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女神の視界に入らないので、霧の鉱山で命令を奪って生き延びます  作者: いねむず
始まり

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14/24

幕間:女神


祈りは、届く。


届くからこそ、この世界の信仰は宗教じゃない。

手続きだ。


山際の監視所。夜更け。

神官は身を清め、白い布を敷き、銀の紋章を中央に置いた。

指先に油を垂らし、火を灯す。


炎は揺れず、真っ直ぐ立った。


「女神よ。報告があります」


声は震えていない。

震えを許されない立場だ。


「監視対象区域にて、異常を確認。モンスターの行動が“学習”しています」

「罠の配置、誘導、撤退。戦術が存在します」


紋章の銀が、静かに光った。

火の色が白に変わる。


そして“声”が降りた。


「かわいそうに」


慈愛の響き。

子を憐れむ母の声。

聞くだけで膝が折れそうになる、美しい声。


だが、内容は違った。


「秩序の外で、形が育ってしまったのね」

「あなたの報告は正しいわ。よく見ている」


神官は息を呑む。褒め言葉は蜜だ。

女神の蜜は、信徒を溶かす。


「では、女神よ。討伐の許可を――」


「まだよ」


即答だった。優しいのに冷たい。


「あなたは“形”だけを見ている」

「私は“美”を見る」


神官の喉が鳴った。


「……美、ですか」


女神は嬉しそうに言った。


「ええ。美しいものは守られるべき」

「醜いものは、矯正されるべき」

「矯正できないものは……最初から無かったことに」


その言い方が、あまりにも滑らかで、息が詰まる。

殺意を包む布が、上等すぎる。


神官が慎重に言葉を選ぶ。


「しかし、報告では――その存在は“認識しづらい”」

「夜間、声、罠……こちらの観測が乱されます」


女神の声が、一瞬だけ低くなった。


「乱される?」


そこだけ、感情が出た。

苛立ち。

自分の視界にノイズが混ざることへの、純粋な嫌悪。


「……おかしいわね」


女神は、穏やかに続けた。

穏やかだからこそ、異常だった。


「私は醜いものを見落とさない」

「醜さは、世界にとって傷なのだから」


神官の背に冷汗が滲む。

女神は“見えていない”のに、見えていると言い張っている。


神官は理解した。

女神の視界には、フィルタがある。


“美しいもの”だけが像を結び、

それ以外は、意味のない揺らぎとして処理される。


だから見えない。

見えないものは、存在しない。

存在しないものは、誤り。


女神は、その誤りを許せない。


「……女神よ。では、どうすれば」


女神は微笑む声で言った。


「視界を整えましょう」

「美の輪郭を、もっと強く」


火が、白く燃え上がった。


神官の頬が熱くなる。

目が痛い。

けれど視界が澄む。世界が“美しく”なる。


同時に、神官の頭に数が流れた。


「監視対象区域:美的逸脱率、上昇」

「醜形の出生率、僅増」

「夜間活動個体、増加」


女神は優しく言った。


「あなたが疲れる前に、間引いてしまいましょうね」

「矯正が追いつかないなら、削るしかないでしょう?」


神官は唇を噛んだ。

それは“守護”ではない。

“調整”だ。


けれど神官は逆らえない。

逆らった瞬間、自分が美から外れる。


「……承知しました」


女神は満足そうに囁いた。


「いい子」

「美しくありなさい」


炎が元の色に戻る。

銀の紋章は、何事もなかったように沈黙した。


神官は額を床につけたまま、しばらく動けなかった。


女神は慈愛深い。

だからこそ、世界を“自分好み”に整えずにはいられない。


見えないものを、許せない。


そして今夜、女神は決めた。


森の“醜い揺らぎ”を――

もっと見えないようにするのではなく、

もっと確実に、消すと。

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