彼女が本気で婚約破棄を考えているなんて
「なんだフレデリック、その腑抜けた顔。さてはまた、愛しの婚約者ちゃんからの手紙だろ」
遠征任務では野営も珍しくはないが、今回は港町の宿屋が俺達の拠点となっている。
腹が減ったからと外出していた同室のセドは、貿易港として賑わう港の屋台で食糧を調達してきたらしい。
パンの覗く紙袋を片手で抱え、こんがりと焼かれた串刺しの肉をもぐもぐとしながら入室してくる姿に、思わず「座れ」と呆れが勝ってしまう。
「んで? そろそろ寂しいから帰ってきてほしいって?」
「マルガレット夫人に気に入られたそうだ。凄いな、リアナ嬢は。俺には到底出来ない」
「おま、凄いの一言で済ませられるような報告じゃないでしょ!? 社交界のほぼ頂点に気に入られたんだぞ!? その気になれば、婚約者ちゃんの意向ひとつで没落する貴族が出るってことじゃん……!」
「リアナ嬢はそんなことはしない」
「だとしても! 自分の妻になる予定の婚約者が、それだけの影響力を持ったって認識しろって言ってんだよ!」
「だから"凄い"と言ったんだ。セド、肉は冷えて脂が固まる前に食べてしまったほうが旨いぞ」
「へーへー……ま、お前もベスティ侯爵家の跡継ぎだしなあ」
椅子をずらし窓の外を眺めながら咀嚼するセドは、何やらまだ不満気にブツブツと呟いているが、手紙を読むには支障ない。
(マルガレット夫人がリアナ嬢を手助けしてくれるというのなら、こんなにも心強いことはない)
俺の"社交嫌い"を差し引いても、やはりお茶会の主体は女性だ。
友人だと言っていたアシェル嬢とエステラ嬢に加え、マルガレット夫人が味方についたとなれば、リアナ嬢に心無い振る舞いをする者は一気に減るだろう。
(俺が部隊長になるよりも先に、彼女自身で強力な"盾"を手に入れてしまったな)
食事会でゼシカ嬢の申し出を断り、意図的に避けるようになったことで、ギル卿による第一騎士隊の副隊長への推薦が取り消しとなっても不思議ではないと覚悟を決めていた。
が、ギル卿はあの日の約束を守ってくれたらしい。
先日通達があり、この任務が終わってから、副部隊長への就任が公表される手筈になっている。
(それでも、副隊長だ)
リアナ嬢を二年も蔑ろにしていたのに、俺は"盾"にもなれなかった。
(本当に、リアナ嬢は凄いな)
綴られた文字は美しくも柔らかな印象で、なんとも彼女らしい。
やや青みの強いインクは、彼女の気に入りなのだろうか。
前回の手紙もこの色だったと記憶している。
(インクなど、書ければよいとしか認識していなかったな)
見知った色とはまた違った上品さに、彼女の影が重なる。
(こうして手紙のやり取りをするのも、いいものだな)
今後も遠征任務の際は手紙を出そう。彼女の負担にならない程度に。
想像した先の幸福に頬が緩むのを自覚しながら、手紙をめくる。
刹那、浮ついたささやかな安息が奪われた。
『お二人の婚約に関わる、一大事にございます』
「っ、なんだと?」
見慣れた筆記とサインは、間違いなくノイマンのもの。
よほど急いで書いたのか、珍しく崩れた文字と掠れたインクから彼の動揺が伝わる。
『近頃、お二人が婚約を破棄するという噂が真実味をもって広がっております』
これだけでも衝撃的だというのに、屋敷にはリアナ嬢宛てに次の"立候補者たち"から、花を添えた手紙が届いているという。
現状、リアナ嬢はそれらの手紙に断りの手紙を出しているそうだが……。
(俺達が婚約を破棄するという"噂"は、否定していないだと……?)
『どうか、出来るだけ早いお戻りを』
「……どうして、こんな事態に」
わかっている。原因は、全て俺にある。
……だが、それでも。
(ノイマンの"報告"が誤るはずがない)
そんな立場ではないと理解はしているのに、リアナ嬢が婚約破棄の"噂"を否定してしないという事実に、こんなにも打ちのめされている。
(彼女も、似た苦痛を味わっていたのだろうか)
長年忘れられずにいた俺とは違い、リアナ嬢にとっては"愛"など微塵もない婚約だったのに、"婚約者"として歩み寄ろうとしてくれていた。
そんな健気な彼女の努力を、"噂など気にせず堂々としていろ"と突き放し、踏みにじった。
(俺に、彼女を問い詰める資格などない)
「そろそろ読み終わった……って、なんだそのくっらい顔!? さっきまでの浮かれ男はどこにいったんだ!?」
「セド、俺とリアナ嬢が婚約を破棄するという"噂"について、何か知っているか?」
「おっと、フレデリックの口から出るってことは、やっぱり事実なんだ?」
「"やっぱり"?」
ギロリと睨み上げると、セドは潔白だとも言いたげに両手を上げて「騎士たちが話してたんだって」と首を振る、
「一人目の騎士はお前と同じように、婚約者から手紙が届いててさ。『将来有望で誠実な騎士はいないか』なんて書かれていたから慌てたものの、『不憫なリアナ嬢に、ぜひとも新しい紳士とのご縁を繋ぎたい』って続いてたらしい。んで、彼女はお前の婚約者のはずだよな? って混乱して、もう一人の騎士に相談してただけ」
「……"一人目"ってことは、"二人目"がいるんだな」
「ご明察。その相談を受けた騎士も、少し前に母親から手紙が届いたんだと。そっちはなんと! リアナ嬢とのお茶の場を設けたいから、早く任務を終わらせて戻ってこいってな。まだ婚約者はおろか恋人もいないんだし、針の先ほどの可能性でもいいから好機を逃したくないだとかとにっかく念のこもった"督促状"だったみたいで……。あ、二人とも本気で困惑してた側の被害者だから、敵視じゃなくて同情してやってよ?」
「わかっている。そもそもの原因の種は俺だ。……リアナ嬢は、本気で俺との婚約破棄を考えているのかもしれない」
「ここまで広がっているとなると、"かもしれない"をとっくに通り越してるんじゃないか? あ、だから婚約者ちゃんはマルガレット夫人に接触したとか。実家の後ろ盾を期待できないこの首都で次の"良縁"を狙うなら、夫人に気に入られるのが手っ取り早いだろ?」
「――っ!!」
勢い良く立ち上がった拍子に、椅子がぐらりと傾く。
咄嗟に「おっと」とセドが受け止めたそれを乱雑に片手で戻し、
「セド、俺も尋問を担当する。行くぞ」
「はあ!? 尋問を担当するくらいなら三日三晩休みなく最前線に立つお前が!?」
「そちらのほうが性分に合っているというだけで、出来ないわけではない。過去に担当したこともある」
「知ってるよ! "それ"があったから、今じゃ誰もお前に尋問を強要しないんだろーが!?」
喚くセドを部屋から引きずり出し、扉を閉める。
バタリと音を立て閉ざされた姿が、まるで、リアナ嬢の心のようだなど。
(一刻も早く、戻らなければ)
「……フレデリック」
「わかっている。隊長への報告は俺から――」
「殺すなよ。"尋問"だからな。それと、騎士団の連中を気絶させるのもナシだ」
(気絶に関しては、俺の責ではないと思うが)
「……善処する」
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