第十七話:鉄
夜中、霧の向こうで音がする。
鎧が擦れる音。
骨が鳴る音。
歩幅が揃った、行進の音。
見に行かない。
見に行ったら、死ぬ。
でも朝になると、落ちている。
錆びた鉄くず。
欠けた刃。潰れた鎖。割れた矢尻。
古戦場が吐き出した残骸を、アンデッドが運び、途中で落としていったみたいな量。
……素材が勝手に来る。
ボクはそれを拾い集めた。
手袋代わりに布を巻き、錆で指を切らないように。
文明の布が、もう役に立ってる。
錆びてても鉄は鉄だ。
不純物は落とせる。
形は作り直せる。
必要なのは――火と炭と炉。
まず木炭。
坑道の奥、換気穴のある場所を選ぶ。
煙が外へ抜ける場所。霧に混ざれば目立ちにくい。
木を短く割り、積む。
その上から粘土と湿った土で覆う。
空気穴を小さく一つだけ残す。
火を入れる。
燃やすんじゃない。
酸素を絞って“炭にする”。
穴から出る煙が、白から青に変わったら合図。
匂いが甘くなり、炎が落ち着く。
数時間。
鉄の胃袋があっても眠い。
ここで寝たら終わりだから、半擬態で岩肌に寄せて“起きたまま休む”。
煙が止まった。
覆いを崩すと、黒い塊が出てくる。
軽い。硬い。指で叩くと乾いた音。
木炭、完成。
ここからが本番。
簡易たたら――というより、ブルーム炉。
粘土を練る。
砂と灰を混ぜて、割れにくくする。
水を足し、指で押して形を作る。
円筒。
腰の高さくらい。内径は両手が入る程度。
下に小さな穴。ここがスラグ(不純物の溶け)を抜く口。
横に穴。送風口。
送風は、ふいごが理想。
でも今はない。
だから竹筒。
竹を二本、差し込む。片方は空気を送る口、片方は逆流防止の予備。
接続部は粘土で固める。隙間があると温度が上がらない。
炉の内側を乾かす。
急ぐと割れる。
割れたら全部やり直し。
ここは焦らない。
焚き火で周囲を温め、じわじわ水分を飛ばす。
粘土が白くなって、表面が硬くなったら準備完了。
次は原料。
鉄鉱石じゃない。
錆びた鉄くず。
そのままだと酸化鉄が多い。
でも逆に言えば、還元しやすい。
ボクは鉄くずを叩いて薄くした。
石の上で、小石をハンマーにする。
脆い錆が落ち、粉になる。
粉は捨てない。
粉も酸化鉄。炉に入れれば戻せる。
サイズを揃える。
小さすぎると燃え尽きる。大きすぎると溶けきらない。
指の第一関節くらいに砕く。
そして木炭も砕く。
豆粒〜爪くらいの粒に。
大きいと空気が通らない。細かすぎると詰まる。
装填は層。
炉の底に木炭。
火種を入れて着火。
炎が安定したら、送風を開始。
竹筒で息を吹き込む。
一定のリズム。強すぎると灰が舞う。弱すぎると温度が上がらない。
息が続かない?
だから多重処理を使う。
片方で呼吸のリズムを保ち、
片方で炉の色を見る。
炉の中が赤から橙へ。
橙から白っぽくなり始めたら、温度が乗ってきた。
ここで鉄くずを入れる。
木炭→鉄→木炭→鉄。
層を重ねる。
木炭は燃料であり、還元剤。
酸素を奪って、鉄に戻す。
炉の音が変わる。
ごう、ごう、と低くなる。
熱が顔に刺さる。
汗が出る。皮膚が乾く。
質感擬態の副作用がここで来る。
肌がぱりぱりする。
でも止めない。
止めたら温度が落ちる。失敗する。
送風。
追加装填。
送風。
追加装填。
数十分。体感では永遠。
炉の下の口から、黒い液が垂れた。
スラグ。溶けた不純物。
成功してる。
スラグが出るほど、鉄は炉の中でまとまり始める。
頃合いを見て、送風を止める。
炉を壊す。
再利用? まだ早い。
炉は消耗品だ。まずは鉄を取る。
粘土を割ると、中央に黒い塊が見えた。
スポンジみたいな鉄。穴だらけ。スラグが混ざっている。
ブルーム(鉄塊)。
これを叩いて締める。
ボクは鉄塊を火に戻し、赤くなるまで温めた。
火床は木炭。熱が集中する。
赤くなったら取り出す。
石の上へ。
石で叩く。何度も叩く。
ぐしゃ、という変な感触。
鉄なのに柔らかい。穴が潰れていく。スラグが絞り出される。
黒い汁が飛ぶ。
臭い。金属の臭い。
叩く。折り返す。叩く。
熱が落ちたらまた火へ。
赤くして、また叩く。
この繰り返しで、鉄が“鉄”になる。
形を作る。
まず矢じり。
薄く伸ばした鉄を小さく切る。
刃先を三角に整える。
根元に切れ込みを入れて、木の矢柄に噛ませる形。
まだ鋼じゃない。硬さは足りない。
でも木や骨の矢じりとは比べ物にならない。
次に針。
細く伸ばす。
熱して引き延ばし、冷やして締める。
先端を尖らせる。反対側に穴は――無理に開けない。今は溝でいい。
糸を絡めて使える。
罠用のフックも作る。
曲げるだけ。だけど金属の曲げは信用できる。
最後に、小刀の刃。
奪った小刀は便利だが、刃はいつか欠ける。
今のうちに“替え”を作る。
鉄を薄く伸ばし、刃の形にする。
研ぐのは後。まず形。
焼き入れは、まだ浅く。
水に突っ込むと割れる。
油焼き入れは可能だが、油は貴重。
今は完全な鋼は目指さない。
だから“ならし”。
赤くして、空冷。
それを数回。
内部の応力を減らして、折れにくくする。
研ぎは石でやる。
廃坑の壁から取れる硬い石。
粗研ぎ→中研ぎ→仕上げ。
刃が光る。
矢じりが尖る。
針が刺さる。
文明が、形になった。
「……最高」
防衛も整える。
坑道の入口には、金属片を糸で吊った。
鈴の代わり。触れれば鳴る。
霧沼の縁には、細縄を張る。
踏めば水面が揺れる。揺れで分かる。
見えないエリアを、“聞こえるエリア”にする。
夜。
また、行進の音がした。
鎧が擦れる。
骨が鳴る。
霧の向こうを、何かが通る。
今夜は落とし物が増えるかもしれない。
ボクは弓を手に取った。
木の矢柄に、鉄の矢じり。
重みが違う。空気を割る予感がする。
……ただし。
誰かが落とすということは、
誰かが拾いに来るということでもある。
霧の向こうで、金属が擦れた。
落とすだけの死体じゃない。
動く死体がいる。
次は――この霧の主と、話をすることになる。




