ミルフィーユと初めましての彼
瞬間、微かに瞠目したマルガレット様が頬を引き締めた。
事業家の顔でくっと口角を上げると、優美な仕草でワイングラスに口をつける。
「良い着眼点だ。が、単に使わせれば購買意欲を刺激出来るというわけでもない。それに、いくらそなたのグラスに投資をしているとはいえ、私のグラスを日陰に追いやるつもりもない」
「承知しております。ですので、特定のワインやデザートを注文された場合のみの提供とするのはどうでしょうか。"キリコグラス"は製造に時間がかかりますが、この方法ですとグラスの数が多く確保できていなくとも運用が可能になります。話題性のあるうちに仕掛けるのが重要かと」
「はは、素晴らしいなリアナ嬢。そなたの勤勉さは耳にしていたが、想像以上だ!」
マルガレット様は上機嫌でグラスを置くと、
「実のところ、私もこのレストランでの"キリコグラス"の使用を提案するつもりだった。リアナ嬢が自ら述べたような、何かしらの条件付きとなるがな。いやあ……本当に、私はいい弟子を迎えたものだ」
しみじみと頷くマルガレット様に、つい頬が熱を持つ。
憧れのマルガレット様に褒めてもらえるのは、素直に嬉しい。
「ありがとうございます。マルガレット様が惜しむことなく、その知識を授けてくださるおかげです」
「リアナ嬢が熱心だからこそ、だ。本当に……私はそなたを、心底気に入っているのだよ。今更ながら、小さな欲が出てきてしまうほどにな」
「それは、どういう……」
にっと口角を上げ優雅に笑んだマルガレット様が、机上のベルを持ちあげチリリと鳴らした。
即座に入室してきた店員が、私達の空になった皿を下げていく。
「さて、残るはデザートだが、とびっきり特別なものを用意させた。気に入ってくれるといいのだが」
(とびっきり特別なデザート?)
刹那、再び扉が開き、
「酷いじゃないですか、叔母様。帰国したばかりだというのに、これまでの労をねぎらうどころか"最高に美しいデザートを届けにこい"だなんて」
コツコツと靴を鳴らし堂々たる足取りで歩を進めて来る彼は、確かにデザートと思われる皿を二枚手にしている。
が、どうみてもウェイターではない。
マルガレット様とよく似た、薔薇の花弁に似たピンクの髪。
けれども彼女とは異なる透き通った青い瞳は若々しく、自信に満ち溢れている。
仕立てのいい服は華やかながら平時用のようで、この国の男性が纏うそれとは少々雰囲気が異なるけれどとてもよく似合う。
私と同じくらいの歳かしら?
洗練された仕草が自然なせいか、雰囲気はもう少し上のようにも見えるけれど……。
(それに今、マルガレット様を"叔母様"って)
「おや、自信がなかったか?」
茶化すようにして笑むマルガレット様の問いに、彼は「まさか!」と肩をすくめ、
「この僕が、叔母様のオーダーに応えらないはずがないでしょう? 自信を持って、とびっきりを用意させていただいました」
私とマルガレット様、それぞれの眼前に白い皿が置かれる。
「いちごと薔薇のミルフィーユです。薄いパイ生地に、カスタードクリームとカットしたいちごを層にして重ね、トップにはいちごと共に薔薇の花弁に見立てたベリーのチョコを一枚。仕上げに薔薇のジャムで飾り立てました」
「これが帝国で話題のミルフィーユか……! 口にできる日を待ちわびていたが、見た目も繊細ながら愛らしいパイだな」
「主流のミルフィーユは、パイとクリームだけを重ねて作るんですよ。ちょっといい店ではいちごが加わるのが近頃の傾向で、ベリーのチョコと薔薇のジャムは俺のアレンジです。叔母様のレストランで出すのなら、これくらいはしないと」
どうぞ、味わってください。
そう促され、私もマルガレット様に続きナイフとフォークを手にする。
(パイ生地で包むのではなく、上に重ね合わせていくケーキだなんて初めて食べるわ)
それにしても、ナイフを入れるのがもったいないくらい美しい。
と、マルガレット様が私の躊躇に気が付き、
「ミルフィーユは、皿の上で倒してからナイフを入れると食べやすいそうだ」
いいながらお手本のようにして、ナイフとフォークで挟んだミルフィーユを倒すマルガレット様。
私も同じく慎重に倒し、そっと一口ぶんを切り分ける。
(たしかに、これは立てたまま切るには難しそうだわ)
ふにゅりと広がったカスタードクリームとパイをフォークに乗せ、口内へ。
(わ、新しい食感だわ……!)
焼かれたケーキともパイとも違う、独特の舌触り。
カスタードクリームがたっぷりと使用されているというのに、さくっとした軽やかなパイのおかげでまったく重く感じない。
「"ミルフィーユ"とは新しいケーキですね……! いちごはあえて、酸味の強いものを選ばれているのですか? 重ねられたパイとこのいちごの酸味があるからこそ、カスタードクリームのしっかりとした甘さが美味しく楽しめるように感じます」
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