お爺様が繋いでくれた縁
「どうかした?」
「あの……この国では、十代の半ばでもお店を持てるのでしょうか?」
おそるおそる尋ねた私に、きょとんとした顔をする三樹様。
すると、お盆に小鉢を乗せた亀さんが通りざまに、
「わかりますよー。三樹さん、若くみえますもんね」
深い同意だけ言い置いて去ってしまった亀さんに、三樹様が「ああ、そういう」と気が付いたようにして、
「今年で三十八になりました」
「三十八……っ! 失礼しました。私、てっきり同じ二十の半ばかと……!」
「この国の人は、世界的にみても若く見られがちだから。それに、日本酒には美肌や疲労回復の効果があるとも言われているし、常日頃からよく飲む私にはその効果が人よりも顕著に出ているんじゃないかな」
たぶん、というか、確実にそれだけではない理由がありそうなものだけれど。
三樹様自身がそう考えているのなら、そうと受け取るべきよね。
私が「お話を遮ってしまってすみません」謝罪すると、三樹様は「いーえ。では、ロイドさんの話に戻そうか」と穏やかなまま、
「ひとまず席にお通ししたら、ロイドさんが色々と尋ねてくれてね。妙に思いながら店の説明をしたら、自分は別の世界の住人で、"魔道具"という奇跡のような力を使ってここに来たんだって説明してくれて。信じがたい話だったけれど、嘘をついているように見えなかったし、店内の品々に興味津々な様子がなんだか面白くて」
(その時のお爺様の姿が目に浮かぶようだわ)
「で、今日みたいに日本酒と刺身をお出ししたんだ。そしたら、たいそう気に入ってくれて。通いたいのだけれど、今のままだと次に扉を開いたらどこに繋がるかわからないから、必ずこの店に繋がるよう"道"を作りたいって言ってくれてね。それで、"契約魔法"ってやつを結んだんだよ」
「えっ!? こ、怖くはありませんでしたか? 初対面の相手と"契約魔法"だなんて……」
「ふふ、私も好奇心が強い性質なんだよね」
いたずらっぽく口角を吊り上げて、三樹様はお客様の対応をされている亀さんへと視線を遣り、
「それからロイドさんはちょくちょく来てくれていたんだけれど、ある時からパタリと音沙汰がなくなっちゃって。"契約魔法"って言ってたけど、こちらから連絡をとる手段もないし……亀さんがウチで働き始めたのはその後だから、ロイドさんのことは私しか知らないんだ」
慈愛の色を灯した茶褐色の瞳が、私に向く。
「いつか自分の子孫が何もわからずにやってくるかもしれないから、その時はよろしく頼んだって言われてたんだ。だからリアナさんを見て、ピンときたんだよね。またこうして素敵なご縁に恵まれて、嬉しく思います」
ふわりと笑む三樹様に、悟る。
お爺様はこの店だけじゃなくて、三樹様にまた会いたくて"契約魔法"を結ぶと決めたのね。
「……私も、優しい方々に迎え入れていただけて、本当に幸運だと感じています。私を"異質"として恐れる場所でしたら、こうして美味しいお酒とお食事を知ることも、こんなにも心地いい喜びに満たされることもなかったでしょうから」
ありがとうございます、三樹様。
そう礼を告げた私に、三樹様はどこか躊躇うようにして視線を泳がせる。
「どうかされましたか?」
「その……踏み込んだ質問になってしまうのだけれど、やっぱり気になってしまって……。ロイドさんって、今は……?」
慎重に言葉を発する三樹様の、不安気な眉間を見てはっと察する。
私は慌てて両手を振り、
「お元気です! お父様に何度もそろそろ落ち着いてほしいと頼み込まれているのですが、今でも"魔道具"と聞いてはふらりと他国に渡ってしまうほどです」
「あー、良かった! そっかそっか、お元気そうで安心した」
ほっと胸をなでおろす三樹様に、微かな疑問が湧いて来る。
お爺様は、いったいどうしてこのお店に来るのをやめてしまったのかしら。
「お話し中、失礼しますね。リアナさん、こちらをどうぞ」
亀さんが横から手を伸ばして置いてくれたのは、ほこほことした湯気のあがる緑色の液体。
入れられた陶器の形状と、深みのある葉の香りからして、これは……。
「お茶、ですか?」
「はい。緑茶はサービスでお出ししているんです」
見れば日本酒の入っていたワイングラスも”サシミ”も、すっかり空になっている。
(……楽しかったな)
ここでの私は"侯爵家と婚約した伯爵令嬢"でもなければ、"婚約者に冷遇されている田舎娘"でもない。
ここ二年、社交界では気を張り続けていなければなかったし、侯爵家でも、こんなにもリラックスして食事をとることはなかった。
(実家に戻ることは難しくても、ここなら)
「あの、また来てもよろしいですか?」
尋ねた私に、三樹様と亀さんは嬉し気な顔で大きく頷いてくれる。
「もちろん、いつでも大歓迎だよ。なんといってもこの店の名は、”えにし”だからね」
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