夫人が手助けしてくれる理由
(あ……少し薄い)
領地で村人たちが振舞ってくれていた紅茶と、よく似ている。
懐かしい。あの頃を思い浮かべながらもう一口を含むと、マルガレット様は慈愛に滲んだ笑みを浮かべ、
「味の薄い紅茶に慣れているようだな」
「生家では、領地民がよく紅茶を振舞ってくれたのです」
「なるほど、だからか」
なにやら納得した様子で、マルガレット様も自身のカップに口をつけ嚥下する。
「工房長は、爵位など持たない労働階級だ。庶民の淹れた茶など飲めないと拒絶する貴族が多くてな。だが私がその腕に惚れこみ、直接口説き落としたあの男は誇り高いのだよ。仕事はすれど奴隷にはならず。つまるところ、自身を侮蔑するような相手の仕事は請け負わない」
「! つまり、私は試されたのですね。仕事を請け負うに相応しい相手なのか」
「そういうことだ。リアナ嬢がその紅茶を断っていたら、工房長は今度も私の指示の下でしか動かなかっただろうな」
(それは……私が事業主としてグラスの製造を依頼したところで、受けてもらえない事態になっていたということ)
いいえ、製造どころか、話もろくに聞いてもらえなくなっていたに違いない。
その時、わっと沸き立つ人々の声が。工房の中からだ。
何事かと耳を澄ますと、「ありがとうございます! マルガレット様ぁー!」と一斉に揃えた声が響いて来る。
「差し入れが配られたようだな」
満足そうに笑み、マルガレット様は磨かれた銀のフォークで切り取ったパウンドケーキを口に運ぶ。
「あらゆるモノは誰かの手によって生み出される。創造の手を持つ彼らもまた、美しい」
「……マルガレット様に見出していただけた人々は、幸運ですね。その中でもより一層の幸運を手にしたのが、私なのでしょう。マルガレット様がお力を貸してくださなければ、この美しいグラスを手にすることはなかったのですから」
試作品というにはあまりに美しいグラスは、木陰の中でもその輝きを失わない。
マルガレット様もまた、私と同じく置かれたグラスを眺め、
「もしもリアナ嬢が私に"新たな良縁"を願い出てきていたなら、ここまでしなかった」
「え……?」
「リアナ嬢はあまり耳にしたことがないだろうが、私も"ワケあり"なのだよ」
食べながら聞いてくれ、と前置いて、マルガレット様はゆっくりと、まるで木々のせせらぎに主旋律を乗せるようにして語り出す。
ネラケリツ侯爵家の次女として生を受けたマルガレット様には、勤勉で優しいお姉様がいる。
男児が生まれなければ長女が家督を継ぐことが多いこの国で、姉妹だったマルガレット様は幼少期よりお姉様が侯爵家の継ぐものだと考えていたし、お姉様もそのつもりで常に自身を律しているように見えたという。
とりわけ男性関係には慎重で、愛をしたためた手紙を貰えば捨て、お茶に誘われれば断り。
パーティーのエスコートすら、妹であるマルガレット様がパートナーだからと見向きもしなかったという。
「姉様との結婚はすなわち、ネラケリツ侯爵家次期当主との婚姻だからな。長女が家督を継いだところで、婚姻を期に夫となった男が実権を握る例は珍しくない。姉様はそれをよく理解していた」
しかしお姉様が年を重ねるにつれ、それまで見守っていたご両親が"結婚"の単語を口にすることが増えてきた。
"慎重すぎる"お姉様を心配していたのかもしれないが、少なくとも、お姉様にとっては心労の一つになってしまった。
そんな時、お姉様は運命の出会いを果たした。
「友好国であるケルシュバイン帝国から、とある公爵家の三男が遊びにきていてな。互いに身分も知らぬまま意気投合し、あっという間に婚約が決まった。私も初めこそ随分と警戒したものだが、彼が心から姉様そのものを愛しているのだと呆れるほどに見せつけられ、嫌でも理解した。……姉様に、必ずしも侯爵家を継ぐ必要はないと言ったのは、彼が始めてだった。姉様さえ望めば、田舎暮らしでも帝国に渡るでも、それこそ他国を旅するでも構わないと笑っていた」
結果的に、お姉様はネラケリツ侯爵家を継いだものの、選択肢を与えてくれた彼に深く感謝をしていたという。
一方、そんな運命的な二人の結婚が現実的になりゆくほど、マルガレット様は焦ったらしい。
二人が結婚し、婚約者たる彼がお姉様の"夫"として屋敷に来る前に、家を出なければと。
年頃のご令嬢が"家を出る"手段としては、当然ながら婚姻が一般的。
お姉様もその婚約者の彼も、急ぎ嫁ぐ必要などない。屋敷にいてくれて構わないと言ってくれていたものの、やはり新婚の二人を邪魔したくはないと、真剣に結婚相手を探すことにした。
「この時、はじめて私は己のこれまでを酷く悔いたものだ」
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