工房長の紅茶をいただきます
本気なのだろう?
マルガレット様は、私へと歩を進め、
「こうして事業を始めようと動き出したのは、本気で婚約の破棄を考えているからなのだろう? ならば侯爵家の資金を頼っていては、いずれ"その時"が来た際に存続が危ぶまれる。侯爵家とは別の資金源が必要だ」
(確かに、マルガレット様の言う通りだわ)
「それに、事業を始めるというのなら、指南出来る師も必要だろう。私ならば契約書の書き方から交渉術まで、同じ女性としての目線で面倒を見てやれるが……この手をとるか?」
すっと差し出された掌は、美しくも頼りある"事業家"の手。
(信じられないほどの最高の申し出。断る理由などないわ)
それに、マルガレット様という心強い方が手助けしてくれていると知れば、フレデリック様も安心して婚約破棄を言いだせるに違いない。
今すぐにこの手を取るべき。そう理解はできているのに、どうしても疑問が湧き出て来る。
(マルガレット様は、どうしてこんなにも良くしてくださるのかしら)
私を言い包めて多額の利益を手に……なんて方ではないことは、よく分かっている。
むしろ、その方が納得できるほど、手間暇をかけてくれている。
「……今すぐにでもお手を取りたいのですが、私にばかり都合が良いお話すぎて。いくらこのグラスを気に入ってくださったとはいえ、今の条件では、あまりにマルガレット様のご負担が大きすぎはしませんでしょうか」
すると、マルガレット様は虚を突かれたように目を丸めた。
次いでふと目元を和らげ、仕方なさそうな苦笑を浮かべる。
「まったく、本当にそなたは人が良すぎるな。それでは事業主など務まらん……と言いたいところだが、そんなリアナ嬢だからこそ出来ることもあるのだろう」
私に差し伸べられていた手が空を向き、パチンと指が鳴らされる。
刹那、マルガレット様の従者たちがさっと動き出した。
馬車からバスケットを持ちだして――どうやら、ピクニックの準備をしているよう。
マルガレット様はにっと口角を吊り上げ、
「長い話になるからな。腰を据えて話そうか」
マルガレット様に連れられ、木陰に用意された敷布の上に腰かける。
(こうして木々に囲まれて座るのも、随分と久しぶりだわ)
すうと息を吸い込むと、緑々しい葉の香りが胸にふわりと広がる。
懐かしい、胸中のこわばりが緩んで解けていく感覚。
そうしている間に、バスケットに詰められていたサンドイッチやドライフルーツ入りのパウンドケーキが皿に乗せられた。
と、まるで見計らったかのようにして、工房長が温かな紅茶の入るポットを持ってきてくれる。
「マルガレット様は、天気の良い日はこうして外でお休みになられるのがお好きなもんで。おまけにこんなにも知的な従者を何人もお連れだっていうのに、このガラスを削るしか能のない、武骨な粗暴者の淹れた茶を所望されるのです。お嬢様はぜひとも、美味い茶が飲みたいとマルガレット様におねだりくだされ」
「でしたら、マルガレット様。私も同じお紅茶をいただいてもよろしいでしょうか。この地を良く知り、愛していらっしゃる方が淹れてくださったお紅茶ならば、この清々しい木々の美しさをより堪能できるはずです」
途端、マルガレット様は「ははっ!」と心底楽し気に噴き出した。
「工房長、私が彼女を連れてきた理由がわかっただろう? 観念して、紅茶を注ぐのだな」
「これはこれは……意地の悪い無礼を働いたこと、どうぞお許しくだされ」
工房長はマルガレット様がずいと差し出したティーカップを受け取り、紅茶を注いで私の膝前にそっと置く。
「まずは建国祭ですな。必ずやあらゆる貴族を魅了してみせましょうぞ! お任せくだされ、"リアナ様"」
では、ごゆっくり。そう告げて、工房長は高揚した足取りで再び工房に戻ってしまった。
なんとも頼もしい。和んでいると、マルガレット様が「すまなかったな、リアナ嬢」と自身の額に手をやる。
「もう少し時間をかけて理解を深めていけたらと考えていたのだが、工房長が随分と急いてしまった。それだけリアナ嬢に期待してしまったのだと、大目にみてやってほしい」
「それって……"意地の悪い無礼"のことでしょうか? あの、マルガレット様の謝罪も含め、いったい何を指しているのか私にはさっぱり……」
刹那、マルガレット様が目を丸くした。
じっと私を見つめたかと思うと、「ふはっ」と噴き出し、
「なるほど、あのフレデリック卿がそなたとの婚約には頷いたわけだ」
「えと……?」
「リアナ嬢、飲んで構わない」
くくっ、と笑いを押し込めながら、マルガレット様が工房長の淹れてくれた紅茶を指さす。
不思議に思いながらもカップを手に取り、小さく吹き冷ましてから嚥下した。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!
気に入りましたら、ブックマークや下部の☆→★にて応援頂けますと励みになります!




