第十六話:霧の鉱山(新拠点
森を捨てる。
捨てなきゃ死ぬ。
女神の視界が整えられた場所で、ボクは長くは呼吸できない。
だから移す。拠点ごと。
追跡は切る。
言葉で止める。音で惑わす。形で消える。
全部揃った今なら、できる。
追っ手の気配は、背中に残っていた。
松明の匂い。鉄の音。
擬態蜥蜴の“鼻が空を切る”気配。
あいつらは諦めない。
ボクは沢に入って匂いを流し、泥に潜って輪郭を潰し、霧の濃い谷へ降りた。
霧は冷たい。湿っている。視界が死ぬ。
でもボクは見える。
質感擬態で“霧に濡れた岩”になる。
動かなければ消える。
動くなら霧の中で動く。
遠くで声。
「……待て!」
兵の声色。
真似だ。ボクの“待て”の模倣。
ウィッチコボルトが生きている証拠でもある。
笑える。
奪った武器が、もう世界に拡散している。
ボクは返さない。
返したら位置が割れる。
霧の中を、さらに下へ。
谷の底に、黒い口があった。
廃坑の入口。
崩れた木枠。錆びたレール。
奥から冷気が吹く。
匂いが違う。土と鉄と塩。
そして――古い血。
ここは古戦場に繋がっている。
鉱山の上で戦があって、死体が落ちて、埋まって、掘り返されている。
女神が嫌う匂いだ。
“美しくないもの”が濃い場所。
だからこそ、監視が薄い。
手を出しにくい。
浄化が必要になるから、手間がかかる。
……最高じゃん。
ボクは坑道に入った。
暗い。
でも完全な闇じゃない。
壁の鉱石が微かに光を返す。
足音が響く。
だから歩き方を変える。足裏を滑らせる。止まる。進む。
背筋が支えて、体重移動が静かになる。
少し進むと分かれ道。
換気穴。落盤した側坑。
逃走路が多い。
拠点に向いている。
さらに奥へ行くと、霧が“内側”にも溜まっていた。
坑道の一部が崩れて、地下水が溜まり、沼になっている。
そこから霧が湧く。
湿気で音が死ぬ。匂いが散る。
見えないエリア。
女神の視界が整っても、霧は整わない。
輪郭を拒む。
ボクはそこで、腰を下ろした。
荷を下ろす。
塩。布。油。刃物。
鹿肉の乾物。骨。
ここからまた始められる。
霧の向こうで、何かが鳴いた。
獣じゃない。
人でもない。
骨が擦れるみたいな音。
古戦場の地は、死が濃い。
死が濃い場所には、死に近いものが寄る。
……次の狩り場は、ここだ。
女神の目が届きにくい霧の鉱山で、
ボクはまた、奪って強くなる。
そしていつか――
女神の“美しい視界”そのものを、壊す。




