第六話:骨
骨が弱いと、全部が遅い。
走っても、止まっても、撃っても。
最後に壊れるのは骨だ。
足首は強くなった。
多重処理で同時に考えられる。
手もある。
なのに――身体が追いつかない。
遠距離主体で生きるなら、距離を取るだけじゃ足りない。
逃げるために踏ん張る。
撃つために耐える。
背負うために持つ。
その全部の土台が、骨。
だから次は、骨密度。
狙うのは――オーガの幼体。
人型で、骨格が近い。
しかも密度が異常。
同じ“関節”でも、こいつらは壊れにくい。
ただし、時間制限がある。
幼体がいる場所には、親がいる。
巣は岩場の裂け目にあった。
獣臭が濃い。土が掘り返されている。
骨が転がっている。人の骨も混じっていた。
ボクは巣穴を覗かない。
覗いた瞬間に終わる。
狙うのは“餌場に出てくる瞬間”。
幼体は空腹に勝てない。
親は警戒に勝てない。
その隙間だけが、ボクの勝てる場所だ。
岩棚の上、射線が通る場所に陣取る。
逃げ道は三つ作った。
塩の線で境界も引いた。足跡の攪乱用。
罠は二つ。
一つ目は、足を取る蔓ロープ。
二つ目は、倒木の落とし。支え棒を抜けば落ちる重し。
“止める”ための罠。
“殺す”ための罠じゃない。
骨が欲しい。
砕いたら意味がない。
来た。
重い足音。
でも親じゃない。軽い。速い。雑。
幼体。
岩陰から顔を出した。
背はボクの二倍近い。腕が太い。頭がでかい。
それでいて目が幼い。落ち着きがない。
腹が鳴ってるのか、口を開けてよだれを垂らしている。
……かわいそう?
そんな感情は要らない。
ボクは弓を引いた。
矢はまだ弱い。強弓じゃない。
だから狙うのは骨じゃない。
膝の裏。腱。筋。
動きを殺す場所。
――すぅ。
放つ。
矢が刺さっても、幼体は止まらない。
咆哮して、岩場を走り出した。
速い。
体格のわりに速い。
ボクは二本目を撃つ。
肩。腕を落とす。
当たった。
でもまだ止まらない。
「……こいつ、硬いな」
次の瞬間、幼体の足がロープに掛かった。
ぐん、と引かれて転ぶ。
体重で岩が鳴る。小石が跳ねる。
幼体が暴れてロープを引きちぎろうとする。
蔓が軋む。時間が短い。
ここで倒木だ。
ボクは支え棒に結んだ細縄を引いた。
棒が抜ける。
どすん。
倒木が落ちて、幼体の腰から下を押さえ込んだ。
完全には潰れない。
でも動けない。暴れるほど岩が削れる。
……よし。
問題は、ここから。
こんな音を出したら、親が来る。
時間がない。
ボクは岩棚を降りた。
足首が岩を掴み、身体が止まる。
転ばない。それでも心臓がうるさい。
近づくと、幼体が手を伸ばしてきた。
爪が太い。握られたら骨が折れる。
ボクは距離を詰めず、麻痺針を吹いた。
首じゃない。肩と腕。動きだけ止める。
ぷす。
ぷす。
痙攣が入る。掴む手が鈍る。
よし、今だ。
ボクは幼体の腕に噛みついた。
肉じゃない。
骨に近い場所。肘。前腕。
歯が硬い骨膜を擦る感触。
……硬い。
でも鉄の胃袋が、受け止める。
骨を“食う”って、気持ち悪い。
味がない。粉っぽい。冷たい。
それでも、悪食は反応した。
『――モンスター情報収集率、19%』
上がりが遅い。
当然だ。骨は食いにくい。量もいる。
ボクは多重処理を回した。
片方で食う位置を選び、
片方で周囲の音を聞く。
風。葉擦れ。
……遠くの、重い足音。
来る。
親だ。
ボクは食う速度を上げた。
肉を避け、骨膜と骨の情報を優先する。
硬い部分ほど“密度”がある。
肋骨。鎖骨。肩甲骨の縁。
砕けやすいところは避け、削り取れるところを狙う。
『――モンスター情報収集率、42%』
『――モンスター情報収集率、63%』
親の足音が近い。
地面が揺れる。空気が圧になる。
幼体が喉を鳴らした。
痛みと怒りと恐怖の音。
……鳴くな。呼ぶな。
ボクは無理やり顎を開き、骨片を飲み込んだ。
眠気が一瞬差す。
鉄の胃袋の副作用。胃が働きすぎる。
でも止まれない。
『――モンスター情報収集率、81%』
あと少し。
親の影が、岩の向こうに落ちた。
臭いが来る。汗と血と土。でかい。
時間切れが見えた。
ボクは最後の手段に切り替えた。
“濃い場所”だけを食う。
関節の端。骨が厚いところ。
成長線が詰まってる場所。
密度が違う。
顎が痛い。歯が削れる感覚がする。
でも食う。
『――モンスター情報収集率、100%になりました。どの部位を反映しますか?』
来た。
選択肢。
『骨格:骨密度(全身)』
『関節:肩』
『関節:股・膝』
今はこれだ。
「骨密度」
『選択を受け付けました。選択項目:骨密度(全身)。変換反映を開始します』
身体の奥が、きしんだ。
骨が――重くなる。
重いのに、動きは鈍らない。
むしろ、芯が通る。
皮膚の内側で、骨が太くなる感覚。
関節の噛み合わせが、ほんの少しだけ安定する。
“壊れにくい”という確信が、体の内側にできる。
『注意:体重増加が発生します』
『注意:消費カロリーが増加します』
「……最高」
代償も納得できる。
強さってのは、重い。
その瞬間、咆哮。
親オーガが岩陰から現れた。
でかい。幼体の倍以上。
皮膚が厚い。骨の上に肉が乗って、鎧みたいだ。
目が、ボクを捉えた。
――殺意。
ボクは幼体から離れた。
倒木もロープもそのまま捨てる。回収は無理。
逃げる。
足首が岩を掴む。
骨が芯になる。
転ばない。折れない。踏み抜かない。
親の一歩が地面を割る。
でもボクは、逃げ切れる距離を知っている。
多重処理で、片方が最短を選び、
片方が背後の殺意を数える。
岩棚へ。狭道へ。
親が通れない場所へ。
最後に振り返ると、親オーガは幼体の方へ向かっていた。
暴れる倒木を引き剥がし、唸り声を上げる。
……助けるんだ。親は。
それが普通の世界の“秩序”。
ボクの世界には関係ない。
ボクは森へ消えた。
骨が強くなった。
これで次は、肩だ。
強い弓を引くための“関節”を、奪いに行く。




