始まり
父は有名な俳優だった。
母も、名前を言えば誰でも知ってる女優。
姉はモデル。雑誌の表紙を飾って、街の広告にもいる。
弟は学年一のイケメン。どこに行っても、勝手に人が寄ってくるタイプ。
――で、ボク。
家族写真の中で、ボクだけが浮いていた。
同じ遺伝子のはずなのに、顔の配置がずれてる。輪郭が鈍い。目が小さい。鼻が妙に目立つ。
「似てないね」って言葉が、最初は冗談みたいに投げられて。
いつの間にか、確定事項になった。
親戚の集まりは地獄だった。
褒め言葉が飛び交う中、ボクにだけ空白ができる。
「……あら、元気そうね」
それだけ。
目線が一瞬だけ、すぐ逸れる。
触れちゃいけないものを見るみたいな速さで。
テレビに出る父の顔を見て、クラスメイトが言う。
「お前の親父、マジでかっこいいよな」
次に、ボクの顔を見る。
「……なんで?」
悪意はなくても、答えは同じだ。
“異物”。
家の中だって安全じゃない。
母は悪い人じゃなかった。たぶん。
でも、鏡の前に立つたび、ため息が混じった。
「もう少し……ね」
「髪型変えたら?」
「姿勢。背中、丸い」
アドバイスの形をした矯正。
ボクを“正しい形”に近づける作業。
姉は優しかった。
優しいからこそ、残酷だった。
「大丈夫だよ。今はね。ほら、化粧覚えれば変わるし」
今は、って何。
未来では“許される”って意味?
弟は無邪気だった。
無邪気だから、最悪だった。
「ねえ、なんで俺と似てないの?」
「拾ってきたの?」
笑いながら、刺してくる。
ボクは笑った。
笑うしかなかった。
だって、怒ったら“醜い”が増える。
泣いたら“みっともない”が加算される。
黙ったら“陰気”が貼られる。
詰んでた。
学校でも、席替えがあるたびに答え合わせが入る。
隣になったやつが一瞬、顔をこわばらせる。
女子がヒソヒソする。男子が小声で笑う。
「キモ」
「無理」
「近寄んな」
言われ続けると、脳が学習する。
“ボクは醜い”。
それが前提で、世界が動く。
そのうち、ボクの中にも女神が住みついた。
他人の顔を評価して、序列をつけて、ボクを最下段に固定する女神。
鏡を見るたび、判定が下る。
減点。減点。減点。
救済措置はない。
頑張っても、努力しても、覆らない。
覆らないから、別のことを学んだ。
期待しない。
信じない。
先に諦めて、先に笑う。
そうすれば、傷は浅くなる。
少なくとも、浅い“ふり”はできる。
ある日、父がテレビ局に呼ばれていく背中を見た。
母は撮影へ。姉はランウェイ。弟はデート。
家にはボクだけが残った。
テーブルの上に、雑誌。
表紙は姉。
その隣の広告に父と母。
別ページに弟みたいな顔の新人俳優。
全部、“美しいもの”でできてる世界。
ボクは笑った。
「……そりゃ、ボクはいらないよね」
その言葉は、冗談じゃなかった。
ボク自身に刷り込むための呪文だった。
いらないなら。
捨てるなら。
最初から、捨てられる側のルールで生きればいい。
そう決めた。
そして――死んだ。
事故だったか、自分で選んだか。もうどうでもいい。
大事なのは、次に目を開けた場所が“もっと正直な世界”だったこと。
醜いものは、死ぬ。
当たり前の世界で。
ボクは、やっと息ができる気がした。




