第七話:肩
投げるやつは、肩が強い。
弓を引くのも、投槍も、結局は肩甲帯だ。
関節が壊れない。腱が切れない。可動域が死なない。
骨密度を上げた今なら、それを受け止められる。
だから次は――肩。
獲物は、岩猿。ストーンバブーン。
石を投げる。
当てる。
そして群れで笑う。
遠距離同士の戦いになる。
ボクの方が細い。軽い。脆い。
正面から撃ち合えば負ける。
だから、混乱を使う。
夜明け前。女神教の野営地が騒がしかった。
遠くからでも分かる。
松明の数が増えて、足音が多い。
怒鳴り声が飛ぶ。
ボクは風下の藪から、会話だけ拾った。
「まただ!」
「声だ、声! 人の声で呼ぶ!」
「見張りが一人消えた。血だけ残ってる!」
偽人狼。
声を真似して、人を釣って、喰うやつ。
野営地の周りでやり始めたらしい。
神官の声が混ざる。
「恐れるな。美を崩すものは、必ず形を失う」
「今は監視ではない。捕捉し、排除する」
兵が返す。
「でも“声”が……」
「声は嘘だ。目で見ろ。紋章を見ろ。女神の印に従え」
……なるほど。対処も美しい。
でも今、あいつらはそっちに忙しい。
ボクの影を気にしてる暇はない。
なら、狩りに行ける。
岩猿の縄張りは、崖沿いの石場だ。
転がった岩、倒木、岩棚。射線が切れる場所が多い。
群れがいる。
だから一匹だけ引き剥がす必要がある。
ボクは塩を撒いた。
線じゃない。点。
岩猿が舐めに来るような位置に、薄く置く。
獣は塩に弱い。猿も例外じゃない。
あとは待つ。
来た。
若い個体。体格が小さく、肩がまだ尖っている。
でも投げる動きが軽い。反応も速い。
狙うなら、あれ。
ボクは岩棚の上、矢を番えた。
麻痺針じゃない。今日は“止める”矢だ。
木の矢でもいい。狙いは脚。
――すぅ。
放つ。
矢が猿の脛に刺さった。
岩猿が甲高く叫び、跳ねる。
次の瞬間、石が飛んできた。
速い。
弓より遅い。でも重い。
ボクは足首で踏ん張って横へ跳んだ。
石が岩棚を砕き、欠片が頬を掠める。
……当たったら終わりだな。
岩猿はもう一つ石を拾った。
肩が回る。肘が伸びる。手首がしなる。
投げる動作が“完成”してる。
ボクは多重処理を回す。
片方で猿の肩の軌道を読む。
もう片方で自分の退路と遮蔽物を選ぶ。
二投目。
石が飛ぶ。
ボクは遮蔽物の影へ滑り込み、視線を切った。
石が木に当たって爆ぜる。
岩猿が笑うみたいに鳴いた。
群れが反応する前に仕留めないと――終わる。
だから、罠。
ボクは前日に仕込んでおいた細縄を引いた。
岩棚の縁に積んでおいた小石の山が崩れる。
ざらざら、と音が落ちる。
落石じゃない。
威力はない。
でも視界と足場を荒らすには十分。
岩猿が一瞬ひるむ。
その一瞬で、ボクは矢を二本続けて撃った。
一本目、膝。
二本目、足首。
動きが乱れる。
跳躍が鈍る。
そこへ、最後の一手。
麻痺針。
ぷす。
肩じゃない。喉でもない。
投げ腕の前腕に刺す。握力を落とす。
岩猿の指が開き、石が落ちた。
「……よし」
群れの方から鳴き声が増える。
来る。仲間を呼ぶ。
時間がない。
ボクは岩陰を使って距離を詰め、岩猿に飛びかかった。
噛みつく場所は決めてある。
肩。
肩甲骨の縁。関節の周り。腱の集まるところ。
投げる生き物の“核”。
硬い筋。熱い血。
味より先に、動きの設計が入ってくる。
『――モンスター情報収集率、27%』
いい。伸びる。
狙いが正しい。
ボクは肩周りだけを食った。
筋肉を避けて、腱と関節包を中心に。
取れる情報の密度が違う。
『――モンスター情報収集率、59%』
『――モンスター情報収集率、83%』
群れの気配が近い。
石が転がる音。枝が折れる音。複数。
もう一口。
『――モンスター情報収集率100%になりました。どの部位を反映しますか?』
選択肢。
『肩甲帯:可動域』
『腱束:強度』
『投擲動作:運動パターン』
ここは欲張る。
ボクは遠距離で生きる。
なら“動き”そのものが欲しい。
「肩甲帯」
『選択を受け付けました。選択項目:肩甲帯:可動域。変換反映を開始します』
肩の奥が、滑った。
骨と骨の間に、余裕が生まれる。
引っかかりが消える。
腕を回したときの“詰まり”がなくなる。
次に、腱が張る感覚。
関節が抜けないよう、内側から締まる。
……気持ち悪いほど、動かしやすい。
ボクは腕を一度回した。
軽い。
弓を引いたときの肩の痛みが、確かに減っている。
『所有能力:投擲適性(初期)』
おまけまで来た。
「……最高」
群れが見えた。岩猿が三匹。
こっちを見て、石を拾っている。
正面からは無理。
ボクは撤退した。
足首が岩を掴み、骨が支える。
肩が自由に動くから、走りながら弓も構えられる。
森へ戻り、息を整えた。
帰り道で、灯りが見えた。
女神教の捜索隊。
木々の隙間から見える白ローブと、松明の列。
距離は近い。近すぎる。
このままだと鉢合わせる。
ボクは身を伏せ――
その瞬間、遠くで声が上がった。
「たすけて!」
女の声。
次に男の声。
同じ場所から、同じ距離で。
捜索隊が止まった。
「……今のだ」
「来たぞ」
「包囲!」
神官が冷たく言う。
「声に釣られるな。印を見ろ。隊列を崩すな」
「だが――追う。今夜で終わらせる」
捜索隊は、ボクの方じゃなく声の方へ走った。
……助かった。
ボクは息を殺したまま、影の中で聞いていた。
偽人狼が、彼らを引っ張っている。
そしてボクは、その隙間で強くなる。
美を守る世界の、狭い秩序。
その外側で、ボクは全部を奪う。
次は――喉だ。
言葉を“理解”するだけじゃ足りない。
言葉で騙して、言葉で殺せるようになる。




