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婚約者の騎士様に放置されたので異世界で日本酒を楽しみます~本当に好きなお相手とどうぞお幸せに~  作者: 千早 朔


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友情を打ち壊す口論

(なんだか実家の領地での食事を思い出すわ)


 私の領地には小さいブドウ園があって、小規模ながらワインの製造をしている。

 だから日常的な食卓では、領地で製造されたワインがよく飲まれていたのだけれど、思えばお料理との相性も良かったわ。


(その地を愛しているからこそ、独自のお料理とお酒、どちらも活かしながらより美味しく楽しめる味わいを追及できるのね)


 三樹様は「そうなんだよ!」と嬉し気に何度も深く頷いて、赤い紙が巻かれた瓶を抱きしめる。


「キレの良さと全体のバランスが絶妙なんだよね! ただねえ、年に一回の限定品なうえに人気も高いから、多くは仕入れられなくて。本当はもっと欲しいんだよ? けど一人でも多くの同志に手にしてほしいって気持ちも捨てられないし――」


「おーい、三樹さん! 盛り上がってるとこ悪いけど、会計を頼むよ!」


 はっとしたようにして返事をした三樹様が、お客様の待つ会計へ向かう。

 私は空いた席へ向かい、食器を下げて、机を拭きあげた。


(なんだか、少しは様になってきたような気がするわ)


 歓喜にドキドキと胸が鳴る。ついでに他のお客様の空いたグラスも回収し、カウンターへ戻ると、


「ごめんね、リアナさん」


 申し訳なさそうに眉尻を下げた三樹様が、カウンターに水の入ったグラスを置いて、私のお盆を受け取る。


「せっかく久しぶりに息抜きに来てくれたのに、働かせちゃって。香穂さんや辰彦くんも、この時間で来てないとなると、今日はもう来ないだろうし……」


「いえ、お二人とはいつでも会えるわけではないと承知していますから、お気になさらないでください。それに、美味しい"味見"もいただけましたし、とても楽しいです。……実家では、領地のあちこちに赴いてお手伝いをするのが当然だったんです。雇っていた使用人も数名だったので、食事の用意はもちろん、簡単なお掃除だってしていました。苦労もありましたが、楽しかったんです」


 私は水を一口嚥下して、


「今のお屋敷に移ってからというものの、求められる役割が変わってしまって。ここはお客様もお優しいですし、久しぶりに思い切り動けて気持ちがいいです」


 懐かしさを覚えつつ微笑むと、三樹様は優し気に目元を和らげ、


「ロイドさんが、自慢の可愛い孫娘だ! ってよく口にしていた理由がわかるよ。本当にありがとうね」


「え!? お爺様ったら、そんなことを……っ」


 羞恥に頬を両手で覆った、その時。


「なんだと!? もういっぺん言ってみろ!」


 ダンッ! と机を打つ音と、店内を震わせる怒声。

 何事かと振り返ると、スーツ姿の男性が肩を上下させながら立ちあがっている。

 歳は、三十の後半から四十代といったところかしら。


 怒りを露わにした目で睨みつけているのは、対面に座っているもう一人の男性。

 こちらの男性はスーツとは異なるジャケット姿で、眼前で大声を発した彼や周囲の視線にも動じることなく眼鏡をくいと上げると、


「ああ、何度だって言うさ。あの客はお前の手には負えない。ウチで引き取るから、今回は諦めろ」


「なっ……! 俺達の友情のために、互いの仕事には口を出さない約束だったはずだ! 忘れたのか!」


「覚えているさ。だが、今回ばかりは、駄目だ」


「なにを勝手な……!」


(あのお二人には見覚えがあるわ)


 たしか、何度かこの店で見かけたときは、お二人とも楽しそうにされていたと思うのだけれど。


「驚いた、片瀬かたせさんと山城やましろさんか。近頃は随分と落ち着いていたんだけどな」


「あのお二人は以前から、あのように?」


「もっと若かった頃の話だけれどね。なんでも学生時代からの友人なのだけど、勤め先が同じ業界のライバル企業らしくて。ウチに通い始めてくれた当初はああして過熱することも珍しくなかったけれど……」


 三樹様がうーんと過去を思い起こしていた最中、


「金の亡者になりやがって! もういい! お前との友情もこれまでだ。縁を切る!」


「……好きにしろ。その代わり、縁が切れたなら遠慮なくあの客はもらう」


「ふざけんな! させるかよ!」


(これは……口論というには興奮しすぎだわ)


 三樹様も同じように感じたようで、カウンターから踏み出しながら、


「止めたほうが良さそうだね。リアナさんはここで――」


「あの、三樹様。あのお二人は、本来はとても仲が良いのですよね?」


「ん? 何年も一緒にウチに通ってくれているくらいだから、そうだと思うけれど」


 それなら、と。

 私は勇気にくっと顔を上げ、


「三樹様、茶を淹れる茶器をお借り出来ますでしょうか? いつも美味しいお茶をいただいているので、私の気に入りのお紅茶も飲んで頂けたらと茶葉を持ってきたのですが……」


 私は絶縁を口にする二人を見遣る。


「お二人のこと、私に任せていただけませんか?」


(あの様子だと、ただ口論を止めただけでは拗れたままになってしまうわ)


 引くに引けない。そんな雰囲気がするから。

 了承してくれた三樹様と共に、急ぎ準備を整える。


 お盆に乗せたのは湯を注いだ茶葉入りのティーポットに、ガラス製のマグカップが二つ。

 なんでも、日本酒とお茶を混ぜて飲むのも美味しいようで、用意があった。


(紅茶にブランデーを入れるような感覚かしら)

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