初めての日本酒
見たことのないデザインと文字に首を傾げると、
「あ、それはこの国の"紙幣"っていうお金だよ」
「え!? ど、どうして異国のお金が私のポケットに……っ」
「自国のお金をポケットに入れてなかった? ロイドさんに聞いたんだけど、こっちに来た時にお金も変わるみたい。仕組みはよくわからないけれど、便利なものだって笑ってたよ」
「……お爺様らしいですわ」
昔から"魔道具"に詳しかったからか、お爺様は不可思議な現象が起きたとて理由を探すではなく、"そういうもの"として受けとめる柔軟な方だった。
知っていたのなら、事前に教えてくれたらよかったのに。
そう思ってしまうけれど、お爺様は自ら体験するからこその価値を大切にする人だった。
(そもそもお金の変化を説明してくれるくらいなら、この"魔道具"についてもっと詳しく教えてくれたはずだわ)
「このお金で足りますか?」
「うん、充分。これを二枚ほど頂戴するね」
三樹様は"シヘイ"を二枚ほど手に取ると、
「苦手な物とか、食べられないものってあるかな?」
「いえ、私の国では問題ありませんでした」
「承知しました。よーし、どうしようかなあ」
顎先に指をあて、三樹様が思案をはじめたその時。
「三樹さん、奥の仕込み終わりましたよ」
カウンター奥の出入り口から現れたのは、白髪の混じるグレーの髪をした、優し気な雰囲気の男性。
目尻の皺からしても、お爺様とお父様の間くらいかしら。
三樹様と同じくシンプルな服に、同種のエプロンをつけている。
「ありがとうございます、亀さん」
「亀……?」
まさか、魔法で人型を得た亀……?
つい口に出てしまった私に、二人分の視線が向く。
「失礼しました、私ったら」
慌てて口元を手で覆うと、"亀"と呼ばれた男性は「名前なんです。覚えやすいでしょう?」とどこか誇らし気に笑み、
「藤亀という姓なんで、"亀さん"と呼んでいただいていましてね。名前が梅秀なもんで、"梅"の名で呼ばれることも多いですが、僕は断然"亀"を気に入っているんです。どっしりと構えて簡単には動じなそうで、いいじゃないですか。そういう経緯なもんで、ぜひ、お気軽に"亀さん"と呼んでください」
朗らかに笑む"亀さん"は、見ているこちらも思わず笑んでしまうような安心感がある。
「では、お言葉に甘えさせていただきます」
このお店に漂うほっと一息つけるような心地よさは、働くこの二人の人柄がにじみ出ているからなのかもしれない。
すると、亀さんは「そうでした、そうでした」と胸元のポケットに挟んでいた棒状のものを手にして、
「ご注文がお決まりでしたら、お伺いしましょうか?」
と、すかさず三樹様が、
「ああ、違うんです亀さん。リアナさんはちょっと特別でね、注文は私が選んでいるんです。そうだなあ……うん、決めた。亀さん、鯛でひと皿作ってきてもらえますか?」
「わかりました。ちょっと用意してきます」
頷いた彼は、再び奥の部屋へと戻っていく。
(”タイ”って何かしら? ひと皿と言っていたから、料理のようだけれど)
となると、亀さんが向かった奥が厨房になっているのね。
ずらりと整列させられた瓶はとても美しいけれど、調理器具が見当たらないから、てっきり魔法で食事を用意するのかと。
「さて、口に合えばいいのだけれど」
三樹様はガラス戸をすらりと開けると、一本の瓶を取り出しカウンターに置いた。
つやりとした真っ黒なそれの下半分には白い紙のようなものが貼られていて、上品な輝きを放つ金の文字が目を引く。
三樹様はにこりと笑むと、
「福島が生んだ"ロ万"シリーズの原点、"一ロ万 純米大吟醸 生原酒"」
「ひと……? じゅ、呪文でしょうか?」
「ふふ、そう聞こえるよね。これがね、いわばこの日本酒の性質を現した名前なんだ」
三樹様は手慣れた仕草で瓶の蓋へ手をかけると、くいと手首を捻りながら上下させた。
蓋が開く。次いで、少し離れた戸棚からガラス製のグラスを持ちだした。
(あれは……ワイングラスとそっくりだわ)
異世界のお酒にもかかわらず、同じような酒器を用いる意外さに目を丸めているうちに、三樹様はそっと瓶を傾けグラスにお酒を注ぐ。
「日本酒はアルコール度数が高いから、少しずつゆっくり味わいながら飲んでね。……どうぞ」
「ありがとうございます」
眼前に、”ニホンシュ”入りのワイングラスが置かれる。
(……不思議だわ)
グラスの持ち手を摘まみ上げ、目線の高さで光に透かした日本酒をくるりと回す。
(原料の"米"は乳白色だといのに、水と見間違うくらい美しい透明だなんて……)
もっと白濁したお酒を想像していた。
未知なるものへの興味と興奮にドキドキとしながら、グラスの端に口をつけくっと含む。
刹那、ふんわりと届く華やかな香り。
「甘い……! それに、舌の上でパチパチと弾ける感触がして……んん、後から現れたほんのりとした酸味のおかげで、味が引き締まって感じられます。甘さも砂糖菓子とはまた違った優しい、解けていくような儚さがあると言いますか……」
途端、三樹様は「素晴らしい!」と感動したように両手を打ち鳴らし、
「いやあ、嬉しいね。この日本酒の良さを余すことなく感じ取ってもらえるってのはさ」
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