異世界のガラスグラスを再現するには
社交界の華であるマルガレット様は、事業家としての顔も持つ。
多数ある中で、ガラスのテーブルウェアもその一つ。
特に、マルガレット様の所有する工房で作られるグラスは、品のある佇まいながらレースに似た細やかな彫りが施されていて、流行に敏感な貴族たちが購入を競い合っている。
そんな貴族の羨望を一身に受けている製品は、首都郊外の森の側に建てられた工房で製造されているのだけれど。
マルガレット様と共に乗る馬車の車中で、ふと気が付いた私はそっとふかふかの座面を撫でる。
(いくらオリオル公爵家の馬車が上等な造りだとはいえ、郊外に出たのに揺れがほとんど街中と変わらないような……)
「この馬車が気に入ったようだな、リアナ嬢」
対面に腰かけるマルガレット様が、どこかからかうような調子で優美に笑む。
私は「申し訳ありません」と羞恥に手を膝の上に戻しつつ、窓の外に視線を遣り、
「先日は緊張で気が付いていなかったのですが、周囲の景色がこれほどまでに変わったというのに、馬車の揺れがほとんど感じられないことが不思議で……」
道が舗装されているのは首都の周辺と、王族が通るような場所だけ。
通常は首都から遠ざかるほどに道が荒くなっていくものだから、馬ではなく馬車で郊外へ出るのを渋る貴族が多いのに。
「ああ、この辺りはオリオル公爵家の領地のひとつでな。首都へと繋がるこの道だけだが、路面を整備したのだよ。せっかくの美しい製品も、運搬時に割れてしまっては台無しだろう?」
「路面を整備……」
これほどの距離を整備するのに、いったいどれだけのお金と人を費やしたのかしら。
きっと"普通の"貴族ならば、運搬を担う者に「絶対に割るな」と命じるだけで、身をきってまで道を整えようだなんて考えもしないでしょうに。
(やっぱりマルガレット様を頼って、正解だったわ)
居酒屋"えにし"から戻ったあの晩、三樹様から譲り受けた"キリコグラス"と共に自室へ戻った私は、亀さんの協力を得て作成したメモを元に製造工程を書きおこした。
翌日、さっそくとマルガレット様を訪ねると、快く歓迎してくれた夫人は"キリコグラス"を見た途端に目を輝かせ、
『なんて美しい……っ! これも例の"サカズキ"を持ち込んだ商人の持ち込んだ品なのか!? リアナ嬢! 私にもその者をぜひ――』
『申し訳ありません、マルガレット様。この品は、お爺様から送られてきたものでして。どこで手に入れたのか、私も教えてはいただけていないのです』
『ロイド卿が? むう……なれば仕方ないが、諦めるしかない。あの方は昔から秘密主義だからな。訊ねたところで、答えてもらえるとは考えにくい』
(ごめんなさい、お爺様……!)
お爺様には後で謝罪と辻褄合わせの手紙を送ることにして、ひとまずは自身の目的を果たさないと。
私は緊張を振り切り、用意していた製造工程を記した用紙を取り出す。
『このグラスを再現した品を製造し、販売したいと考えております。マルガレット様は、ガラス工房も運営されていると伺いました。どうか、お力添えいただけないでしょうか』
『この紙は……ほう、よく書けているじゃないか』
先ほどとは別の輝きを秘めた瞳が、私に向く。
『リアナ嬢、この後に予定はあるか? 時間がとれるのなら、付き合ってほしい場所があるのだが』
『特に用事はありませんので、ご一緒出来ます』
『よろしい。ここまで詳細に書けているのなら、工房長と直接話したほうが早い。今から向かうぞ!』
そうして即座に用意された馬車にマルガレット様と共に乗り込み、ガラス工房に伺ったのは五日前のこと。
工房長は持ち込んだグラスにたいそう驚き、私の書いた製造工程の用紙を真剣に吟味しながら、拙い説明も食い入るように聞いてくれた。
マルガレット様の許可が出ているのなら、ぜひともやらせていただきたい。
そう、やる気に満ち溢れた様子で制作を引き受けてくれたのだけれど。
(まさか、たったの五日で試作品が完成するなんて)
工房長から連絡を受けたマルガレット様は、私のもとへ早馬をやっている間に、馬車の準備までしてくれていた。
お忙しいでしょうに、嫌な顔ひとつせず当然のように迎えにきてくださり、こうしてガラス工房に向かえている。
この柔軟な行動力が、数々の事業を成功させている要因のひとつなのかもしれない。
「ついたようだな」
馬車が止まるや否や、窓の外へと視線を遣ったマルガレット様が呟く。
刹那、工房のドアが勢い良く開かれ、転がるようにして黒い塊が飛び出してきた。工房長だ。
グラスを持った両手を空へと伸ばし、
「お待ちしておりました、お二方! ご覧ください! 宝石にも負けない輝きを放つ美しい彫り! 精工ながら前衛的なデザイン! これが! ガラスグラスの天才たる俺の腕前です!!」
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