表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
女神の視界に入らないので、霧の鉱山で命令を奪って生き延びます  作者: いねむず
始まり

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

9/24

第七話:肩


投げるやつは、肩が強い。


弓を引くのも、投槍も、結局は肩甲帯だ。

関節が壊れない。腱が切れない。可動域が死なない。

骨密度を上げた今なら、それを受け止められる。


だから次は――肩。


獲物は、岩猿。ストーンバブーン。


石を投げる。

当てる。

そして群れで笑う。


遠距離同士の戦いになる。

ボクの方が細い。軽い。脆い。

正面から撃ち合えば負ける。


だから、混乱を使う。


夜明け前。女神教の野営地が騒がしかった。


遠くからでも分かる。

松明の数が増えて、足音が多い。

怒鳴り声が飛ぶ。


ボクは風下の藪から、会話だけ拾った。


「まただ!」

「声だ、声! 人の声で呼ぶ!」

「見張りが一人消えた。血だけ残ってる!」


偽人狼。


声を真似して、人を釣って、喰うやつ。

野営地の周りでやり始めたらしい。


神官の声が混ざる。


「恐れるな。美を崩すものは、必ず形を失う」

「今は監視ではない。捕捉し、排除する」


兵が返す。


「でも“声”が……」

「声は嘘だ。目で見ろ。紋章を見ろ。女神の印に従え」


……なるほど。対処も美しい。


でも今、あいつらはそっちに忙しい。

ボクの影を気にしてる暇はない。


なら、狩りに行ける。


岩猿の縄張りは、崖沿いの石場だ。

転がった岩、倒木、岩棚。射線が切れる場所が多い。


群れがいる。

だから一匹だけ引き剥がす必要がある。


ボクは塩を撒いた。


線じゃない。点。

岩猿が舐めに来るような位置に、薄く置く。

獣は塩に弱い。猿も例外じゃない。


あとは待つ。


来た。


若い個体。体格が小さく、肩がまだ尖っている。

でも投げる動きが軽い。反応も速い。


狙うなら、あれ。


ボクは岩棚の上、矢を番えた。

麻痺針じゃない。今日は“止める”矢だ。

木の矢でもいい。狙いは脚。


――すぅ。

放つ。


矢が猿の脛に刺さった。

岩猿が甲高く叫び、跳ねる。


次の瞬間、石が飛んできた。


速い。

弓より遅い。でも重い。


ボクは足首で踏ん張って横へ跳んだ。

石が岩棚を砕き、欠片が頬を掠める。


……当たったら終わりだな。


岩猿はもう一つ石を拾った。

肩が回る。肘が伸びる。手首がしなる。

投げる動作が“完成”してる。


ボクは多重処理を回す。


片方で猿の肩の軌道を読む。

もう片方で自分の退路と遮蔽物を選ぶ。


二投目。

石が飛ぶ。


ボクは遮蔽物の影へ滑り込み、視線を切った。

石が木に当たって爆ぜる。


岩猿が笑うみたいに鳴いた。

群れが反応する前に仕留めないと――終わる。


だから、罠。


ボクは前日に仕込んでおいた細縄を引いた。

岩棚の縁に積んでおいた小石の山が崩れる。


ざらざら、と音が落ちる。


落石じゃない。

威力はない。

でも視界と足場を荒らすには十分。


岩猿が一瞬ひるむ。

その一瞬で、ボクは矢を二本続けて撃った。


一本目、膝。

二本目、足首。


動きが乱れる。

跳躍が鈍る。


そこへ、最後の一手。


麻痺針。


ぷす。


肩じゃない。喉でもない。

投げ腕の前腕に刺す。握力を落とす。


岩猿の指が開き、石が落ちた。


「……よし」


群れの方から鳴き声が増える。

来る。仲間を呼ぶ。


時間がない。


ボクは岩陰を使って距離を詰め、岩猿に飛びかかった。

噛みつく場所は決めてある。


肩。


肩甲骨の縁。関節の周り。腱の集まるところ。

投げる生き物の“核”。


硬い筋。熱い血。

味より先に、動きの設計が入ってくる。


『――モンスター情報収集率、27%』


いい。伸びる。

狙いが正しい。


ボクは肩周りだけを食った。

筋肉を避けて、腱と関節包を中心に。

取れる情報の密度が違う。


『――モンスター情報収集率、59%』

『――モンスター情報収集率、83%』


群れの気配が近い。

石が転がる音。枝が折れる音。複数。


もう一口。


『――モンスター情報収集率100%になりました。どの部位を反映しますか?』


選択肢。


『肩甲帯:可動域』

『腱束:強度』

『投擲動作:運動パターン』


ここは欲張る。


ボクは遠距離で生きる。

なら“動き”そのものが欲しい。


「肩甲帯」


『選択を受け付けました。選択項目:肩甲帯:可動域。変換反映を開始します』


肩の奥が、滑った。


骨と骨の間に、余裕が生まれる。

引っかかりが消える。

腕を回したときの“詰まり”がなくなる。


次に、腱が張る感覚。

関節が抜けないよう、内側から締まる。


……気持ち悪いほど、動かしやすい。


ボクは腕を一度回した。

軽い。

弓を引いたときの肩の痛みが、確かに減っている。


『所有能力:投擲適性(初期)』


おまけまで来た。


「……最高」


群れが見えた。岩猿が三匹。

こっちを見て、石を拾っている。


正面からは無理。


ボクは撤退した。

足首が岩を掴み、骨が支える。

肩が自由に動くから、走りながら弓も構えられる。


森へ戻り、息を整えた。


帰り道で、灯りが見えた。


女神教の捜索隊。


木々の隙間から見える白ローブと、松明の列。

距離は近い。近すぎる。

このままだと鉢合わせる。


ボクは身を伏せ――


その瞬間、遠くで声が上がった。


「たすけて!」

女の声。

次に男の声。

同じ場所から、同じ距離で。


捜索隊が止まった。


「……今のだ」

「来たぞ」

「包囲!」


神官が冷たく言う。


「声に釣られるな。印を見ろ。隊列を崩すな」

「だが――追う。今夜で終わらせる」


捜索隊は、ボクの方じゃなく声の方へ走った。


……助かった。


ボクは息を殺したまま、影の中で聞いていた。


偽人狼が、彼らを引っ張っている。

そしてボクは、その隙間で強くなる。


美を守る世界の、狭い秩序。

その外側で、ボクは全部を奪う。


次は――喉だ。


言葉を“理解”するだけじゃ足りない。

言葉で騙して、言葉で殺せるようになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ