クラリッサのせいだけじゃない。こうなったのは…全部あの女のせいだ。
あいつが…、あの場で大人しく断罪されていればこんなことには…。
「もう、私に金輪際にかかわらないでください!」
「待てって、クラリッサ!」
俺はあわててその場を去ろうとするクラリッサの腕を掴んだ。
瞬間、パァン、と乾いた音が大広間に鳴り響いた。
なんと彼女は怒りの表情で俺に平手打ちをくらわしたのだ。
その痛みのせいか、頭の奥でなにかが弾けた。
四角い光る板。満員の電車。深夜のコンビニ弁当。妹に無理やり押し付けられた乙女ゲーム。
――そこに写っていたのは!
リーゼや、王太子、俺たち側近もいた。
画面の下には『薔薇と王冠のレガリア』の文字が見える。
あれ?俺、転生してないか?
****
広間のざわめきが遠くなる。俺は頬を押さえたまま、呆然と立ち尽くした。
混乱の中、頭の中を知らないはずの記憶が洪水のように流れていく。
思い出した!!
この世界は、あのゲームだ。
妹に散々手伝わされた『薔薇と王冠のレガリア』の世界だ。
ヒロインは男爵令嬢リーゼ。悪役令嬢は侯爵令嬢ヴィオレッタ。
正規ヒーローは王太子殿下とほかの攻略対象はその側近たちで…、そして俺は、攻略対象の一人で騎士のカイル・ラインハーツだ。
ゲームでは確か、ヒロインがその攻略対象のルートに入ると、他の攻略対象は引き立て役に格下げされる。なるほど、ヒロイン(リーゼ)は王太子ルートを選んだのか。
王太子の正規ルートなら断罪は成功し、ヴィオレッタは修道院行きになるはずだった。
ところが現実では、悪役令嬢が返り討ちにしてきた。
いやまてよ?
あのヒロイン、俺のルート攻略時のセリフや行動もしていたぞ?
他の攻略対象に対してもそうだ。
つまり、そういうことか。あいつは逆ハー狙いだったんだ!
俺はがくんと力なく項垂れる。
ばかだ、俺…、なんだって、あんなあざとい行動にコロッといっちゃうなんて…。
あれ?待て待て
あのゲームには逆ハーはなかったはず。だから破綻してこんなことになったのか?
んん?逆ハー?
そういえば、妹があのゲームのファンブックというやつを買ってきて、その中に悪役令嬢が断罪返しをするSSがついてたとかで読まされた記憶があるぞ。ゲームと違って1回しか読んでないから忘れてたわ。そっちではヒロインが逆ハー狙って悪役令嬢にこてんぱにやられるストーリーだった!
そうか、ここはゲーム本編じゃなくて、ファンブックのSS小説の世界なのか!
そしてこのあとの俺の末路も思い出してしまった。
クラリッサとの復縁に失敗した俺は、「こうなったのはヴィオレッタが大人しく断罪されなかったせいだ」と逆恨みする。
それで…夜会の後、帰路につくため庭園を通る彼女を待ち伏せして襲いかかるんだ。
しかし、そこに現れるのが、ヴィオレッタの本命になる予定の男、辺境伯家の次男ジークハルトが都合よくあらわれて、俺はそいつにボコボコにされーの、投獄され―の、辺境どころか鉱山送りになったはずだ。
「…………っ」
悲報、ヒロインどころか悪役令嬢にさえ引き立て役に設定される俺
冗談じゃない。そんな人生はまっぴらごめんだ。
幸い、俺は今ここで前世を思い出した。まだ何もしていない状態だ。
それに今の俺はヴィオレッタ嬢を逆恨みする理由もない。
そもそもヒロインが逆ハー狙いをしたとはいえ、悪いのは完全に断罪仕掛けたこっちだしね。
****
俺はゆっくりと背筋を伸ばし、クラリッサに深々と頭を下げた。
「失礼しました。腕を掴んだことは、お詫びします」
「……え?」
クラリッサが、きょとんと目を丸くした。
さっきまで暴力もいとわず復縁を迫っていた男が突然頭を下げたのだから無理もない。もっと激しく恫喝されると思っていたのだろう。さっきまでの俺なら、間違いなくそうしていた。
キングオブ屑だな、俺。
かよわい淑女になんてことをしようとしてんだ。
「それと、今までのことも申し訳なかった。あなたの言う通りです。不満を言えなかったのではなく、俺が言わせなかった。あなたへの態度もひどかった、です。三年も婚約者としてあるまじき行為をしながら、貴方にひどいことをしていた」
返事はない。周囲のざわめきだけが、遠くで揺れている。
「明日、ブレネン領へむかいます。もう貴方に会うこともないでしょう。…どうかそちらの方とお幸せに」
俺はそのまま踵を返し、会場を出た。
親に黙ってこっそり来ていたので一人歩いて屋敷に帰る。幸い本日の夜会は断罪騒動でラインハーツ伯爵家は欠席していたからこの騒ぎを知られる前に帰宅できる。
もちろんヴィオレッタ嬢を害する気持ちなんてもうない。というか、もう関わりたくない。
明日に備えて大人しく帰って寝よう。
****
夜の道を一人歩きながら、俺は冷静に今後を計算した。
辺境の一兵卒。たしかに左遷だ。
原作ゲームのシナリオ通りだったなら、俺は王宮で近衛騎士として華々しく活躍していたはずだった。世間一般で言えば花形職業というやつだ。
だが、そのぶん周囲からの嫉妬も凄まじかったはずだし、騎士団長の座を巡る熾烈な派閥争いにも巻き込まれていたに違いない。おまけに暗殺対策で寝る間も惜しんで王族を警護するなんて……それなんて地獄?前世の社畜だった俺は今世もブラックなんて嫌だぞ。
確かに辺境は魔物の討伐も、国境の哨戒もある。
けど魔獣がいつも攻めてくるわけではないし、今隣国とは小康状態を保っていて、戦争になることはそうそうないだろう。
はっきりいえば何もトラブルが無いなら、鍛えるのが仕事ってことだ。部屋と賄い付きの。
そうは言っても
常に危険と隣り合わせだよ。魔獣怖いよ。トラブルが全くないなんてことはないのもわかってるよ。
でもさ、正直近衛だって王族の暗殺にいつ巻こまれるか…
万が一王族守り切れなくて奴らになんかあったら、首切り、最悪一族郎党だ。
もしくは奴らの代わりに毒殺なんてこともあるわけで。
怖い怖い怖い。
しかも辺境って近衛より人数が多いぶん夜勤だって交代制でしっかり回るはずだから実は勤務体系が圧倒的にクリーンなんじゃないか?
それに、俺なら小型の魔術くらいなら、簡単に仕留めることができる力はある。
それなら手柄を立てる機会が山ほどあるってことじゃないか。であれば一兵卒からでも、少し頑張れば騎士爵くらいはすぐ手に入るはずだ。
騎士爵でも給料は小さな家が買えてメイドか家政婦を一人か二人は雇えるくらいは貰えると聞いた。しかも退役しても年金がつくとな。
…… それってけっこういい暮らしができるんじゃないか……?
今世ではわからんが前世で言えば立派なゆとりある中級クラスの生活。充分だ。
俺の口角がにんまりと自然にあがる。
そうだよ、今の俺は脳筋で頭を使う仕事なんて向かないし、身体を鍛えるのは好きだ。
日中は汗を流して、夜は仲間たちとワイワイ酒を一杯ひっかけてぐっすり眠る生活。
ちゃんと休みだってある。
「……悪くないな」
声に出して、ちょっと笑ってしまった。
ただ、ひとつだけ引っかかることがある。
ヴィオレッタ嬢だ。
あの断罪の場で、彼女はあまりにも準備が良すぎた。小説よりも狡猾に動いていた。
リーゼの逆ハーは小説通りだったが、ヴィオレッタは攻略対象とのイベントを潰すような動きもしていたし、断罪中はこちらの動きを全部読んでいたかのような態度で、完璧な返り討ちを仕掛けていた。
―――あれは偶然じゃない。もしかしたら彼女も前世持ちなのかもしれない。
だとしたら?
本来の小説で、俺は今夜庭園で彼女を襲う暴漢になるはずだった。
恋の相手の辺境伯次男の登場を飾る踏み台としての役割があった。
だが。そいつがいない。
しかも辺境伯次男って…
俺がこれから行くブレネン領のお坊ちゃまなんて、それなんて言うテンプレ?
ま、だからこそバッティングしないように、俺は鉱山行きになったんだったんだろうけど。
「彼女、どーするんだろうなー」
少しだけ考えて、俺は夜空に目をやった。
「まっ、知―らね。おれにはもう関係ないさ」
***
翌朝、夜明け前に旅立つ。荷物は鞄ひとつだけだ。
両親は俺にすでに見切りをつけていて見送りは年老いた執事のハンスだけだった。
「坊ちゃま、本当によろしいのですか。旦那様たちへのご挨拶もなしに……」
「いいんだよ、ハンス。後でハンスから迷惑かけてばかりでごめんって伝えておいて」
本心だった。
昨夜のクラリッサの見事な平手打ちで前世を思い出したから言えることだ。
いやー、まじであぶなかった。人生詰むとこだったぜ…。
ありがとうクラリッサ。
辻馬車に乗り込む直前、ふと振り返ると近くにあるアシュフォード侯爵家の屋敷が見えた。
今ごろヴィオレッタが小説にはなかったはずの朝を迎えているのだろう。
どんな顔しているのだろうか?少しだけ気になったがその気持ちはすぐ霧散した。
それから、クラリッサの屋敷の方角にも軽く頭を下げた。
「今まで、すみませんでした。幸せになってください」
俺の姿なんて見えやしないだろうけど…さ。
前世を思い出させてくれたお礼と、せめてものお詫びの気持ちだ。
そして、ハンスにひらりと手を振る。
「それじゃ、ハンス。いい年なんだから体に気をつけろよ。じゃあな」
ハンスの瞳にうっすらと涙が浮かんでいたが、俺はそれに気づかないふりをして馬車へと乗り込んだ。
カタトトと音を立てて馬車が動き出す。北へ、辺境へと。
目指すは騎士爵と、小さな家とメイドさん一人だ。
俺の第二の人生は、案外悪くないスタートを切ったんじゃないだろうか。
****
ヴィオレッタ・アシュフォードは、早朝のバルコニーで、一人考えていた。
昨日の夜会。カイルは確実に来ていた。
クラリッサにしつこく言い寄って、騒ぎを起こしていたのを物陰からこっそり確認していたのだもの。
なのに彼は庭園にはやってこなかった。
待てども待てども、夜の庭園は静まり返ったままで、一向に彼が襲いかかってくる気配すらなかった。結局、諦めて帰宅するハメになり、おかげで体が冷えて大変だった。
「……絶対におかしいわ」
彼女付きの侍女が早起きの彼女のためにお茶を入れている。
「お嬢様、何かおっしゃいましたか?」
「あいつ、あの脳筋が来るはずだったのに…」
「…どなたか訪問の予定がございますのでしょうか?」
「いえ、こちらの話よ」
侍女が去った後、ヴィオレッタは部屋で一人小さく呟いた。
「これじゃジークと出会えないじゃない。どうしよう…」
これから現実がどう動いていくのか、もう誰にも分
からなかった。
ヴィオレッタは前世思い出した直後は乙女ゲーム本編だと思い、イベント潰しをしてました。
リーゼが逆ハーの動きをしてからSSのほうだと歓喜しました。そこからは断罪を完璧に返り討ち出来るよう小説以上に証拠を押さえた訳です。
読んでいただきありがとうございます。
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