宝石のように美しい酒器
快く了承してくれた三樹様に、先日いただいた"サカズキ"が社交界で大人気となっていること。
あまりに好評なので、こちらの技術を使った個人的な事業を始めてみたいと考えていることを説明する。
「三樹様もご存じの通り、私の国ではワインと紅茶がよく飲まれているので、どちらかに適した特別な器を作れたらと考えているのですが……」
「うーん、リアナさんの国には存在しない、特別な器かあ……」
ちょっと待っててね、と。
三樹様はうんうん唸りながら、カウンターの向こう側で忙しく動き出す。
「これと、これも……ああ、確かこっちに……そうそう、あったあった」
カウンターにコツンコツンと置かれていく、数個の器。ガラス製だったり、陶器だったり、あれは金属の類かしら。
どれも日本酒を楽しむための酒器だと思うのだけれど……。
「特徴的な酒器を思いつくだけ並べてみたけれど、どれか気に入った子はある? お駄賃代わりにあげるよ」
「え!? い、いいのですか?」
「うん。リアナさんの新しい挑戦のお供になるのだし、遠慮せず好きなのを選んでね」
「好きなのを……」
そうは言っても、カウンターに並べられた酒器はどれもそれぞれの魅力を放っていて、目移りしてしまう。
(ただ素敵だってだけの理由で選んでは駄目ね。私の国で再現できそうで、更には社交界で話題になるものを選ばないと……)
あの"サカズキ"のように、強い驚きを生み出せるといいわ。
思わず他者に話したくなって、持っていることを自慢したくなるような……。
(……これは、どうかしら)
手にしたのはガラス製のグラス。それも、ただのグラスではない。
全体に複雑な模様が規則的に刻まれていて、光を受けるとキラキラと輝き、まるで宝石のよう。
(透明な箇所と深い青の色の組み合わせも、素敵だわ)
今の社交界で人気の高いグラスは、一年半ほど前、マルガレット様がケルシュバイン帝国から取り寄せたデザインのもの。
グラスの表面にはレースのような繊細な彫刻がなされ、持ち手は曲線を多用した優美さが特徴的なそれは王妃様もたいそう気に入り、瞬く間に貴族の流行となったのだけれど。
細やかな作業と技術が必要なために量産が難しく、特にマルガレット様が後援しているガラス工房の製品は定期的に王家に献上されていて、新作が出るたびに上流貴族が競う合う憧れの製品になっている。
(きっとこの美しいグラスも、気に入ってもらえるはずだわ)
それにしても、どうやってこうもはっきりと二色を使い分けているのかしら。
光に照らしながら眺めていたその時、ガタガタ、とノックの音と共に店の扉が揺れた。
閉店の札を出してあると言っていたから、忘れ物でもしたお客様が戻ってきたのかしら?
おなじく不思議そうにしながらも、扉に歩み寄った三樹様が「はーい」と開く。
と、そこには。
「こんばんは、三樹さん。今日はとんだご迷惑を……おや、リアナさん。驚かせてしまいましたね。こんばんは」
「! 亀さん……っ!?」
「どうしたんですか、亀さん。今夜は休んでいいって伝えたのに……。ひとまず、入ってください」
亀さんは「いやあ、すみません」と会釈しながら入ってくると、
「家の方が落ちついたもので、最後だけでも手伝えたらと思って来てみたのですが、そうでしたか。リアナさんが代わりをしてくださっていたんですね。ありがとうございました」
「いえ、亀さんの代わりだなんて、とても。ほんの少しだけお手伝いをしただけです」
「すごかったですよ、リアナさん。あの片瀬さんと山城さんの揉め事も見事に仲裁して、和解の握手までさせちゃったんですから」
「おや、それはそれは。あのお二人はお酒が入ると、たびたびやり合ってましたからねえ。歴史的瞬間を見逃すとは、惜しいことをしました」
三樹様が亀さんに語る今日の私の働きは、どう考えても誇張されているように思えるのだけれど……。
(亀さんもせっかく来てくれたのだし、楽し気な所に割り入るのも無粋よね)
「――という経緯で、今夜のお給料として、リアナさんに好きな酒器を選んでもらっているんです」
「なるほど、なるほど。それで、リアナさんはそのお持ちの"切子グラス"を選ばれたと。いやあ、嬉しいものですね。僕もこの中からなら、その酒器を選びます。少々思い入れがあるものでして」
「そうなのですか?」
「ええ。昔、妻と工房を見学に行ったことがありましてね。当時購入したグラスは今でも時折、妻との晩酌に使っているんです」
「工房……! 亀さん、このグラスの製造過程を覚えていらっしゃいますか? 私、このグラスと似たものを、自国で再現したいと考えているんです……!」
すると、亀さんは「そういうご事情でしたら」とカウンター席に腰かけ、
「近頃は動画も豊富ですからね。実際にご覧になってみてはどうでしょう? 僕も覚えている範囲ですが、補足説明をさせていただくので」
人差し指で"スマホ"を操作した亀さんが、映像を表示する。
「よろしいのですか? そうしていただけますと、ありがたいのですが……」
「僕は構いませんよ。よろしいですか、三樹さん。手伝いもせずに居座ってしまって」
「もちろんです! あ、なら紙とペンが必要ですね。ええと……リアナさん、これに書いて持って帰るといいですよ」
(こ、これは、"ボールペン"……!)
受け取ったそれに興奮を覚えつつ、私は「ありがとうございます」と二人に頭を下げる。
「必ず、私の国でも大人気の酒器にしてみせます……!」
(三樹様と亀さんのご厚意を無駄にしないためにも、頑張らなきゃ……!)
そして、婚約破棄を切り出せずにいるフレデリック様のためにも。
私は期待に胸を弾ませながら"キリコグラス"を見つめ、"ボールペン"を握る手に力を込めた。
ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!
気に入りましたら、ブックマークや下部の☆→★にて応援頂けますと励みになります!




