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女神の視界に入らないので、霧の鉱山で命令を奪って生き延びます  作者: いねむず
始まり

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11/24

第九話:偽人狼(ウィッチコボルト)


声は嘘だ。


それを知ってるのに、脳が反射する。

「助けて」に足が動きかける。

「こっち」に首が回りかける。


だから、戦う場所を選ぶ。


ボクの罠域。

ボクの射線。

ボクの逃げ道。


ウィッチコボルトを狩るなら、そこ以外はない。


夜。森の端で声がした。


「……たすけて」


女。

掠れてる。弱い。

でも息が乱れていない。


次に男。


「こっちだ……はやく……」


同じ距離、同じ高さ。

同じ“口”。


ボクは呼吸を止め、耳を捨てた。


代わりに足裏を見る。

地面の固さ。葉の沈み方。

小石の転がり。


多重処理を回す。


片方で罠の位置。

片方で接近経路の予測。


声は右から聞こえる。

でも葉が揺れたのは左。

踏圧が来たのも左。


――左が本物。


ボクは影の中でリカーブ弓を引いた。

狙うのは喉じゃない。脚。


放つ。


矢が闇を切り、鈍い音がした。

何かが跳ねた。


次の瞬間、声が“背後”から聞こえた。


「……いた」


低い男の声。すぐ耳元。

反射で背筋が冷える。


でも、足元の音は前方だ。背後じゃない。

声だけが回り込んでる。


腹話術。反射。地形利用。

人間に近い嘘。


ウィッチコボルトは賢い。

だからこそ、罠に落ちる。


ボクは後退するふりをして、意図的に“通路”を作った。

倒木の間。岩の割れ目。

逃げやすく見える一本道。


そこが、誘導路。


影が見えた。


小柄な人型。尖った耳。灰色の毛。

コボルトに見える。

でも目の動きが、人のそれだ。


ウィッチコボルト。


口元が不自然に湿っている。

声を作るために、口腔を酷使してる感じ。


そいつは笑った。


「お前……わかる、な?」


共通語。

発音は少し歪んでる。

でも意味は通る。


ボクは返さない。返せない。

理解だけして、黙る。


その沈黙に、ウィッチコボルトは一瞬だけ眉を動かした。

“喋れない”と読んだのが分かる。


次の瞬間、影が増えた。


ウィッチ。

簡易幻術。


森の闇に、同じシルエットが二つ、三つ。

どれが本体か、輪郭だけがズレて重なる。


視覚が崩れる。

距離が揺れる。


……嫌らしい。


でもボクには、多重処理がある。


片方で幻を“無視”して足元だけ取る。

もう片方で本体の癖を探す。


影は増えても、踏圧は一つ。

葉の沈みは一箇所。

呼吸音も一つ。


本体は、中央の影。


ボクは弓を引いた。

狙うのは肩。投擲とナイフを封じる。


放つ。


矢が刺さり、ウィッチコボルトが呻いた。

幻が一瞬薄くなる。


痛みで集中が切れた。


「……っ」


ウィッチコボルトは声を変えた。


「たすけて、たすけて!」


今度は子供の声。

必死の泣き声。


森の奥で、別の声が返す。

人間だ。


「誰だ!」

「そこにいるのか!」

「待て!」


女神教の捜索隊。

近い。思ったより近い。


三つ巴が、もう始まってる。


ウィッチコボルトは笑った。

人間を呼び寄せ、混乱の中で逃げるつもりだ。


……いい。呼べ。


ここはボクの罠域だ。


ウィッチコボルトが誘導路へ走った。

脚を撃たれたのに速い。痛みを無視してる。


ボクは追わない。

先回りする。


多重処理の片側で罠の順番を再生し、

もう片側で人間の足音の距離を測る。


ウィッチコボルトが滑り泥に入った。


ずるっ。


足が取られ、体勢が崩れる。

そこへ蔓ロープが跳ねた。


がしっ。


足首が取られ、転倒。

ウィッチコボルトが地面を叩く。


叫び声が出る。

声が割れる。喉が擦れている。


……壊すな。まだ壊すな。


ボクは矢を構えたまま近づき、ネットを投げた。

枝と蔓で組んだ重しネット。


ばさっ。


被さる。動きが鈍る。

ウィッチコボルトが牙を剥き、腕を振り回す。


ボクは麻痺針を吹いた。

狙うのは腕。肩。喉じゃない。


ぷす。

ぷす。


痙攣。指が開く。抵抗が落ちる。


捕まえた。


人間の声が近い。


「足跡がある!」

「こっちだ!」

「声が――」


神官の声が混ざる。


「声に釣られるな。隊列を維持しろ」

「紋章を見ろ。美の秩序を守れ」


……来る。


ボクはウィッチコボルトの頭を押さえつけ、口元へ噛みついた。

狙いは“喉の中心”じゃない。

声帯そのものを潰すと素材が死ぬ。


だから、周辺を食う。


舌根。喉の軟骨。共鳴に必要な肉の形。

声を作る“器”の情報。


悪食が反応する。


『――モンスター情報収集率、34%』


ウィッチコボルトが呻く。

喉が鳴る。唾が溜まる。

でも声は出ない。麻痺で口が動かない。


ボクは短く、必要な分だけ食った。


『――モンスター情報収集率、68%』


足音がさらに近い。松明の光が木々に揺れる。


急げ。


ボクは喉元の左右、軟骨の縁を重点的に削った。

形の情報。振動の情報。呼気の抜け方。


『――モンスター情報収集率、100%になりました。どの部位を反映しますか?』


選択肢。


『発声器官:声帯(模倣)』

『口腔:共鳴(腹話術)』

『舌根:発音補助』


今は、声の核。


「声帯」


『選択を受け付けました。選択項目:声帯(模倣)。変換反映を開始します』


喉の奥が、ぞわ、と震えた。


痛みじゃない。

違和感。

空気の通り道が、少しだけ変わる感覚。


声を作る“ひだ”が、内側に増える。

振動の幅が広がる。

呼気が勝手に整う。


――でも、まだ喋れない。


口も舌も、形が足りない。

発話は先。理解の次。


それでいい。段階がある。


『所有能力:音色模倣(初期)』


来た。


“喋る”じゃない。

“音を真似る”。


発話への足場。


松明が見えた。


ボクはウィッチコボルトを解放した。

ネットを切り、ロープを外す。


殺さない。


殺したら、終わる。

因縁も、混乱も、全部ここで終わる。

それはもったいない。


ウィッチコボルトは咳き込み、よろめきながら森へ消えた。

喉を押さえている。

声が出ない。

でも生きている。


ボクは逆方向へ滑り込む。

塩の境界を越え、足跡を消すように迂回する。


女神教の捜索隊が、罠域に踏み込んだ。


「……血だ」

「ここで争った痕跡がある」

「罠……? 誰が?」


神官が低く言った。


「モンスターではない」

「この罠の配置は、意図がある」


兵が息を呑む。


「じゃあ……人間か?」

「いや。こんな森で、こんなやり方――」


神官は結論を急がなかった。


「監視対象は一つではない」

「森に、“学ぶもの”がいる」


その言葉を、ボクは影の中で聞いていた。


理解できる。

そして今度は、音を真似られる。


まだ言葉にはならない。

でも――近づいている。


女神の秩序が張り巡らす監視の中で、

ボクは、さらに静かに進化した。

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