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婚約者の騎士様に放置されたので異世界で日本酒を楽しみます~本当に好きなお相手とどうぞお幸せに~  作者: 千早 朔


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簡単に修復できないもの

 それにしても、熱いお茶を入れても割れないだなんて、この国のガラス技術は本当に進んでいるのね。

 紅茶が濃くなってしまう前にと、急ぎ二人の元へ。


「失礼いたします、お客様。よろしければ、お紅茶はいかがですか?」


「は……? ああ、誰かと思えば店員の。紅茶なんて注文してないよ」


「私からの"サービス"になります」


 すると、眼鏡の山城さんが立ちあがり、


「騒がしくしてすみませんでした。もう帰りますので」


「いえ、そういう意図ではないのです。ただ……少し、私にお付き合いいただけませんか? 紅茶ももう、淹れてしまいましたし。お二人が帰られては、破棄するだけになってしまいます」


「…………」


 戸惑ったようにしながらも、二人が着席する。


「そこまで言われたら、無下には出来ないよなあ」


 私は「ありがとうございます」と笑んで、それぞれの前にマグカップを置いた。

 ポットを持ちあげ、注ぐ。


「私の国ではよく紅茶を飲むのですが、これは特に気に入っている茶葉なんです。お食事ともデザートとも合いますし、渋みがまろやかなので、食後にも丁度よくて」


 注いだ紅茶が透明なカップに満ちていく。

 心を緩める温かな湯気と共に、軽やかな茶葉の香りがふわりと上がる。


(うん、綺麗な水色だわ)


 国が違うと水が異なるからどうなるかと思ったけれど、あの美味しい日本酒や食後のお茶が飲めるのだからと、信じてよかった。


「熱いので、ゆっくりと冷ましながらどうぞ」


 片瀬さんと山城さんは、それぞれ戸惑った様子を見せながらも、マグカップを手にした。

 尖らせた唇で吹いて冷ましながら少しずつ嚥下していく二人に、「いかがですか?」と尋ねると、片瀬さんがぽつりと呟く。


「普段、茶の味なんて気にしたことなかったけど、この紅茶が美味いのはわかるよ。森の中で深呼吸したみたいだ」


 すると、山城さんが顔を上げ、


「紅茶を注ぐにも、洗練された所作でした。普段から練習を?」


「きちんと学んだのは、ほんの数年前になります。紅茶の淹れ方も周囲からの評価に影響するだなんて、想像したこともありませんでした。……身近なものでも、教えていただかなくては分からない事情というものがあるのですね」


 二人の手元が、ピクリと揺れた。

 予測が確信に変わる。


「踏み込んだ質問で恐縮なのですが、先ほどの"縁を切る"というのは本気なのですか? 三樹様から、長らくこちらに通われている仲だと聞いたのですが」


「それも今日で終いだ!」


 声を荒げた片瀬さんが、ぎろりと山城さんを睨む。


「こんな薄情なヤツと飲む酒なんてないからな! "長らくの仲"よりも、業績が大事なんだとよ!」


 山城さんは紅茶を嚥下して、


「……お前が終いだというのなら、それでも構わない。あの客は俺に寄こせ」


「おまっ、この後に及んで……!」


「あの」


 私は再び過熱する二人に待ったをかけるようにして、睨み合いの間に手を入れ遮る。

 疑問の目が向いたのを受け止め、


「私の思い違いなら申し訳ありませんが、そのお客様には、何か問題があるのではありませんか?」


「……なんだって?」


「先ほどからどうにも、山城さんの目的が片瀬さんからの"横取り"には見えないのです。仮に本当に好都合なお客様なら、わざわざ"寄こせ"と片瀬さんを説得するのではなく、秘密裏に直接会いに行き、より魅力的な条件を提示して奪ってしまえばいいのですから」


「ご、ご令嬢さん……素直そうな顔をして、ゲスいことを考えるんだな」


「清純無垢なだけでは、守らなければならないものも守れませんから」


 なにやら頬が引きつっている片瀬さんににっこりと笑み、山城さんへと視線を移す。


「山城さんは、なんらかの事情により、片瀬さんからそのお客様を"引き離そう"としているのではありませんか」


「!」


 山城さんの握るマグカップの内側で、ぽちゃりと紅茶の水面が揺れた。


(やっぱり)


 片瀬さんも、山城さんのバツの悪そうな雰囲気を悟ったよう。


「……どういうことだ? 説明しろ、栄治えいじ


「…………」


 沈黙はきっと、迷っているから。

 私は「山城さん」と少し身を屈め、


「ご事情があるのでしょうが、もう少し、お二人で話し合ってみてはいかがでしょうか? 人との仲というものは、一度こじれてしまうと、簡単には修復できないことが多々あります。それこそ、このまま片瀬さんと縁を切ってしまっては、誤解をされたまま二度と顔を合わせる機会もなくなってしまう可能性も……」


「そうだ。このまま何も話さねえってんなら、お前の連絡先を消す。当然、二度と会わねえ。……それで、いいのかよ」


 片瀬さんのどこか伺うような声色に、山城さんが深いため息を吐き出す。

 迷うような視線は下げたまま、


「……りょう。あの客のこと、ちゃんと調べたのか」


「は? 大事なお客様を調べるわけないだろ。ウチは昔から、お客様を信頼してやってきてる」


「あの客は、最初こそ"やりやすい"だろうが、徐々に無理難題を突き付けてくる。こちら側が"無理だ"と言うまでな。目的は契約解除に伴う違約金。少し前から同業者の中で要注意人物として名が回っている……いわば詐欺師だ」


「詐欺師ぃ!?」

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