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婚約者の騎士様に放置されたので異世界で日本酒を楽しみます~本当に好きなお相手とどうぞお幸せに~  作者: 千早 朔


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日本酒と納豆が交わると

「ん? 大丈夫だと思うけれど、どうかした?」


「その、大変恐縮なのですが、痛んではいませんか……? 匂いも刺激的ですし、随分と粘りが出ているようで……」


 三樹様は「あ、そうか」と思い当たったようにして、


「少し落ち着いてきたし、せっかくだから味見してもらおうかな。先にそれ、お客様に届けてくれる?」


 返事をして、異様な存在感を放つ小鉢をお客様に届ける。

 と、受け取った男性は嬉々として箸をつけた。

 どうやら本当に、これで合っているよう。


(この国の食文化は、本当に奥が深いわ)


「戻りました」


「ではでは、こちらをどうぞ」


 三樹様に促されてカウンター席に座るなり、先ほどのものよりも少量が盛られた小鉢が置かれる。

 茶色く小粒の豆と、茹でた人参と青菜を細かく刻んだものを混ぜた料理に見えるけれど……。


(野菜の粘りは腐敗の証拠のはずなのに……この国の人は、強靭な胃をしているとか?)


 だとしても、せっかくご厚意で出していただいたものを断るには失礼だし、このくらいの量ならきっと私も――。


「やっぱり構えちゃうよねえ。先に種明かしをしちゃうとね、その豆は"大豆"だよ」


「あ……! "ショウユ"と"トウフ"に、"ミソ"になる……! こ、こんなに粘りのある豆があのように変わるなんて、やはりこの国では魔法か錬金術の心得があるとしか思えません……!」


「それがね、元の大豆は粘りのない、普通の豆でね。これは納豆って言って、大豆と納豆菌っていうのを一緒に発酵させると、こうして独特な香りと粘りが出るんだ。ちなみにこの糸は栄養と旨味の宝庫で、増えれば増えるほど美味しくなるんだよ」


「この糸が、栄養と旨味の宝庫……?」


「そう。だから食べる前にもう一回、しっかり混ぜるのがオススメ。これで安心してくれたかな?」


 肩を竦めた三樹様は、「あ、無理して食べる必要はないからね」と慌てて付け足す。


「この国でも、苦手な人は苦手だし。無理そうだったら、下げようか」


「いえ」


 私はすっかり持ちなれた箸を取る。


「独特ですが、だからこそ気になります。三樹様のおかげで腐敗とは違うともわかりましたし、頂戴します」


 緊張と好奇心に喉がごくりと鳴ったのを自覚しながら、小鉢の中を箸でしっかり混ぜる。


(もともと泡立っていたけれど、さらにふんわりとしたわ)


 摘まんでもとろりと落ちてしまうそれをなんとか箸に乗せ――はむり。


「! ふわりとした中にも噛みごたえのある豆と、ポリポリしたお野菜がなんとも不思議なのによく合います……! このお野菜は塩漬けだったのですね。"ナットウ"も思ったよりも酸味がなく優しい味わいですし、お野菜の塩気が噛むたびにじわっと広がって美味しいです!」


「口に合ったみたいで良かったぁ。あ、そのお漬物は"おみ漬け"って呼ばれる、山形って場所の伝統的な料理なんだ。その地特有の青菜を使っていて、塩以外にも醤油、みりん、砂糖なんかを使って漬けているんだけど、こうして納豆と混ぜた"おみ漬け納豆"も広く愛されている食べ方なんだって」


 そして、と。

 三樹様はニヤリと口角を上げる。


「ぜひとも合わせて味わってほしい日本酒が、これ! "ひやおろし 特別純米酒 川口納豆 美山錦 原酒"」


「ええ!? "ミソ"だけではなく、"ナットウ"を使って発酵させることも出来るのですか!?」


 三樹様は「そう思うよねえ」と"オチョコ"にお酒を注ぎながら、


「私も初めてこの日本酒を知った時は、同じことを考えたし。残念ながら、納豆は入っていません」


「言われてみれば、納豆の香りがしませんね。なら、どうして名前に"ナットウ"が……?」


「この日本酒はね、なかなか面白い経緯で生まれたお酒でね。まず、この”川口納豆”。これは宮城って場所にある、納豆を造っている会社の名前なんだ。そして同じ地に蔵を持つ金の井酒造と手を組んで、川口納豆が育てた"美山錦"というお米を使って日本酒を造ろうってことになった」


 私はなるほどと頷き、


「だから"ナットウ"が入っていないのに、"ナットウ"の名がついているのですね」


「そうそう。納豆菌って、酒造りでは天敵って言われているくらい禁忌でね。だから日本酒を好きな人間からすると、余計に興味が湧くんだよね。絶対に交わらないものだから。ちなみに、酵母も宮城のものだよ」


 三樹様が”オミヅケ”の入った小鉢の側の机を、トンと指先で叩く。


「宮城と山形は同じ東北地方なんだ。春に絞ったお酒を夏のあいだ熟成させて、秋に出荷する"ひやおろし"ってタイプなんだけれど、更に寝かしていたから旨味が増しているはずだよ」


(よく分かったわ。同じ地方で製造されたお酒とお料理の組み合わせってことなのね)


 そんなの、合わないはずがないわ……!


「いただきます」


 くっと含んだ印象は、まろやかな口当たり。

 かと思うとピリピリとした刺激に負けない、コクのある旨味が広がる。

 そこに心地いい酸味が追いかけてきて……。


「――本当、印象強い"オミヅケナットウ"に負けない味わいですわ。けれど香りと甘さは控えめで、後味はさっぱり。更にお料理の美味しさを際立たせてくれるお酒ですのね」

ここまでお付き合いくださり、ありがとうございます!

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