異世界の居酒屋
(お客の服装も騎士らしくないもの。貴族か商人のようだわ)
男性も女性も、着ているのは刺繍や装飾がほとんどないスッキリとしたデザインの服。
シャツとジャケットの形は自国と似た雰囲気があるけれど、素材感が違うように見える。
それに、男性でもゆるりとした布地の服の人もいれば、女性なんて、乗馬でもないのにズボンをはいていたり、とてもコルセットをしているとは思えないほど薄い生地の軽やかな服に、脚の露出があったり……。
と、視線の先で、男性が串刺しの料理にあぐりと噛みついた。
かと思うと、別の箇所で座る女性は二本の棒を使い、少量の料理を摘まみ上げ口に運んでいる。
(あちらの女性も串をそのまま口に……? あっちの男性が口をつけた小さな器は、スープかしら)
興味深い食事の風景に、食い入るようにして観察していた刹那。
「いらっしゃいませ。お一人ですか?」
「!? あ、私、ですか?」
朗らかな微笑みで歩を進めてくる男性に、思わず肩を跳ね上げる。
深い茶褐色の髪と、同色の瞳。
私よりも高い位置にあるその顔立ちは同じような歳に見えるけれど、そもそもが私の国とは異なる造形をしているから推察も難しい。
どう返答すべきかと硬直していると、「あれ?」と男性は何かに気が付いたように目をぱちぱちと瞬いた。
「その髪色に、その服装……もしかして、ロイド・クレコさんのお知り合いだったりする?」
「えっ……!? お爺様をご存じなのですか? 私はリアナ・クレコと申します。お爺様……ロイド・クレコは私の祖父です」
すると、男性は「ああ、やっぱり」とにこりと人の良い笑みを浮かべ、
「よかったら、座ってお話でもどうですか? 色々と聞きたいこともあるでしょう?」
「あ……」
(思わず警戒心が薄れるような、穏やかな微笑み方をされる人ね)
彼の言う通り、お爺様との繋がりはもちろん、ここはどこの国でどういった場所なのか。
どうして異国のはずなのに言葉が通じるのかだって、気になって仕方ない。
私は意を決し、
「お願いいたします」
「はい。では、こちらにどうぞ」
男性に案内されたのは、まだ空席のままだったカウンター席の端から二番目。
内側の棚にずらりと並べ置かれたボトルは、ワインボトルより一回りも二回りも大きく、それぞれに独特な模様が描かれている。
よく見れば、そのボトルはガラス製の大きな戸棚の中にもなかなかの量が。
その迫力に圧倒されながら、脚の高い椅子に腰かける。
と、異質な私の存在に気が付いたのか、どこからか「ドレス?」「なんのコスプレだろ」など、明らかに私を話題にした囁きが聞こえてきた。
とはいえ、悪意のある嘲笑というよりも好奇が勝っているように聞こえる。
反射的に、ぐっと背に緊張を込めた。
けれど私を示した声も、向けられていた視線の気配も、あっという間に消え去った。
そっと振り返るも、人々は先ほどと同じくそれぞれに楽しんでいるよう。
(……私の国の社交界と違って、さっぱりしているのね)
理由はなんであれ、注目の的から外れたのはありがたい。
ほっと息をつくと、さきほどの男性がカウンターの向こうから「おしぼりをどうぞ」と丸めたタオルを差し出してきた。
「これで手を拭くんだよ」
この国の作法なのかしら。
戸惑いつつも受け取ると、
「あったかい……」
ほっこりとした温もりが心地よくて、言われるまま布を広げ手を清める。
すっかり気を緩めたのを見計らったように、彼は「では、改めまして」と姿勢を正し、
「ご来店ありがとうございます。ここは居酒屋といって、誰でも気軽にお酒と簡単なお食事を楽しめる店になります。そうだな、ロイドさんは、酒場と大衆食堂を合わせたような場所だと言ってたかな」
「居酒屋……」
男性は「そう」と頷き、
「ただ、"居酒屋"には様々な種類のお酒が置かれているのが一般的なんだけれど、ウチは"日本酒"っていうこの国独自のお酒に絞っているんだ。ワインはブドウを原料に製造されているでしょう? 日本酒はこの……"米"という、麦に似た穀物を原料にしているんだよ」
男性がカウンターに小さな木箱を置いてくれる。
盛られた小粒のこれが、"米"というらしい。たしかに大きさも形も、麦に近い見た目をしている。
けれど明らかに違うのは、照りのある透き通った白色をしていること。
ワインはブドウの果実に似た色に、紅茶は茶葉の色に近しい茶褐色の水色になる。
なら、"日本酒"というのは、白い色をしているのかしら。
「私はここの店主の、三樹清人です。せっかくの縁だし、よければ日本酒と簡単なお料理を試していかない?」
「よろしいのですか? って、いけない。私、お金が――」
言いかけて、はたと思い出す。
そうだ。特別な夜にしようと豪華なディナーを用意してくれたり、特別なオイルでマッサージをしてくれたりと尽くしてくれた使用人たちに感謝を込めて、心ばかりのコインを配った。
その残りをポケットに入れていたはず。
異国で使えるかはわからないけれど、交渉くらいは出来るかもしれない。
急ぎ手を入れてみるも、コインの感覚がない。
ひやりとした刹那、覚えのない紙に指先があたり、不思議に思いながらも引き出す。
「これは……?」
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