第十八話:回収屋
金属片が、鳴った。
ちりん。
鈴じゃない。廃鉄の欠片。
なのに、その音はやけに澄んで聞こえた。
夜。霧。坑道。
音は武器になる。敵にも味方にも。
ボクは火を落として、息を止めた。
質感擬態で岩肌に寄せる。
動かない。見えない。
――来る。
鎧が擦れる音。
骨が鳴る音。
足並みの揃った、乾いた行進。
回収屋。
古戦場のアンデッド。
落ちた鉄を拾い、武具を集め、隊列で運ぶやつら。
個は弱い。けど、規律がある。
規律があるアンデッドは、厄介だ。
霧の向こう、白い影が三つ現れた。
頭蓋。肋骨。剣。
鎧は朽ちて、布は残っていない。
それでも動きが揃っている。
先頭が止まり、左右が同時に散る。
通路の角を“挟む”動き。
……やっぱり賢い。
ボクは弓を握った。
矢じりは鉄。今日が初陣。
ただし、食わない。
アンデッドの情報を悪食で集めるのは危険だ。
腐敗じゃなく、“死”そのものが混ざる。
胃で処理できても、脳が処理できるとは限らない。
今回は狩りじゃない。防衛だ。
回収屋が床を探るように動いた。
落ちた鉄くずを拾う仕草。
手は骨なのに、指の動きが細かい。
その指が、ボクの落とした罠用フックに触れた。
ちり、と音がした。
隊列が一斉に止まる。
首が同時に回る。
空洞の眼窩が、坑道をなぞる。
視線が“面”で動く。
生き物みたいに一点を見ない。
だから潜伏が効きにくい。
――なら、地形だ。
ボクはわざと、通れる道を一つにしている。
罠のない道。逃げ道じゃない。誘導路。
回収屋は迷わずそこへ入った。
規律があるから、最短で動く。
最短で動くなら、最短を殺せる。
一体目が“線”を踏んだ。
細縄。足元の高さに張ったやつ。
踏むと引っ張られて、横の積み石が崩れる。
ざらっ。
石が落ちて、骨の足を叩いた。
折れる。脛骨が砕ける。
でも倒れない。痛みがないから。
代わりに、隊列が崩れた。
二体目がぶつかる。三体目が止まる。
規律が一瞬だけ乱れる。
その一瞬で十分。
ボクはリカーブ弓を引いた。
背筋が支え、肩が回り、照準が揺れない。
狙うのは頭じゃない。
骨は壊れても動く。
壊すべきは“繋がり”。
骨盤。背骨の付け根。
胴と脚を切り離せば、這うしかなくなる。
――すぅ。
放つ。
鉄矢じりが、乾いた音で刺さった。
骨が割れる感触が、手に返ってくる。
回収屋が崩れた。
上半身が落ち、脚だけが数歩動いて止まる。
……効く。
木の矢じりじゃこうはいかない。
文明は、やっぱり強い。
二本目。
今度は二体目の肩。武器腕。
剣を振られると面倒だ。
矢が肩甲骨を割って、腕が落ちた。
剣が床に転がる。
三体目が動く。
こいつが隊長格か、判断が速い。
仲間の回収を優先した。倒れた骨を引きずろうとする。
――回収屋らしい。
でもその動作は遅い。
持ち上げるには筋肉がない。関節の摩擦だけで動いている。
ボクは矢を番え直す。
その瞬間、坑道の奥から音が増えた。
さら、さら。
骨が擦れる。鎧が鳴る。
……追加。
数で来る。規律で来る。
それがこいつらの本体。
このまま撃ち合えば、矢が先に尽きる。
ボクは戦い方を切り替えた。
“倒す”じゃない。
“通さない”。
ボクは誘導路を捨て、側坑へ滑り込んだ。
狭い。人間なら肩がつかえる。オーガなら入れない。
ボクは入れる。
質感擬態で壁に寄せる。
動かない。
回収屋の隊列が誘導路を進む。
足音が規則的に響く。止まらない。
先頭が倒れた仲間を見つけ、手順通りに回収を始めた。
拾う。積む。運ぶ。
その動作に入った瞬間、さらに罠。
床の一部に撒いた砂鉄と油。
滑る。足が取られる。
骨が転がって隊列が崩れる。
規律があるほど、崩れた時の損が大きい。
そこへ、落盤誘導。
支え棒を削って弱くしておいた場所。
振動が続けば勝手に落ちる。
ごと……ごと……
天井の小石が落ち、次に大きな石が落ちた。
通路が塞がる。
回収屋の隊列が止まった。
初めて“迷う”。
回収すべきものが通れない。
でも命令がない。
誰も叫ばない。誰も指示しない。
規律の限界。
ボクは側坑の影で息を吐いた。
勝ったわけじゃない。
ただ、今夜は通さなかった。
朝。
落盤の前に、鉄くずが残っていた。
回収しきれなかった分だ。
隊列は引いたらしい。霧の向こうに音がない。
ボクはそれを拾った。
そして、倒れていた骨の一部を見下ろす。
食わない。
でも観察はする。
骨の表面に、焼けたような刻印があった。
軍の紋章。古い戦の印。
……こいつらは、ただの魔物じゃない。
誰かの規律が、死んでも残っている。
ボクは鉄くずを袋に詰めながら、次の手を考えた。
この拠点は、守れる。
罠と鉄がある限り。
でも“霧の主”は、まだ顔を見せていない。
回収屋は手先だ。隊列は末端だ。
本体が来たら、話が変わる。
だから今は――もっと強くなる。
鉄を増やす。罠を増やす。
そして、言葉を増やす。
次に来る相手には、
「待て」だけじゃ足りない。




