第八話:強弓
強い弓は、強い身体を要求する。
弓身が折れないこと。
弦が切れないこと。
そして何より――引く肩が壊れないこと。
骨密度。
肩甲帯。
ここまで揃えて、ようやく“武器が身体に追いつく”。
ボクは拠点に戻り、材料を並べた。
硬い木。真っ直ぐな芯。
曲げても戻るやつ。山の梓に近い。
それと、腱。
岩猿の肩を食ったとき、少しだけ現物も削いで持ち帰っていた。
情報じゃない。素材としての腱束。
乾かせば、弓に使える。
弦は仮でいい。
山羊の腱を細く裂いて撚る。
足首を奪った相手の残り物を、今さら役に立てる。
――これがボクのやり方だ。
奪って、使い切る。
作業は二本の意識で回す。
片方で削る。
もう片方で警戒する。
多重処理があると、クラフトが“止まらない”。
耳を閉じずに手が動く。
手を止めずに森を読む。
まず弓身。
木を削って平らにし、厚みを残す場所を決める。
握りの部分だけ太く、両端は薄く。
ただの棒じゃない。“曲がり方”を仕込む。
次に、反り。
リカーブ。
両端を反らせる。弦を掛けたときにさらに反るようにする。
その分、反動も威力も上がる。
普通の人間なら、ここで終わる。
曲げた木は割れる。戻らない。歪む。
でも、ボクは急がない。
石を温め、布を湿らせる。
蒸気を当てて、木の繊維を柔らかくする。
ゆっくり曲げて、縄で固定する。
固定しながら、頭の片側が計算する。
どの角度で、どれだけ反るか。
どこが薄すぎると割れるか。
弦を張ったとき、どこに負荷が集まるか。
もう片側は、森の音を聞いている。
遠くの梟。
風。
……人間の声は、今日は聞こえない。
少しだけ安心して、作業を進めた。
反りを作ったら、背を補強する。
腱束を薄く伸ばし、弓の背に貼る。
植物の樹脂と蜜を混ぜた即席の接着剤。
乾けば硬い。湿気には弱いが、今はいい。
腱が貼られると、弓身の“戻る力”が増える。
割れにくくなる。
同時に、ボクの胸の奥が少しだけ熱くなった。
……悪食のせいだ。
食った記憶が、手の動きに混ざる。
岩猿の肩の設計図が、“作る動作”を補助する。
ボクは笑った。
「道具も、肉体も、全部同じだな」
組み上げて、反映して、維持する。
奪って、繋いで、使う。
最後に弦。
腱を撚る。
撚りながら、張力を均一にする。
五本指が役に立つ。結びが早い。締めが利く。
弦を掛ける瞬間が、一番怖い。
失敗すれば弓身が割れる。
割れた木片が刺さる。目が終わる。手が終わる。
この世界は、ミスを許さない。
ボクは姿勢を低くし、弓を膝で固定した。
足首が岩を掴み、身体がブレない。
弦を掛ける。
ぎり、と木が鳴った。
一瞬、脳が「割れる」と言った。
でも割れない。
骨が芯になる。
肩が自由に動く。
手がしっかり保持する。
――完成。
リカーブ弓。
小ぶりだが、反りが強い。
弦は太く、張りがある。
持った瞬間に分かる。
前の弱弓とは別物だ。
試射。
的は岩。
離れた岩肌に、乾いた木片を刺して目印にする。
ボクは弓を引いた。
肩が回る。
詰まらない。引っかからない。
骨が耐える。関節が抜けない。
弦が耳元で鳴る。
――放つ。
矢が飛んだ。
速い。音が違う。空気を切る音が短い。
岩に当たった。
カン、と乾いた音。
矢尻が――刺さっていた。
浅い。だが、刺さっている。
今までなら弾かれて終わっていたはずだ。
硬い相手に届く“速度”が、初めて出た。
ボクはもう一本撃つ。
次は角度を変える。反動を吸収するよう肩を落とす。
当たる。刺さる。
「……最高」
ようやく遠距離が“武器”になった。
吹き矢は静かで便利だ。
でも致命が遅い。大型には足りない。
この弓なら、戦い方が変わる。
夜。
遠くで、声がした。
「たすけて」
女の声。
次に男の声。
同じ距離、同じ高さ。
偽人狼はまだいる。
しかも女神教は、まだ追っている。
言語理解があるから分かる。
あれは“誘導”だ。人間同士をぶつけるための。
今までなら、関係ないと切り捨てて終わりだった。
でも今は違う。
女神教が動けば、森のルールが変わる。
討伐が増えれば、狩り場が荒れる。
ボクの成長ルートにも影響が出る。
――三つ巴になる。
ボクは弓を撫でた。
反りの強い弓身が、暗闇でも形を保っている。
準備はできた。
次は、喉。
言葉を理解するだけじゃ足りない。
言葉を“使う”ための器官を、奪う。




